924 風評被害
「これがあの、ボロボロ肉なのか……!!」
「えっ、なにこれ美味しい?!」
「臭みは?! どこ行っちゃったの?!」
それぞれの器に雑炊をよそい、お皿にハンバーグを取り分ける。
今回は、大体みんなが今持っている材料で作れるシンプル野外料理!
本日の主菜は、小物まぜこぜハンバーグ! たくさんの小物からざっくり身を取って叩いたミンチを使ってある。
彼らの手持ちではソースを作るのが難しかったので、臭みを消すようなるべく香草を混ぜ込みつつ、ニンニク風の香りを油に移してしっかり効かせた。
主食である定番雑炊は、身をとった後の骨ガラで軽く出汁をとったもの。臭みがすごいことになるので、ここも香草の出番だ。
「これね、香草をまとめてこうしておくと便利なんだよ! これをぽいっと放り込むだけ」
臭み消しに興味がありそうだったので、得意になってお手製ブーケガルニを取り出して見せる。ブーケガルニって、昔からあるよね。ハーブなんかを束にしたもの。
これは鍋底亭のキルフェさん直伝だから、びっくりするぐらい味が洗練されてしまう。オレはブーケガルニを入れただけだけど、一流料理人になった気分だ。
「自分で作れるけど、この味がよければ鍋底亭で売ってるよ!」
彼らなら買った方が早いんじゃないだろうか。ものによるけれど、すごく良心的なお値段だし。
ちら、と一瞬こちらへ向いた視線は、今忙しいとばかりに器へと戻ってしまった。クラスメイトたちなんて、口を開くのは食べる時だけだと言わんばかりの勢いだ。
苦笑してオレも雑炊を手に取ると、その暖かい香りを吸い込んだ。
少し冷えた手の平に器の熱が心地良い。いつも通りの雑穀雑炊では芸がないかと思って、今回は一部のガラを炙ってみた。
普段のように色んな材料を使えないので、雑穀と道中で採った野草くらいしか入っていないシンプルな雑炊。
だけど使ったガラが多かったせいか、スープは案外とろりと重く、柔らかくゆるんだ雑穀とよく馴染んでいた。
ふうふう湯気を追いやって、慎重にひとさじを口へ運ぶ。
「うん……おいし!」
炙った香ばしさは思ったよりしっかりスープに反映されて、このままラーメンスープにできそう。獣臭くなりそうなスープを、ブーケガルニが見事に整えて昇華させている。口内がとろりぺたぺたするような、これは脂というよりコラーゲンかな? 強めの塩が身体にしみじみ染みる。
なんとなく、熱燗が合いそうだと思ってふふっと笑みが浮かんだ。
さてハンバーグの方は……横着してスプーンで割った断面から、透明な肉汁があふれ出す。
ああ、もったいない。これは、パンで拭って食べている彼らが正解だろうか。雑炊があるのにどうしてパンも食べるんだろうと思ったけれど、こんな用途があったとは。
急いでハンバーグを口に入れると、途端にくらうガツンと効いたニンニクと爽やかな香草のダブルパンチ。臭みを消そうと思っただけだったのに、これは中々……!
むしったパンで、皿にあふれた肉汁もぽいと口へ放り込み、ワイルドかつ繊細な香りを堪能する。
この荒々しいミンチの、顎に抵抗を感じる歯触りもいい……!
