918 いざ、天使像造りへ
「――やっぱ、なんとなくお前っぽいよな」
退屈そうに見上げていたタクトが、ふいにオレの方を向いてそう言った。
「ど、どこが?! 全然似てないよ?! そもそも顔なんて分からないじゃない!」
首を傾げながらオレと天使像を見比べるもんだから、オレの方は落ち着かないったらない。
オレたちは昨日の今日で、さっそくロクサレンへやって来ている。だって、加工については即行動のラキがじっとしているはずもないよね。
そして、ロクサレンへ向かうついでに天使像をしっかり見ていきたいって言うから……。
オレも久々の天使像を眺め、複雑な気分になる。
「なんかさあ、似てるってわけでもねえんだけど……。こうやって後ろ向いたら、どっちにお前がいるか一瞬迷う、みたいな感じあるよな!」
天使像とオレに背中を向けたタクトが、オレを振り返って笑った。
「いやいや、ないよ?! 後ろ向いたら普通、何も分からないからね?!」
なんで背中でどこに誰がいるか感知できるわけ?! レーダーもないのに……。
その野生の勘にヒヤヒヤする。そういえば、カロルス様も同じようなことを言ってたな。
だって、まさにその感覚は合っているだろうから。
タクトはオレの垂れ流す生命の魔力も感じ取っているし、天使像からわずかに漂う生命の魔石も感じ取れるのかもしれない。
「だけど僕も、そう思うよ~」
「ええ? そんなことないと思うけど……」
目を細めたラキが、惚れ惚れと像を見つめているもんだから、今度はドギマギしてしまう。
だって、モモがものすごく注文をつけるから、めちゃくちゃ時間かけて作ったんだよ。何の変哲もないお地蔵様的簡易天使像なら一瞬でできたのに!
つまり、オレ……めっちゃ頑張って作ったんだから! その、評価はいかに……?!
続きを紡ごうと開かれた唇に、思わずごくりと唾を飲む。
「そう~? 何が似てるって言えないような、絶妙なさじ加減が見事だよね~! 粗削りではあるんだけど~。だけど、その分こつこつ積み上げるような……そういう人の手を感じる造作だよね~」
ラキがオレに視線をやって、くすっと笑う。
……それって、上手じゃないけど頑張りましたで賞みたいな?
『私が魔法を使えたら、もうちょっと、こう……!!』
モモが悔し気に悶えている。だけどこれからラキが作ってくれたら、モモも大満足するに違いない。
オレも今後、頑張りましたで賞を量産するという辱めにあうこともない。もちろん、拝観者たちも大満足間違いなし!
まさに、三方よしどころではない。素晴らしい適任者がいたものだ。
生命の魔石も、そこそこの大きさで出来上がっているし、ラキに何だか感づかれないよう土魔法で覆ってから渡してある。
『決して悪いようにはしないから……何も聞かずにこれを』
『うん、何も問題はないね~。僕は提供された素材を受け取るだけだから~』
二人してひっそり笑みを交わすと、タクトがものすごく引いていたっけ。
さて。これでもうオレのやるべきことはやったし、あとは、のんびり完成を待つだけの気楽な身。
――そう思っていた時もありました。
「……あの、もういい?」
「僕、まだ作業中だよ~? どうしていいと思ったのかな~?」
ひいぃ……爽やかな笑顔がとっても怖いよ……。
だけど、ラキほとんどオレの方見てないじゃない。
そもそも、どうしてオレが必要なの?! 天使像を作る見本なら、もっとこう、美しい肢体をもつエリーシャ様とかさ! いや、曲がりなりにもお貴族様だから、セデス兄さんの方が良かったかな。
『主ぃ、あの兄さんも貴族だと思うぜ!』
カッコイイポーズを取りつつ、チュー助が口を挟んだ。そう、だったかな……? それを言うと、オレも貴族になってしまいそうな気がするけれど。
