922 指南
「ごめんね、この子たちがあんまり勧めるもんだから……付き合ってもらって大丈夫? あの子たちの友達なら、実力はあるってことよね」
苦笑を滲ませたお姉さんが、オレを覗き込んだ。
いい人だな、と思う。
引率として連れてこられたのが、こんな幼児なのに。
どうやら、頼んで連れてきてもらった手前、追い返せないと腹をくくったらしい。今は一緒に馬車に乗り込みながら、今回の事情を聞いている次第だ。
「実力はあるもなにも……まあ、見りゃ分かるか」
「あー、こういう反応ね、はいはい。俺たちこういう常識、すっかり忘れてたっつうか」
肝心のクラスメイト二人は、いとも簡単にオレの実力について説明することを諦めていた。
「二人は、ちょっと反省しなさい? 危険があるから引率をって言ったのに……あ、大丈夫よ、危ないと判断したら、離れていてもらうから」
肩をすくめる二人を睨み付け、お姉さんは慌ててオレを気遣った。
「あの、オレDランクだから……本当に引率できるよ? やったこともあるよ」
にこっと微笑んでみせると、『誰がDランクだ』『Dランクに対する風評被害になるわ』なんてクラスメイトの陰口が聞こえる。何も間違ったこと言ってませんけど?!
「え……そ、そうなの?! 本当に実力はあるのね。キミたちの世代って凄いって聞いてはいたんだけど」
「なら、君……ユータ君だっけ? ユータ君も戦力として数えていいのかな? 正直、この子たちクラスの実力があるなら本当に助かる!」
途端に期待に満ちた瞳は、他の大人とは違うなと思う。それだけ、このクラスメイトたちが活躍している実績があるからだろうな。
「もちろん! せっかく声をかけてくれたんだから、ちゃんと引率するよ!」
少しばかり想定とは違ったけれど、それでも以前の引率と比べれば天と地の差。
むしろオレの方が喜んで受けたのだから、相応の価値は感じてもらわなきゃ!
「そ、そう? じゃあひとまず今回の討伐について説明するわね」
顔を見合わせた大人3人と子ども3人は、真剣な顔で輪になったのだった。
馬車を乗り継いでしばらく、徒歩に切り替えたオレたちは、遠くに見える山を目指して歩いていた。
「……それで、オレに引率を頼みたかったのって、どこがメインなの?」
こっそりクラスメイトに耳打ちすると、揃ってため息をつかれた。
「はあ、どこが危険か分かんなかったんだな……」
「お前、それでよく引率できたな?」
うっ……でも、実際危険があれば対応はできるから! 今回は話を聞いてくれる皆さんだから、事前に対応策なんかを示せたら格好いいと思っただけで……!!
だって、依頼はここからウルト山まで行って、ブラックホーンを討伐する――というもの。
……普通じゃない?! ウルト山って、別におどろおどろしい山だとかそういうわけじゃない。ブラックホーンだって特別な魔物じゃない。普通の、Dランク魔物だ。
パーティはDランクでもクラスメイトはEランク。もちろんリスクはあるけれど、だけどウチのクラスメイトだもの……いたって普通の依頼だ。
オレたちの周囲を囲むように陣形を取った大人組が、ほんのり微笑ましそうな顔でオレを見ている気がする。
「まずこの草原で――」
「だから、普通はこういう所が――」
オレは近付く山を眺めながら、二人から引率すべき点のレクチャーを受けていた。
「……なるほど。よし、把握した! 完璧!」
自信満々に深々と頷いたオレは、タタッと前へ走り出て先頭で振り返った。
「皆さん! せっかくオレが引率としてついているので、今回はお困りのことを全部解決していこうと思います!」
張り切って声を上げたのに、『全部じゃなくていいっつうんだよ!』『ほどほどにしろ!』なんてヤジが飛ぶ。
聞こえないふりをして困惑顔の大人組を見上げると、咳払いして説明を始めた。
「徒歩移動となると、道中での襲撃による魔力消耗がネックですよね? それに、警戒を続けながらの行動は気力体力の消耗も激しい」
