926 思わぬ懲罰
「――あのね、ユータちゃん。人間ってさ……限界があるの」
「はい……」
オレは現在、ギルドの一室で小さくなっている。
何が……何がいけなかったんだろう。
ようやくブラックホーンの群れを倒し終え、彼らがぶっ倒れたからだろうか。
でも、オレだって鬼軍曹の特訓をやった後はぶっ倒れるんだけど……全力で頑張ったあとは、普通そういうものじゃない?
バッチリ点滴魔法を施しつつ町まで連れ帰るっていう至れり尽くせりなコースだと自画自賛していたのに。
しゅんと項垂れつつも微妙に納得いっていないオレを感じとったか、ジョージさんがますます眉尻を下げた。
「あのね、ブラックホーンってDランクの魔物よね? Dランクパーティがどういう戦略で倒すか知ってるかしら?」
「それはもちろん! 群れていないものを狙うか、群れから数体隔離して狙うんだよね! だから、オレもちゃんと……」
ちゃんと群れを隔離して……おや? 少しばかりニュアンスは違うかもしれないけれど。
でもまあ、小出しにしたんだから要は同じ事だ。
「つまり1、2体をパーティで狙うわけよね?」
「うん。だから、数体ずつ相手にできるように、丁寧に……」
やっぱり、間違ってない気がする。とても、親切だと思ったのだけど。
だけどジョージさんは静かに首を振った。
「違うのよ、根本がね。数体ずつ相手にするんじゃなくて、パーティで数体を倒すってことなのね」
何が違うのか分からない。首を傾げるオレにため息を吐いて、ジョージさんが達観したように淡く微笑んだ。
「彼ら、結局何体倒したの?」
突如変わった話題に困惑しつつ、なるべく正確に思い返してみる。
「え、ええと。ラキとタクトが倒したの以外ってことだよね。うーん……多分、50体くらい?」
1体ずつ増やしていって、5体あたりでキツかったから5、5、6、6……くらいに緩和して……大体そのくらいで狩り尽くしたんじゃないかな?
うん、そうだったはず。頷いて見上げると、ジョージさんが頭を抱えていた。
「わははは! いいじゃねえか、限界は突破するためにあんだろがよ! 現に、あいつらの成長っぷりったらねえだろ! 『ユータ懲役』は伊達じゃねえな!」
側にいたギルドマスターが、膝を叩いて爆笑している。
「な、懲役って何?! 心尽くしの丁寧な指南じゃない!」
ただでさえみんな、オレの名前に変な枕詞をつけたりするんだから、これ以上変な名前をつけないでほしい!
憤慨してギルマスを睨み付けると、彼は悪党の顔で笑いながら肩をすくめた。
「俺が言ってんじゃねえわ。ユータ黙死録の方が気に入ってたか? それともユータ浄土? 煉獄の方か?」
「な、な……?!」
その中だったらまだユータ浄土が平和そうでいい――とかそういうことじゃない!
「誰がそんな酷いことを?!」
愕然とするオレに、答える声はない。
――どれも素晴らしいの。ユータ、二つ名がついたの! ラピスは……煉獄が格好いいと思うの!
どこかで目を輝かせながら、歓喜しているラピスと部隊を感じる。いや、ラピスこれは二つ名とかいうものではなく……。
『言い得て妙ね』
『懲役が終わるまでは逃れられないってヤツ? 主ぃ、なかなか格好いいんだぜ!』
モモとチュー助が深々と頷き合っている。なんでみんな肯定的なの? オレがこんなに衝撃を受けているっていうのに。
「はっはっ! 助かるぜ、お前ら獄卒3人衆に任せりゃ大体は解決だな!」
「はあ……。タクト送り、ラキ刑、ユータ懲役……か。ついにユータちゃんまでこちら側になっちゃったのね……私の癒やしの天使たちが……」
嬉しそうなギルマスと、さめざめと泣くジョージさん。
やめて?! ウチのパーティをそんな物騒な名前で呼ばないで?! ひとまずオレは除外して?!
オレは結局、なんでジョージさんに呼び出されたのか……。よく分からないまま傷心だけを抱えて、とぼとぼ帰る羽目になったのだった。
「二人はさあ、平気なの? あんな風に言われてさ!」
秘密基地に帰って、鬱憤を晴らすように料理などしていると、段々腹が立ってきた。
ひたすらストック用おにぎりなど握っていると、握るのとつまみ食いが半々くらいのタクトが首を傾げた。
「あんな風にって、俺らはそうなるように振る舞ってるからな? お前と一緒にすんなよ?」
「どういうこと?!」
むっとへの字口をしたところで、加工作業していたラキが振り返る。
「どうもこうもないよ~。僕らは、狙い通りだからいいの~。舐められないためにやってることなんだから~」
まあ、確かにラキとタクトが引率するのは、問題がある人たちって言っていたもんね。
だったら、懇切丁寧に指南したオレが仲間入りしてしまうのは、一体どういうことなの。
「いいじゃねえか、あいつらは一応喜んでたし」
そう、クラスメイト二人は、『もう二度とやらねえ』とは言ったものの感謝していたもの。
「そうだよ! おかげでDランクは間違いなくクリアできるって言ってたもんね!」
少し機嫌を直したオレは、にっこり笑みを浮かべた。
「そりゃそうだよね~、Dランクパーティ単位の魔物を、単独討伐できるんだからさ~」
「単独討伐はやってないけど、実力的にはできるよね!」
やっぱりオレの指南の賜、おにぎりを握る手も軽くなるってものだ。
「いやいや、単独討伐だろ、アレ」
「え、パーティでしか対応してないよ?」
呆れた顔のタクトを見上げ、一緒に見ていたでしょう、と首を傾げる。
「ねえユータ、彼ら5人しかいないんだよね~。魔法使いは単独でどうにもならないから、誰かがサポートにつくじゃない~? 6体相手してたときってさ~、どうなってたと思う~?」
どうって、大人組二人が固まって魔法使いの前衛になって、クラスメイト二人が……。うん? 前衛の前衛? 構図で言うと、3、1、1みたいな配置になっていた気がする。
「ソロ×2と、パーティ1って感じだったね~」
……確かに? オレたちもみんな各々で戦闘するって感じだから、あんまり気にしてなかった。
オレは、そこでハッと気がついた。
「そうか……もしかして、ジョージさんが言いたかったのはそういうこと? もっとパーティとして機能するように取り計らえっていう。個々で対応できてしまう魔物じゃなくて、もっと強力な魔物の相手をさせるべきだったってこと?!」
「絶対違う」
「うん、全然違うね~」
『馬鹿か』
『スオーも、違うと思う』
天啓を得たような閃きだったのに、多分オレの内外含め全員に声を揃えて否定された。
解せぬ……。
「じゃ、じゃあ、それは彼らにまたの機会があったときの一案として、とっておこうかな……」
はは、と乾いた笑みを浮かべて呟くと、二人がまるで悼むような、弔うような顔で黙祷した。
失礼な! オレのはまだ懲役! もう刑が執行されてる二人と違って、黙祷はいらないじゃない!
『受け入れたんだな、主……』
『ひとまず、彼らが次の懲役を受けないよう、頑張ることを祈るわ……』
勝手なことを言うチュー助たちに頬を膨らませ、オレはもう引率しない! とへそを曲げたのだった。
ユータ懲役 ユータ煉獄 ユータ浄土 ユータ黙死録……どれがいいですか?!(笑)
仏教もキリスト教もないけれど、似たような言葉はどこにもあるものですねえ……(笑)