920 誰のせい
教室が騒がしい。いつも通り騒がしい。
「天使像、見たか?! まさにあのとき見た天使の姿でさ、マジで涙出たわ!」
「す、すごかったよおぉ!! もう一回見たいのに、今はもう無理だよねえ」
「見たよっ! あの森に包み込まれるような穏やかで温かい気配っ! 先生、感動しちゃったぁ~~」
……先生、溶け込んでないで朝礼を始めてください。
やっぱりこうなるよね、の想像通り、天使像は公開と同時に大騒動になった。
混乱を避けるためのプレオープンでは、子どもやその家族、学校関係者も来ていいことになっていたので、オレのクラスは全員見に行ったらしい。
一般公開が始まってからは、怒濤の勢いで拝観希望者が殺到し、聖堂に行くための道を新たに整備する計画までできているそうな。
大変だねえ、なんて人ごとの顔をしていられることがありがたい限りだ。
ひとまず天使像はもちろん、避難所を兼ねた堅牢で豪華な聖堂も話題沸騰らしいので、ロクサレンの偽装工……慈善事業としても大成功だ。
さすがに大金を消費したので、しばらく次の聖堂はお預けだ。
今のうちに、候補の町は執事さんたちに頑張ってアピール合戦しておいてほしい。
ちなみにラキはややこしいことになるのを嫌って、製作者を公表しないと決めていたので、天使像の製作者については色々な憶測が飛び交っているらしい。
何でも、ロクサレンに厳重に囲われた天才加工師がいるとか……。
多分、クラスメイトは気付いているけれど。
だけど、言わないだろう。
ラキが言わない意味を察するだろうから。…………あと、ラキの絶対零度の微笑みを見ることにはなりたくないだろうから。
「ラキ、加工師として活躍したいなら、名前は公表した方が有名になれて良かったんじゃないの?」
大騒ぎのクラスメイトを横目に、我関せずなラキに耳打ちした。
「ん~僕は加工が好きなわけで、天使像職人になりたいわけじゃないんだよね~」
なるほど。確かにこの状況だと、ラキはこの先一生天使像や彫像しか作れない気がする。
「それに、有名になりたいっていうのもちょっと違うかな~」
「そうなのか? 俺はAランク冒険者として有名になりたいぞ!」
椅子の背に顎を乗せ、タクトがにっと笑った。
それは、割と遠くない未来である気がする。タクトとラキと一緒なら、オレも……いいかな。
目立ちたいわけじゃないけれど、一緒じゃないのは嫌だから。
「でもタクトだって、Cランクなのにやたら有名になるのは嫌じゃない~? 有名になりたいんじゃなくて、強くなりたいんじゃないの~? 強くなった証明が、名声なんじゃないの~?」
言われたタクトは、ちょっと首を傾げて考えた。
「……本当だな! 俺、有名になりたいんじゃねえわ、すげえ強くなりてえんだな!」
タクトが驚いた顔をしてラキを見る。
すごいな、ラキはタクトよりタクトのことが分かるのか。
「でしょ~? 僕も、まだまだ望む所へ到達してないのに、やたらと持ち上げられたくないんだよね~。加工を褒められるのは、もちろん嬉しいんだけど~」
くすっと笑ったラキに、タクトは深々と頷いた。
「確かに、王都みたいな騒動は嫌だもんね」
「ああ……『統率者』の時だろ?」
「あれは参ったね~」
オレたちは顔を見合わせて苦笑した。
有名になるのって、結構大変。あのとき、つくづくカロルス様の気持ちが分かったんだもの。
「そう言えば王都のギルド、そろそろ行っても大丈夫かな?」
あれ以来色々なことが重なっていたのもあって、3人で王都のギルドに顔を出してはいない。
王都自体には、オレだけちょこちょこ行っているけれど。なんせ、放置すると拗ねる精霊様がいるし。
「さすがに大丈夫だよ~。王都なんて、日々色んな話題があるからね~」
「よしっ! ならまた行こうぜ!」
「タクトの勉強が追いついたらね~」
タクトが、声もなく机に突っ伏した。この調子だと、もう少し先になるだろうか。
忙しいな。天使像のあれこれが、やっと終わったと思ったのに。
次々現れる予定に、オレはくすくす笑ったのだった。
「――なんでだ……なんでこうなる?!」
頭を抱えて机に突っ伏しているのは、タクトではなくカロルス様。
つい先日、タクトも同じような姿勢で同じようなセリフを呟いていたなと苦笑した。
「想定の範囲内ですが」
淡々と返す執事さんが、早く次の書類を片付けろと視線を突き刺している。
「なんでだよ?! あんな立派な天使像があるんだ、みんな向こうへ行くと思うだろ?!」
「あちらが盛況なら、当然聖地であるここも影響を受けますね」
そう、以前にも増して人の来訪が増えたヤクス村は、トラブルや雑務もその分増え、事業も増える。
多分、カロルス様以外はこれを想定しての、投資としてのお金バラマキだったんだろうな。
カロルス様はほしがらないけれど、領としてお金はあって困ることはない。
『まるであなたも、分かっていた方に入っているような口ぶりね』
モモの指摘にぎくりと肩を揺らし、素知らぬふりをした。
いやだって思わないよね?! こんなに増えるなんて!
『信者が増えれば、当然の結果よね』
そう……なんだけど! 天使像を見てすごいなって思うのと、信者になるのは別じゃない?!
製作者の信者というなら分かるけれど。
「やっぱアレじゃねえか……? お前が何か小細工するから! 次からアレ禁止だ!」
「な、なな、何も心当たりが……」
「ないわけあるか」
細められたブルーの瞳が、じっとりオレに焦点を合わせているのを感じる。
「そうですね……効果が高すぎるので、次からは封印していただきましょう。……ユータ様?」
分かりましたね? の笑顔を受けて、オレはこくこく頷くしかない。
せっかくのアイディアだったのに……。
だけど、オレだって生命の魔石を貯めていかなきゃいけないから、それはそれで助かる。
天使の聖堂が避難所を兼ねているなら、まあ……人の役にはたつから。ギリギリ詐欺にはならないかもしれない。
だけど、野生児や魔法使い以外の人は生命の魔力なんて感じてないよね? まるで信者の増加がオレのせいみたいに言われて少々不服だ。
「そりゃあ、魔力感じられる人もいるんだから、その分は信者が増えちゃうって可能性もなくはないんだけどさあ……」
秘密基地に戻ったオレは、二人が帰るまでに大量作り置き作戦を決行中だ。
そのために、先ほどジフから諸々仕入れてきたのだから。もちろん、素材や情報との等価交換だ。
『だけど主ぃ、邪の魔素が分からなくてもビョーキになるんだからさあ、俺様魔力を感じなくても影響ってあると思うぜ!』
衣をまぶしていた手が、ピタリと止まる。
おかしい……チュー助の言うことに納得できてしまう。
『それはそうね! 生命の魔力に触れていると何となく気分がいい、とか何となく体調がいい、とか。そんなことがくり返されたら……そりゃあ、ご加護と本物オーラをビシバシに感じるわよねえ』
そう……そうだった。
だって、生命の魔力漂うヤクス村は、エリーちゃんのお母さんがわざわざ静養に来るくらいだもの。
『ということは、だ』
『スオー、やっぱりゆーたのせいだと思う』
容赦ない指摘に、オレは項垂れるしかなかったのだった。
ありがとう~閑話・小話集の方ブクマ増えてたよ!
ちゃんと、見てくれている……! 優しい世界……