919 騒動の種は余所へ送ろう!
「騒がしいってことは、もしかして今完成したのかな? いやいやもう夜だよ? さすがに、お披露目が今になっただけだよね?」
だってラキなら、ただ削り出すだけの彫像なんてチョチョイとできるはずだもの。
「ピッ」
くりっと小首を傾げたティアだけが返事をしてくれる。
あれ? みんなどこ行ったの?
不思議に思いつつ、騒がしい方へ駆けて行くと、どうやらみんながいるのはパーティ会場に使う部屋みたいだ。
どうやって運んだんだろう……なんて疑問は湧かない。
ウチには重機がたくさんいる。
「ねえ、完成したの?!」
開け放たれている扉から飛び込むと、館中の人が集まっているみたいだ。
オレも起こしてくれればよかったのに。
人混みをかき分けるように前へ出ると、ちょうど目の前に二人がいた。
「お、やっと起きたか! 見ろよ、完成だってさ! すげえだろ?!」
「まだ完成じゃないんだってば~! 細かな装飾とか~! あともっとこのラインを滑らかに――」
ラキのこだわりを入れていたら、永遠に終わらないんじゃないだろうか。
そう笑ったところで、オレの視線は二人の姿を通り過ぎ、その奥へ釘付けになった。
息を呑む。
その荘厳たる存在と、跪きたくなるような威容に。
それは、石像と言えるのだろうか。
大きく広げた翼は、衣装の裾は、今まさに翻ったのが見えた気さえする。
頭から被ったヴェールが神秘性を強調し、なおかつ布地の奥には、憂える表情がわずかに透けて。
「す、ご……!!」
思わず止めていた息を吐き出し、瞬きも忘れて見入っていた。
芸術なんてからっきしだけど、これが芸術じゃなきゃなんだっていうのか。
だって、これ石でしょう?
「ど、どうなってるのこれ……?! 」
どうして石なのにヴェールが透けて見えるの?!
こんな大きな翼、そもそも強度的に地球だと無理なんじゃない?!
優秀な加工師だって知っていた。知っていたけど、これは……。
「すっげーよな! 俺がAランクになったらさ、こんな彫像作ってくれよ!」
「いいよ~。勝負パンツで仕上げてあげる~」
「パンイチはもういいんだよ!!」
ビリビリするほどの感動が――見事霞となってかき消えていく。しょうもない会話に力が抜けた。
王都の一線で活躍できそうな腕を披露しながら、ラキはいたって通常営業だ。
「これは凄まじいですね……畏怖と……それだけでない敬愛が湧いてくるような。……ちなみにユータ様? 像に何かしましたか? 聖堂の天使像と同じく、こちらからも感じるものがあります」
「ええ、ええ! この像からはまさに! 新鮮なユータちゃんの気配を感じるわ!」
「ああ、このような荘厳なお姿に……! マリーは、マリーは目が潰れてしまいそうです!」
細められた銀灰色の瞳にぎくりと肩を揺らし、いつも通り滂沱の涙を流す二人に苦笑した。
「おう、こっちも確かにお前っぽい感じするな。お前自身が作らなくても、そんなことあるのか」
やはり感づく野生児の親玉……。
「え、ええと、多分気のせいだと思うけど! オレが一緒に作っていた所もあるからじゃない?! あと、ずっと側にいたし」
「そんな、匂いがうつるみたいに……分かった、もしかして管狐が一匹塗り込まれてるとか?!」
「そんなことしないよ?!」
恐ろしいことを口にするセデス兄さんに仰天し、力一杯否定する。
そんな、人身御供みたいな……天使じゃなくて邪神ができあがってしまいそうじゃない。
「だけど、ラピスや管狐たちには協力してもらったんだよ~」
思わぬセリフに、キョトンと目を瞬いた。
ラピスたちが、破壊以外に協力できるところなんてあったろうか。
「ほら、あのときの翼~。バランスといい、輝きといい……すごく印象的だったじゃない~? だから、もう一度見せてもらったんだよ~」
――そうなの! ラピスたちも一緒に頑張ったの!
