921 暇か暇じゃないか
オレは、常々思うことがある。
これは誰しもが薄々感じつつも、目を逸らしてきた問題じゃないだろうか。
そう……お昼寝したり、寛いだりすることを『暇』だって言う風潮。
由々しき問題だ。これは、どうにかならないものだろうか。
「――あれ? ユータ君珍しいッスね?」
せっかく、タクトの後ろに潜んでいたのに……。
目ざとくオレを見つけたマッシュ先生が、白い歯輝く爽やかな笑みを浮かべた。
だけど、その笑顔には嫌な予感しかしない。
「いいッスね! ユータ君がいるなら、いい回避の見本が――」
ほらぁ! すぐそうやってオレを使おうとする! マッシュ先生、オレ相手だと本気で攻撃繰り出すから怖いんですけど! オレ、当たったら普通に死ぬよ⁈
『だがしかし当たらない‼ ってのが、俺様最高に格好いいと思うぜ!』
『どうせ当たらないじゃない。私がいるし』
チュー助はおいといて、まあ……確かにモモのシールドがあるし? でもさ、当たったら悔しいじゃない! 結局真剣にやる羽目に……。
『スオー、真剣に授業やればいいと思う』
……ぐうの音も出ませんね。ぼんやり参加していたいと思ったオレが悪かったです。
今日はちゃんと起きて学校に来たものの、これこのように珍しがって授業ではやたらと当てられるし、何ならメリーメリー先生なんて、自分の代わりに授業してとか言うし。
そんなわけで割と疲れたので、午後からは帰ってゆっくりしようかと思ったのだけど。
「あっ! もしかしてユータ、今から帰る?」
……なぜだろう。
教室を出ようとしたオレは、両脇からクラスメイトにガッチリ捕まえられている。
「そうだけど……」
何となく嫌な予感がする。言葉を濁してみたものの、クラスメイトは満面の笑みを浮かべた。
「ユータは予定ないだろ? いつも帰ってから暇だもんな!」
「ちょっと付き合ってくれよ!」
予定は……予定はないけど! だけど、だからって暇じゃあない!
「な、なんで?! オレだって、オレだってやることが……」
そうだ、やることがあるならば予定はあるって言えるのじゃないだろうか。
「タクトは暇さえあれば討伐とか鍛錬とかさ~! 中々捕まらねえの!」
「ラキはさ……ちょっと誘うのアレだし。大体加工のことで色々あるだろ?」
「だったらオレにも……ええと、色々あるんだけど?!」
『どう考えてもあなたは暇よねえ』
そんなことはない。お昼寝とか寛ぐ予定のことを暇っていう、その思考こそがおかしいんだよ!
暇だからお昼寝したり、寛いだりしているわけじゃない。
きちんと、お昼寝しようという目的をもって時間を使っているわけで。正しく『予定』という範疇に入るはずだ。
『暇じゃないぜ主ぃ! 俺様たちにおやつを作る時間が必要なんだぜ!』
そうだ、それもある。
有り余る時間を活かして作るからこそ、こんなにいつも収納は満たされているわけで。
だからこそ、いついかなる時もサッとおやつが取り出せるわけで。
それは必要な時間と言えるのではないだろうか。
『有り余ってる時間を暇と言うんじゃないのか』
『スオー、それ暇つぶしだと思う』
くっ……些細な失言だったのに……! 辛辣組が今日も冷たい。
「ユータは勉強も問題ないし、十分強いだろ。鍛錬の予定はないよな?」
「ま、まあ……それはないけど」
聞き耳を立てているラピスを感じて、そこはきちんと否定しておく。
「ソロ依頼だって受けてねえよな? 朝遅いから、お前だけで依頼受けらんねえもんな」
「そ、そん……まあ、そうかもしれないけど」
日々オレを起こすのに苦労しているモモの視線を感じ、不本意ながら頷いておく。
両脇を抱える二人が、ふいに声を潜めて顔を寄せた。
「……で? 既にお付き合いしている女の子がいるとか――」
「はたまた気になる子がいるとか――」
とんでもない囁きに、一気に顔に熱が集まった。
「そんっ……そんなのいないよ!!」
つい力一杯否定して、ハッとする。
「だよなー! 知ってた」
「うんうん、分かってた!」
満面の笑みでオレを覗き込む二人が、声を揃えた。
「「じゃあ、暇ってことで問題ないだろ!」」
そんなことないですぅー!!