さっきからラキの真似をしているアゲハは、一生懸命粘土をこねている。でもそれ多分、壺だよね? チュー助を作るのは飽きちゃったのかな。
ぽつんと設置された椅子に腰かけているオレは、今のところただただじっと座っているだけだ。
あれから執事さんやエリーシャ様へ実演とプレゼンを行った結果、即決で契約を取り付けたらしい。
まあ、そもそもラキに決まっていたしね。
それより契約金とか、ろくに聞きもせずに2つ返事で承諾して良かったんだろうか。
何ならタダでも受けそうな勢いだった。普段オレにはあんなに金を取れって厳しいのに。
でもね、多分……ラキの思惑は想定と違った方に外れる。
後々金額を確認して仰天するラキを想像して、ちょっと笑った。だって、契約金は多いことはあっても、少ないことはないと思うから。
膝から落ちた手が、滑らかな木目を滑っていく。
後ろの窓から差し込む柔らかな日差しが、ぽかぽか温かい。
そっとカーテンが揺れ、ゆるやかに室内の空気がかき混ぜられた。
『ムッムウ~』
窓辺に連れて来たムゥちゃんの、ご機嫌な鼻歌が小さく耳に届く。
温められた室内の匂い。風が外から連れて来た香り。
少々外から戦闘音が響いていたって、些末なこと。
かくん、と姿勢が崩れそうになって、慌てて立て直した。
なんとかまぶたを押し上げてラキを見やると、淡い色の瞳がこちらを向いていた。
「な、なんでもないよ?!」
しゃんと背筋を伸ばすと、苦笑したラキが立ち上がって歩み寄ってくる。
だ、大丈夫、怒っていたらその場から射撃するはず。でも、念のためにシールドは張った方がいいかな。
だらだら冷や汗を垂らすオレの気も知らぬげに、ゆっくり伸ばされた手がオレの頭に触れた。
長い指がするする髪の間を通って、耳の後ろを、首筋を、辿るように撫でていく。
ああ、これはダメだ。
急旋回してたちまち駆け戻って来た睡魔が、すさまじい力でオレのまぶたを引き下ろしにかかっている。
「ふふっ、寝ていいよ~? でも、そこに居てほしいな~」
「え……寝ていいの?」
夢うつつに聞いた声は、多分いいって言ったはず。絶対……そう……。
『すごいわ、許可をもらったら即寝れるのね。OK、支えは任せて!』
モモのシールドが、しっかりとオレの身体を固定した気がする。
「さすがユータだね~。さて、ラピスはいる~?」
「きゅ?」
「あのね、あの時の――」
ラキの声は、遠く遠く、水面の向こうに聞こえて。
そして、ラピスのやたらと張り切った鳴き声が聞こえた気がしたのだった。
「――な、なにごとっ?!」
思わず飛び起きたオレは、ロクサレンの自室であることに安堵して、ぱふっと布団の中に戻った。
「悲鳴が聞こえた気がしたけど。なんだろ……シロがメイドさんの恰好でもしたかな?」
自分の体温で温まった布団が、最高の繭となって身を包む。
窓の外は、星が見えるか見えないか、夜のヴェールがちょうど1枚かけられた頃。
サラサラの布地に頬をすり寄せ、吸い込んだ香りを満足の吐息に変えた。
我が極楽浄土、ここに在り。
至福の時を噛みしめていると、なんだか館が騒がしい気がする。
「すげー! やべえなラキ、これ王様に取られねえ?!」
「王様が天使教の像を持って行きはしないだろうけど、これは凄いねえ!」
タクトのよく通る大声と、澄んで届くセデス兄さんの声。
何の騒ぎだろうな、と他人事のように考えたところで、ハッと目が覚めた。
「そうだ、天使像! どうなったんだろ!」
彫刻と違って、魔法で作る天使像はビックリするくらい出来上がるのが早い。
手慣れたラキなら、ものの1時間くらいで仕上げてしまうんじゃないだろうか。
そういえば、どうしてベッドにいたんだろうと思いつつ、オレは騒ぎの中心へと駆けたのだった。
パンイチタクト像欲しい方がいらして笑っちゃいました(笑)