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927 手紙のお届け

シロ車は、石畳の通りをカタコトゆっくり走る。

まだ朝だっていうのに、昼市の屋台通りは既に仕込みの良い香りが漂っていた。

「お昼はスープもいいなあ。あっちのパンみたいなの、何だろう?」

『パンみたいなの、甘いみたいだよ! 甘い匂いがするよ』

シロがいると、食べるより先に味への心構えができてありがたい。食事だと思って食べた時、極甘だった時の違和感といったらないからね。

シロからすれば、匂いで分からないのに口に入れる方が不思議みたいだけど。


「えー昼は肉だろ? 甘いもんはオヤツじゃねえ?」

「昼になったら、スープじゃ物足りなくなってるんじゃない~?」

それはそう。いや、タクトの方は同意しかねるけれど。だってオレ、別に甘いパンケーキが昼食でも構わないもの。

釘付けになるタクトの視線を感じたか、屋台の店主が顔を上げてにっと笑みを浮かべた。手元の寸胴には、こってり重そうなお肉のタレが黒々光っている。漂うのは、スパイシーで甘い異国風の香り。

にっと笑みを返し、どうやらタクトのお昼は決定したらしい。

その視線はいつまでも店に貼り付いて、後ろへと流れていく……お昼だからね? 今、朝ご飯食べたところなんだからね?!


今日は、3人で町中依頼をこなすべく配達業務を行っている。外依頼に比べて滞りがちな町中依頼を、この機会に一気に数をこなそうとしている次第だ。

白犬の配達屋さん依頼兼、通常運搬業務依頼という感じだ。

ただの配達ならオレとシロだけで十分だけど、重量級のものはタクトが必要だし、ラキは諸々の対応とオレやシロの守備範囲外の店なども詳しいから、案外重宝する。

白犬の配達屋さんへの依頼はね……配達がメインと言うよりも、シロをお届けするのがメインというべきか。相手先へシロの訪問をプレゼントする! みたいなノリで使われている気がする。

だから、パーティとして受けた通常運搬依頼の分は、敢えてシロではなくオレたちが最終配達人を担当することにした。シロが玄関先まで行くのは、白犬の配達屋さん特典の方がいいだろうから。


「こんだけこなせば、そろそろCランクいけるんじゃねえ?」

シロ車の中でせっせと芋をカットしつつ、タクトがそう零した。

「そうだね~僕はもちろん大丈夫なんだけど~」

「うん、オレもこれで大丈夫そう!」

「俺か……俺だよな」

うっと呻いて、芋カットの手がさらに早くなる。頑張れ、それが終わったら豆の殻剥きが待っている。

オレたちの必殺技、依頼を受けながら依頼をこなすスタイル。シロ車様々だ。


早々に野菜の皮むきを終えたオレは、ふと顔を上げた。

通りの端には、延々と人の列が続いている。

「なんか、本当に大事になっちゃってるよね……」

「ふふ、これはもう天使教が町を席巻しちゃうね~」

我関せずみたいな顔してるけど、ラキが立役者みたいなものだからね!

まるでテーマパークの入場待機列みたいだ。他の町から人が集まるのが難しい世界だから、蛇行した列が建物を何周も……なんてことはないけれど、オレはこんなに人が並んでるのを見たことが――……カレー以外で見たことがない。