だけど、これといった素晴らしい建前も見つからず、オレはあれよあれよと連れ去られてしまったのだった。
「――つまり、引率者代わり?」
引っ張ってこられたオレは、にっこり笑みを浮かべた。
「代わりっていうか、そのものだけどな。ギルドを通して寄越される冒険者より、お前の方がいいなって話になってさ」
「ユータさ、前に引率やったんだろ? その時の報酬っていくらだった? 大体依頼料の何割とかになるらしいけど……」
前にやった引率って……アレだろうか。あの、世紀末な彼らを任されたやつ。
出会った当初のダーロさんたちを思い出して、くすっと笑った。
「報酬なんて全然覚えてないよ。だって、大体特別ナントカとか色々入ってくるじゃない?」
あのときはダーロさんたちを更生させた功績とか、土砂崩れからの救出とか諸々で、特別報酬が依頼料よりずっと多く追加されていた気がする。冒険者の報酬って得てしてそういうものだ。
「『じゃない?』とか当たり前みたいに言うな」
「フツー入らねえから『特別』なんだよ!!」
不貞腐れる彼らだけど、オレはいたってご機嫌だ。
引率者……これこそ、オレが求めていた理想の引率者だ。
フレッシュで年若い冒険者に、先輩として手取り足取り、丁寧にノウハウを伝えるんだ。決して、筋肉の塊みたいなオジサンたちではない。
真摯にオレを見上げるのは、尊敬に満ちてきらきらしたつぶらな瞳。決して殺気に満ちてどろどろした視線ではない。
ああ、なんだか以前のことを思い出して涙が出そう。
あれはあれで、いい出会いではあったけれど。
「とりあえず、報酬がいくらかは知らないけど、そういうことなら受けるよ! 足りなかったらオレが出すから!」
思い描く理想の未来にすっかり魅了され、こんな機会を逃してなるものかと了承の返事をする。
「意味がわかんねえよ……」
「なんでお前への報酬をお前が出すんだよ……」
二人が『こいつに言ってもダメだ』『あとでラキに交渉しようか』なんて視線で会話した気がする。そんなにありありと表情に出すなら、口に出してもらっていいですけど?!
「それで? 二人のパーティはどこにいるの?」
オレは浮かぶ笑みを隠しきれないまま、二人を急かして先を急いだのだった。
「OKもらった! 連れてきたぜ!」
「これが、ユータだ!」
逃げやしないのに、まだ二人に挟まれたままやって来たのは、町の門からほど近い場所。きっと、引率がいなくても出発するつもりだったんだろう。
にこにこのままやってきたオレは、満面の笑みで挨拶をして――そして、ちょっと、想定と違うな……? なんて考えていた。
二人はそろそろオレたちと同じDランクを狙っているらしいけれど、所属しているパーティ自体は既にDランクの人もいるのだとか。学外の人と組んでいると聞いてはいた。
だけど、何となく同じ年頃かなって……ほら、学校の友達って大体クラスメイトでパーティ組んでるから。それ以外を想定してなかったというか。
「こ、これがユータくん……」
「あーっと……その、小さいって聞いてはいたんだけど……」
見上げるフレッシュできらめくつぶらな瞳の代わりに、困惑と苦笑に満ちた視線がオレを見下ろした。
……そうか。そうだよね。
そもそも、クラスメイトだってオレより大きい。オレより小さい冒険者はいないんだった。
「……大人だったんだ」
一番年上の女性が、セデス兄さんよりも若いくらいだろうか。あとテンチョーくらいだろう男女二人。大人、と言うには若いけれど、オレたちの年齢からすれば十分に大人だ。
ちょっぴり笑顔を引きつらせるオレに、クラスメイト二人は首を傾げた。
「そりゃそうだろ、Dランクだぞ?」
「俺らのクラスって同年代より圧倒的に強いだろ? だったらクラスメイト以外で組むなら、大人か年上しかいないけど」
オレもDランクですけど。
初っ端から崩れて行く理想の引率者計画に、オレは一人涙したのだった。
明けましておめでとうございます! 皆様今年もよろしくお願いいたします!
正月から出勤のひつじのはねですが、超特急でSS代わりに診断ゲームを作りました!
『もふしらキャラ とお正月を過ごそう!』ってやつなので、楽しんでいただけたら幸いです。
分岐はほぼなく簡単に全制覇できますよ!
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