あの時……? と首を傾げそうになって、封印されし記憶が蘇る。
それって……! あの大魔法の時の……光の翼?!
思い出し羞恥に頬が熱くなる。
『とってもいい感じだったわよ! こう、伏せた視線がそれっぽくて!』
それって、もしかしてオレが椅子で寝てる時に?!
この天使像の憂いを秘めた顔ってもしかして、寝てるオレがモデルだったりなんて、そんなことは……。
どうしてこう、端々にオレの要素を入れてくるの?!
バレないだろうけども! だけど敢えてリスクを取りに行く必要はないんじゃないかな?!
「翼イメージは管狐たちが、詳細モデルはチャトが担ってくれたんだよ~。生きている状態の大きな翼って中々見られないから、本当に助かっちゃった~!」
「え? チャトが?!」
思わず部屋を見回すと、我関せずみたいな顔をして、窓辺でしっぽを振っている。
ええ……? あんなに普段非協力的なのに? どうしてこういうところだけ……だけど、ひとまずは。
「その、協力してくれてありがとう! ラピスたちもチャトたちも、おかげで素敵な像ができたよ!」
ぜ、善意だから……。それも、オレが寝入っている間にも、きっちりモデルになってくれた彼らにお礼は必要だ。
ピッと耳を跳ねさせたチャトがあくびして、管狐たちが大いに湧いた。あの、でも、これ以降光の翼は封印してほしいな……。
チャトの翼、と思ってみればなるほど。
光の翼の神々しい柔らかさと、チャトの翼の力強さ、生き物の完璧な造形が見事にマッチしている。
天使の翼ってもっと華奢で小さいイメージだったけれど、これは飛べる。この天使像は、この翼でもって力強く空を飛ぶのが見える。
……もっと非現実的な、ふわふわキラキラ~な感じじゃなくていいんだろうか。
確かに華奢で儚げではあるけれど、なんだか……揺るがない芯というか。戦っても強そうだよ? この天使様。
ふと、事の発端を思い出して乾いた笑みが浮かぶ。
「これ、ハイカリクに設置されるんだね……大変なことになりそう」
「だなあ。ま、あちらさんは人が集まること自体、歓迎みたいだったからな!」
カロルス様が、押しつける気満々の晴れ晴れした顔で笑った。
「それはそうだろうけど……程度によるよね」
オレには見える。天使像を見ようと方々から人が押し寄せ、連日長蛇の列ができる様が。
嬉しい悲鳴、になればいいけれど。
有り余るお金に物を言わせ、聖堂も結構豪華に作られているみたいだし、この堂々たる絢爛な天使像はとても映えるだろう。最高の映えスポット間違いなしだ。
「これでロクサレンは安泰だな! あやうくヤクス村が町になりそうだからな!」
わはは、と満足そうに笑う領主様は、これでいいのだろうか。
「でも、ヴァンパイアや魔族の住人も増えてきてるんでしょう? いずれ町になりそうな気がする……」
「その時分にはほら、俺は引退してるからな! あとはお前らが何とかするだろ!」
「『ら』?! なんでオレが含まれてるの?!」
「いやいや僕が継ぐって決まったわけじゃないからね?! ユータだって立場は一緒だから!」
「一緒じゃないよ?! あとセデス兄さん確定だよ?!」
「……私も、引退できると……思っているのですが……」
互いに押しつけあうオレたちを見て、執事さんが長いため息を吐いたのだった。
あの……活動報告に書きましたが、ちょっとしたクリスマスSS書いたんです……
もふしら閑話・小話の方………ブクマとか少ないので……読んでもらえてます、かね……??
せっかく書いてるので! ついでに読んでもらえると嬉しいです!