925 最後の指南?
「ユータが起きないって本当だったんだな……」
「こんなに起きないのか~! そりゃお前らも大変だよな」
散々揺さぶられて、ほっぺをつねられて、浅くなった眠りの中で耳だけがほんのり覚醒している。
惜しい、もう少し。もう少し頑張ってくれれば頭も起きると思うんだ。諦めるなら、オレも諦めていいよね。
「だろ? フツーには起きねえんだって。だから……」
ピクリ、とオレの身体が反応を示す。なぜ? ここなら安全のはずなのに。
耳に触れんばかりの距離で吹き込まれた言葉は。
「……なあ、俺スペシャルと、甘い囁き刑、どっち選ぶ?」
笑みを堪えて低くなった声が、耳をくすぐって思わず首を縮めた。
え? 俺スペシャル? 甘い囁き刑?
「起きてる! オレ、起きてるよ!!」
まぶたが持ち上がらないまま、宣言してがばっと半身を起こした。
「うわっ、起きた!! すげえ!」
「俺スペシャルはともかく、甘い囁き刑……?」
目の前で目を丸くしているクラスメイト二人。
「あれ? ここは……? 良かった、オレなんだか不吉な声を聞いた気がして」
無理矢理持ち上げたまぶたが、安全と判断してすぐさま落ちてくる。
「寝るな寝るな」
「不吉ってどういうことかな~?」
両サイドから聞き慣れた声がして、今にも飛んでいきそうだった意識が引き戻された。
「ん? んん?! タクト? ラキ?! なんでいるの?!」
慌てて左右を確認して、今度は睡魔の方がどこかへ飛んで行ってしまったのだった。
「二人とも、朝から来たの? それなら夜に来ておけば良かったのに」
討伐と聞いて飛んできたタクトと、素材が欲しかったらしいラキ。どうやらチュー助に伝言を頼んだ時、シロに迎えに来てくれるよう頼んでいたらしい。
「だってもう飯食い終わってんだろ? じゃあ寮で寝る方がいいだろ」
「寝るだけじゃあね~」
なるほど? なら、もっとゆっくり来てくれても良かったのに。目的地はもう目の前、そんなに急いで出発する必要もないだろう。
「だから、朝早く行ってお前を起こしてやろうと思ってな!」
「そしたら、僕らも朝ごはん食べられるし~?」
……なるほど。余計な……いや、ありがたい心遣い……だろうか。
「だけど、報酬とかあるし、勝手に引率を増やせないでしょう?」
「ああ、俺らは単に途中で合流したパーティみたいなもんだから!」
「僕らは僕らで行動するから大丈夫~」
それ、単に食事を一緒に食べるだけなんじゃ……いいんだろうかと大人組を見上げたけれど、どこか達観したような顔で微笑んでいた。ひとまず、歓迎されているような気はする。
「おかしいな……俺たちそれなりの時間かけてここまで来たんだが」
「ふふ、みんなドラゴン世代なのよね。なぜかしら、こんな小さい子達なのに感じる安心感は」
「それどころか、ユータくんのパーティメンバーなのよねえ……トップオブドラゴン世代……」
……あんまりドラゴンドラゴン言わないでほしい。ものすごくアレな雰囲気で恥ずかしいから! 天使も恥ずかしいけどドラゴンも恥ずかしい!!
朝食はもう、タクトたちも合流してクラスメイト達に配慮するのがめんど……難しいので、サービスとお詫びを兼ねてオレの収納から賄うことにした。ご迷惑をおかけしてます、ってやつだ。
甘めのフレンチトーストにはお好みで蜂蜜を、カリカリのベーコンと目玉焼きは、トーストと別に食べてよし、一緒に食べてその甘みと塩みのマリアージュを楽しむもよしだ。悩んだ末に、オレは半々で楽しんだのだけれど。
さて、満足したお腹を抱え、オレたちは山の中腹を目指して登山を開始していた。
山道はなだらかな登りが続いて、岩や藪が多くて木が少ない。それなりに視界が確保できるから、割とリスクの低い山ではあるけれど、草原と比べるとどうしても魔物の脅威度は上がる。
会話のなくなったクラスメイト達のパーティと、その少し前をのほほんと行く我がパーティメンバー。
「そうだ! あの方法、ラキとタクトを見ていたらよく分かるんじゃない?」
「あの方法って……ああ、アレか。お前らは山でもアレやってんのか」
「うーん、ちょっと違うと言えば違うんだけど、発展型って感じだよ」
反射より気配察知の方が早いから。でも、そうやって反射で対応することが積もり積もって気配察知に繋がると思うから、見本になることは間違いない。
注目が集まったことも知らぬげに、町歩きと変わらぬ雰囲気で歩いている二人。
――ぴく、とタクトが反応して、視線をやった先。
ごく軽い衝撃音と共に、何かが倒れた。
「あ! 横取りすんなよ!」
「だって素材傷つけられたら困るし~。はい、取ってきて~」
にっこり微笑んだラキにぶつくさ言いながら、タクトが道を逸れて獲物を取りに行く。少し離れていたので分からなかったけれど、小脇に抱えたところを見ると、思ったより大きかったんだな。
ガサガサと藪を通り抜けて戻ってくるタクトが、無造作に剣を振って何かを拾い上げた。
「ユータ、入れといてくれよ」
きれいに眉間に一撃、見事仕留められた小型の熊みたいな魔物と、タクトが引きずってきた蛇とトカゲの間みたいな魔物。
「こんな感じで――」
それぞれ収納に入れて、良いお手本具合に笑みを浮かべて振り返ると、そこには無言で手と首を振る面々がいたのだった。
「――えっと、じゃああとアドバイスできるところって、討伐の方法ぐらい?」
困惑顔で見上げると、既に疲れた顔をした大人組が無言で顔を見合わせた。
他にもアドバイスは試みたのだけど。
獲物の探し方は気配を感じられないと無理だし。魔法使いのお姉さんは索敵なんて無理だって、また目を潤ませそうになるし。もうそれくらいしかアドバイスの余地がないよね。
ちなみにタクトとラキが近くにいると、オレたちの獲物がなくなるので追い払っておいた。
「いや、もうアドバイスは……」
「どっちかっていうと、危険がないように見ていてくれる方が……」
「あ、それいい。ものすごい安心感で討伐に臨めそう」
そう? 確かに、結局のところ実践経験を積むのが早道だもんね!