こっちは、多分赤ワインだ。
熱燗もワインもほぼ飲んだことがないくせに、通ぶってワインをくゆらす様を思い浮かべて悦に入る。
こくり、と喉を通ったのがお茶であっても、大事なのはそのイマジネーションだ。
さて、二杯目の雑炊を――とオレが我に返った頃には、クラスメイトが鍋に残る残渣をスプーンでかき集めていたのだった。
「で? お前は結局帰らねえの?」
満足そうなクラスメイトは、オレの膨らんだ頬を気にするでもなくぽんぽんと頭に手を置いた。
「だって、きっと朝早いでしょう。帰るの面倒くさいし」
なんだかんだ言ったものの、別に明日外せない予定はないんだもの。お菓子を作ったりごろごろしたりする予定は入っていたけれど。
「そうだな! 付き合ってくれんなら、絶対残ったほうがいい! 朝俺らが起こせるからな」
それはそう。深く納得したオレは、さっそく明日の朝ご飯など考え始める。
『深く納得するんじゃないわよ』
まふっと頬に体当たりするモモを誤魔化し、チュー助&ラピスにタクトとラキへ伝言を頼んでおいた。
「……あ、そうだ!」
ふと思いついたオレは、魔法使いのお姉さんを振り返った。
「これは、そのパーティによるし魔力量によるから一概に勧められないんだけど」
そう念を押してから咳払いする。
「んんっ! さて、今から寝ようというこの時にもありますよね! 定番の困りごと。そう、見張りやら警戒やら、みんなでゆっくり寝られない問題です!」
今度は何だと言いたげな視線がこちらを向いている。
「野外でゆっくり寝るのはお前らだけだわ!」
「困ると思ったことねえわ」
すかさず入る野次に目を瞬いた。え、みんな困ってないの? オレは大いなる最大の困りごとのように考えていたのに。
「じゃ、じゃあ豆知識で! 魔力に余裕があったら、こういう方法もあるってやつ。召喚獣とか従魔がいれば、見張りをしてくれるんだけどね」
『召喚獣はそんな万能じゃねえわ』『獣に命任せて寝られるかよ』なんて声は聞き流しておく……そうなの?!
気を取り直して地面へ手を着いた。
「これも、土魔法だよ!」
ズッ! と地面を揺らして立ち上がるのは、野営地をぐるりと囲う土壁。
「あー、これな」
「そうそう、ユータと言えばこれがないと――じゃねえんだよなあ」
クラスメイトの顔に、諦めに似た笑みが浮かんでいるのは気のせいだろうか。
「ほら、この辺りの魔物だったら、これだけで見張り不要だよ! 魔力は使うけど、全員ぐっすり眠れることを思えば、時には使いようじゃない?」
だってぐっすり寝たら魔力だって結構回復するもの。寝る寸前にやったり、旅の途中なら数日に一回、なんて工夫をすればいい。
「魔法でこんなことが……?!」
「これがあれば、疲労回復の効率が全然違うじゃない?!」
あんぐり口を開けた大人組が、輝く瞳で魔法使いのお姉さんを振り返った。
普段魔力温存のために活躍が少ない魔法使いも多いもの、こういう活躍の場があれば分かりやすく感謝を受けることもできるんじゃないかな!
オレもにっこり微笑んでお姉さんを見やった。
呆然としていたお姉さんが、期待に満ちた視線を受けて身体を震わせた。
「いやあぁー! そ、そんな目で見ないでぇーー!!」
突如顔を覆って崩れ落ちたお姉さんに、オレの方がビクッとしてしまう。
「あー、大丈夫、俺らは分かってるから。魔法使いってそうじゃねえよ」
「うんうん、無理だよなー。知ってる知ってる、完全なる風評被害だよな」
なだめるクラスメイトが、えぐえぐ言ってるお姉さんの背中を撫でてハンカチなど差し出した。
「そ、そうか! 悪い、簡単そうだったからつい……! これはドラゴン系だったか!」
「ごめんっ、私あんまり魔法使いのこと知らなくて! 私が器作れたから、魔法使いってこういうものかと思っちゃって!! アッチ世代の話だったのね!」
……なぜに? 悪いこと、してないと思うんだけど。
『風評被害がドラゴン世代にも及んでいるわね……』
『トンデモを表す言葉が、世界にまたひとつ増えたんだぜ』
やれやれと顔を見合わせるモモとチュー助が、長いため息を吐いた。
豆知識を披露しただけのオレは、まだ事態が飲み込めずに佇んでいたのだった。