ですよね? と見回せば、戸惑いつつ頷く彼ら。当然のようにクラスメイトは『言ったことまんまじゃねえか』なんてブツクサ言ってるけれど。
「まずはそれを、解決しましょう!」
「そんなことできるのか……?」
「ええ? どういうこと?」
半信半疑でオレを見る目には、それでも期待が籠もっている。そう、これだ。これこそオレの求めていたもの。
オレは満面の笑みを浮かべて策を授けた。
「いいですか、こうするんです!」
くるりと進行方向に向き直ると、タターッと走り出す。
「あ、ちょっ……?!」
慌てた大人組は、多分クラスメイトが抑えてくれただろう。
さあ、うまく出てきてくれればいいし、出てこないなら来ないでもいい。
だけど、運は味方したらしい。
ヒュッと飛び出してきた何かを反射的に切り捨てて、にこっと振り返った。
「わかりました? そもそもの警戒自体を捨てれば、余計な消耗は防げます! この程度の草原に潜む魔物なら、魔法を使う必要もないです!」
そう、わざわざ警戒する必要があるかということだ。だって、この草原の草丈はせいぜいオレの胸元くらい。大物が隠れられる場所じゃあない。
「馬鹿か……警戒しなきゃフツーは反応できないだろ!」
「警戒してなきゃ、一般人は小物にも致命傷負うんだよ!」
すかさず入ったヤジの発生源に目をやって、笑みを浮かべる。
「大丈夫! タクトも、ラキにだってできるから!」
そう、これは決して無謀なことではない。ちゃんと再現性があるのだ。
そして全然信用していない二人に、とっておきを耳打ちする。
「うおおー! 来るなら来いぃ!」
「うおー! つうか警戒してなくても、案外来ないもんだな??」
駆ける二人を離れて追いながら、うんうん頷いた。
そうなんだよ。小物って、相手が警戒してるかどうかなんてあんまり気にしてないから。だから警戒してるから襲撃されない、というわけじゃないんだよね。
「うわあ?!」
と、言ってるそばから飛び出してきた巨大バッタに、クラスメイトがつんのめって転んだ。
「くっ!」
だけどさすがドラゴン世代、攻撃を受ける前にしっかり刺し貫いた。
「バッタか……」
少しばかり紅潮した頬は、手応えを感じた証拠だろうか。
「お見事! もうちょっと早いといいね! そんな感じで、咄嗟に身体が反応するようになればいいんだよ!」
ガチガチに警戒してなくたって、人間危機には反応する。これが森の中とか、それこそ山中になれば別だけれど、今は一面の草原。
だって町中にも危険はあるけれど、みんな警戒なんてしてないでしょう。
「何となく、分かるような気が……してしまった! ビックリの瞬間に剣を振ってりゃいいんだな」
「実地訓練のホーンマウスと同じと思えば……そうなのか」
彼らは安全圏の実地訓練で、ホーンマウス狩りも経験してるからね。あのときは警戒なんて捨てて獲物を追っているはず。
やはり、経験に勝るものはない。ちょっとばかり無謀でも、やってみれば身につくこともある。
『無謀って自覚はあったのね』
『主ぃ、やってみて死んだら意味ないんだぜ!』
……うん、それがこの世界の難しいところ。経験に命がかかっちゃうんだよね。
「だからこそ! 今はオレがいるんだから、少々無茶だって無謀だってできるってものでしょう?」
怪我をした様子はなかったけれど、念のためふわっと回復を施しておく。
「そう、か……そうだな! 俺ら、忘れてたぜ。……あの味を」
「分かった、やるぜ! これができりゃ獲物だって狩れる、料理する時間だってできる!」
二人の目に、燃え上がる意欲の炎が見える。舌なめずりしているのは、気のせいだ。
この分なら、山に到着する頃にはコツを掴んでいるんじゃないだろうか。
「これが、ドラゴン世代……」
唖然として取り残されていた他のメンバーは、ぽつり、と呟いたのだった。