オレはにっこり笑って頷いた。
「分かった! じゃあ、みんなの危険を避けつつ、存分に経験を積んでもらえるようサポートを――」
「なあ! 群れがいたぞ! お前らも早く来いよ!」
どこから跳んできたのか、目の前にタクトが着地して話を遮った。
目をきらきらさせて手招くのに釣られて、オレたちも走り出す。
「おいタクト、群れってどんな規模?」
「俺ら、死なない?」
用心深いクラスメイトの言葉に、振り返ったタクトが首を傾げた。
「お前ら、どのくらいだとダメなんだ? 結構いるけど、でもブラックホーンだぞ?」
結構いる、ということはパッと見で数えられなかったんだな。
察した彼らのスピードが目に見えて落ちた。
ちなみにブラックホーンは黒い雄ヤギ風の魔物で、大きくても馬サイズ。頭部の大きく湾曲した角が素材になるらしい。見た目は動物っぽいし、戦いやすい魔物だと思う。
「大丈夫! オレたちで、みんなが危なくないようにするから」
「ほ、本当か?」
「それはめちゃくちゃ助かるっていうか……」
「申し訳ないんだけど、お願いしたいわ!」
もちろん、そのための引率だからね! タクトたちも気を配ってくれるだろうし。
力強く請け負ったオレを見て、彼らは再びスピードを上げて山道をかけ始めた。
「きゃああ……あ?」
振り回したツノに引っかけられ、弾き飛ばされた彼女が、目を瞬いて自分の身体を見下ろした。
「無事なら早く戻――くっ! ……ん?」
蹄を避け損ねて腕で庇った彼も、瞬いた。
「っしゃあ!」
「おりゃ!」
クラスメイト二人が、戸惑う大人組を差し置いて見事斬撃をたたき込む。
よろめいた所へ、ハッとした大人組の追撃が加わり、立派なツノを持つブラックホーンが倒れ伏した。
怪我もなしに、とはいかなかったけど、許容範囲。
早々に一頭を倒した彼らに微笑んで、声をかける。
「まずは一体、問題ないね? 次行くよ!」
「え、待、待っ……」
一旦シールドを解除、そしてすぐさま再構築。見事群れから隔離されたブラックホーン二頭が怒りの表情で彼らに突進姿勢をとった。まあ、シールド操作をしているのはモモだけど。
「ヒッ!」
「構えろ!」
サッと陣形をとったパーティに、サポート役のオレは声援を送ることしかできない。
「がんばれー!」
二頭となると途端に難易度が上がるらしく、中々攻めあぐねている。顔色が悪いのは、苦戦によるものだろうか。それとも、周囲に溢れるブラックホーンの群れのせいだろうか。
「大丈夫! 絶対群れは襲ってこないから!」
オレは群れ全体を覆うシールドを維持しつつ、声を張り上げた。
現在、ブラックホーンの群れど真ん中。
数十頭を範囲ごとシールド内に閉じ込めて、さらに内部にモモシールドを展開した多重構造だ。
閉じ込められたことを察し、いきり立ったブラックホーンがすさまじい勢いでシールド内を駆け回っている。
「ふふふ……取り放題だね~」
「これはこれで……なんかつまんねえ」
傍らでは浮かぶ笑みを隠さず厳選素材を狙撃しているラキと、手応えのない獲物に飽きてひたすら素材回収係になっているタクト。
「あ、お見事! 二頭クリアだね! 次行くよ!!」
「さ、三頭は……!」
「あの、待って! 心の……きゃあ!」
三頭をモモシールド内に入れ、疲労を考慮して軽く回復魔法を施しておく。
遠慮はいらない、まだこんなにいるんだから。
引率として、彼らに最大限の経験を。そして、安全の確保を。
それを両立すべくとった措置は、我ながら素晴らしい采配だと言えるのではないか。
三頭に翻弄される彼らが重傷を負わないよう見極め、かつ経験の妨げにならないよう攻撃を受けた直後に回復する。
一瞬痛いと思うけれど、それすらないとただの無謀になってしまうだろうから。
本当に危ない時は、シロ救出隊員とオレが出張る。
ハラハラしながら見守るのは、正直しんどいけれど……。
「すごい! はいっ、次行くよ!! がんばれー!!」
全力で応援するオレの声は聞こえているだろうか。
徐々に歴戦の戦士のように研ぎ澄まされていく彼らの表情が、誇らしくも嬉しくて、オレはにじみそうになる涙を拭って声を枯らしたのだった。