カロルス様……この分だとますますロクサレンは発展しそうだよ。


完全に人ごとで伸びをした時、ラキがシロに声をかけた。

「そこ、細い方に曲がって~。奥の右側の建物だよ~」

『うん! あ、狭いけどぼくの車、入るかな?』

パッと90度方向を変えたシロの勢いで、オレの身体が弾き出されて飛んで行く。相変わらず、スピードと力は圧倒的なんだけど繊細な運転に向いていないな……。

「もうすぐ、ほらあの建物だよ~。これを受けたら配達依頼は終わりだから、一旦ギルドに戻って他の配達がないか確認しようか~」

『他にもあったらいいね!』

路地の壁を蹴って荷台に戻ってくると、何事もなかったようにラキとシロがお話ししている。少しくらい、視線くらい、向けてもいいと思うんだ。


「これは、シロ依頼だっけ?」

不服に思いつつ口を開けば、やっと目が合った。

「そうだね~。手紙の配達らしいから、完全なるシロ狙いだね~」

手紙なら、もっと安い配達方法があるもんね。

『ふふっ! ねえゆーた、ぼくをぴかぴかのサラサラにしておいてね!』

「うん、最高の毛並みに仕上げておこうね!」

シロに触れた人の、うっとりとろける表情と言ったらない。配達屋さん依頼は、シロにとってご褒美なんだよね。



「こんにちは! 配達依頼を受けに来ました!」

シロと一緒に扉の前で声をかけると、そっと隙間の空いた扉から男性の顔が覗いた。

「おお……なるほどなるほど。これはいいね、確かにいいね! 君らが届けてくれるってことだろう?」

オレとシロをじっくり眺めて検分していた男性が、ふいに眉尻を下げた。

「だけど、申し訳ない、ちょっとまだ無理そうで……用意できてないんだ」

「用意って、お手紙? オレたち急いでないから待てるよ?」

何なら今日一日は町中依頼をこなしているから、夕方までに書いてくれればいい。


「いや、その……そもそも書けるか分からなくて」

「そんなに忙しいの?」

ついそのまま口にしてしまって、失礼だったかと慌てた。だって、お昼間に家にいるんだもの、どうして手紙も書けないほど忙しいのかと思うじゃない。

「いやあ、忙しいというか……」

どうにも歯切れの悪い男性は、もごもご言いつつ視線を彷徨わせていたけれど、何かを決意したように顔を上げた。

「……君らなら、いいかもしれない。読んでみてくれるかい?!」



「「――こ、恋文?!」」

オレとタクトの声が揃って、頬が同じような色に染まった。

ラキはといえば、そんなことだろうと思った、と言わんばかりの半ば冷めた表情で微笑んでいる。

そんなこと、予想できる要素あった?!

なるほど、だからこの紙ゴミの山なのか……。

手紙の感想を聞かせてほしいと男性に招かれるまま、オレたちは彼の部屋に足を踏み入れている。

「うん、いやあ、まあ、はい……。そのぉ、恋文というか、応援というか……そりゃまあ、あわよくばお付き合いを、とか――いやいや、おこがましいな?! 僕はただ、彼女を応援する気持ちを……」

赤くなったり青くなったり、男性は髪をかきむしって悶えている。


「それで~? その恋文を読んでほしいの~?」

「あ、ああ。そう、君らくらいの年の子になら、読まれても恥ずかしくないかなって……。あ、いや! 違うんだ、恋文と言うにはこれはあまりにも――」

恋文かそうじゃないかは、どうでもいいです。

欠片も興味のなさそうなラキが、机に置いてあった最新の一枚だろう手紙を手に取り、タクトとオレは興味津々で身を乗り出した。

「相手はヒラリーさんって言う人なんだな! ……ん? うん……?」

真っ先に飛びついたタクトが戸惑いを浮かべ、救いを求めるようにオレとラキを見る。

「えーと……ん? 『私は毎日君のことを見ています』? 『君の肌を這う汗は、きっと至上の甘露のごとく』……?!」

「はあ~、『先日君が食べ残したパンを瓶詰めにして、毎日眺めたい』~?」


思わず後ずさったオレたちを尻目に、男性は期待を込めた瞳をしている。

「そう、パン屋のヒラリーちゃん、知ってる? 毎日通ってるんだ! 頑張り屋さんでさ、額に汗して働く姿に毎日元気をもらってるっていうか……。そう、このフレーズはね、先日彼女がやっと食事にありつこうとした時に客が来て……きっと、お腹空いていただろうに笑顔でさ! 本当、尊敬しているって気持ちを『食べ残したパン』に込めて……!」

……オレたちは、顔を見合わせた。これは、まだ、救いようがある……のか?

「あ、あのさ、これ真剣に書いたんだよな?」

「え?! 真剣味が伝わらない?! もちろんだよ、一言一句思いを込めて! あんまりだったかな? やっぱりもっと熱意を濃厚に入れた方が?」

いや、熱意は薄めた方がいいかもしれない。見当違いの方向で焦り顔の彼に、ラキがにっこり底冷えのする笑みを浮かべた。

「ひとまず、捕まらなくて良かったね~?」


じゃあ、とその場を後にしようとするので、オレたちも慌てて踵を返す。

「ま、ままま待ってくれ!」

慌てて扉前で通せんぼした男性が、必死の形相で手を合わせた。

「だ、誰にもこんなこと相談できないんだ! 君らはもう手紙を見たんだからさ、乗りかかった船だろ?! もう誰でもいい、相談相手が欲しいんだよおぉ!」

うん、完全同意。誰でもいいから相談すべきだと思う。

オレとしては、出来がどうあれ恋文を読んでしまった以上、協力したい気持ちにはなる。だって、この人本当にヒラリーちゃんを好きで、応援したいと思ってるんだよ?! 応援したいじゃない? 変態なのは文章だけっぽいし。

……あと、この人が後々捕まったと聞くのは、切なく後ろめたい。

オレとタクトの視線が、ラキに集中する。

ラキは額に手を当て、深いため息を吐いたのだった。

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― 新着の感想 ―
シロに配達を頼んだのは良い判断だね。まあ後は(^_^;
色々危ないねww
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