917 彫像作り
「――だから、またロクサレンに来てねって! ラキの腕前も見てもらわなきゃだし!」
熱心に何かを削りだしていたラキが、その手を止めて振り返った。
「それはもちろん大歓迎だけど~。まず試作見本として見てもらおうってことで、アレを渡したんじゃなかった~?」
不思議そうな顔をするラキと同じく、オレも小首を傾げてから、ハッとした。
「あ! アレ……ね。あの、もう既にサテライト天使像として活躍中っていうか……」
そうだった。村長さんに渡したラキ作ミニ天使像は、元々ポートフォリオ代わりに執事さんたちに見てもらおうって……そのために持って行ったんだった。
「え~?! 試作だよ~? それならもっと細かくこだわりたいんだけど~!」
「じゅ、十分だと思うよ?!」
あれより作り込むつもりだったのか……一体どこを。
ふりふり衣装にツインテールにでもするつもりなんだろうか。それはそれで、エリーシャ様たちが目の色を変えそうではある。
ふりふりツインテール天使像を想像したところで、ふと思いついた。
「ラキってさ、あのくらいのサイズの人物像とか作れるの?」
「う~ん? 実在している人そっくりにっていうこと~? それはできなくはないけど、実在の人だと出来栄えを見る目が厳しくなるからね~。作る難易度は結構上がるね~似てるか似てないかが、はっきりわかるから~」
なるほど……確かに比較対象があると、そういう難しさもあるのか。
「もしかして誰か、作ってほしいの~? それって誰~?」
「え、え、マジで? お前、もしかして……?!」
途端にタクトまで寄って来て、その勢いに小首を傾げた。
「誰ってことないけど、オレの国ではこういうフィギュ……小型像が人気だったから。そうだ、カロルス様とかすっごい人気になりそうだよね!」
「なんだ~そういうこと~?」
「ああ……カロルス様かよ」
誰だと思ったの?! どうしてがっかりされないといけないのか。
「精霊様をイメージした小型像なんかはあるけど、そういえば一般人の小型像ってないね~」
「王様とか勇者とか、そういうのもでっかい像だもんな!」
確かに……。精霊様の小型像も、オレの想像するものとちょっと違うんだよね。なんというか、レリーフっぽいんだもの。ラキ製のサテライト天使像も、例に漏れず背景付きだった。多分、その方が神々しさとか、物語的なものが表現できるからだろうな。
「前に馬車で見せてくれた動物みたいにさ、人間をそのままちっちゃくして作れない?」
「ああ、護衛の時の退屈しのぎ~?」
そう、ナターシャ様の護衛道中で披露してくれた、ラキの即席彫像作り。
ちょっと顎に手を当てたラキは、引き出しから素材を取り出して集中を始めた。
「う~ん、人間って二本足だからバランスが難しいね~。どんな姿勢かによって、ものすごく難易度が変わるよ~」
難しい顔で口を閉じ、スッと細めた目からピリピリするほどの集中を感じる。
こういう時のラキは、本当に『強そう』だ。
これだけ戦闘をこなせるようになっても、それでもラキの最も得意とする戦場は、加工の場なんだろうな。そして、その戦場においては、きっとカロルス様クラスの戦闘狂だ。
ほどなくして、強い光を放っていた眼光が、表情が、一気に緩んだ。
うん、ラキはやっぱりこうだよね。普段の見た目だけは、のほほんとしている。
「ちゃんと作るなら、ここから細部を整えていくって感じかな~」
ふう、と息を吐いて差し出した手の上には、くたりと体を投げ出してうつ伏せる小さな人。
「わあ! すごい! これだけでリアルってのが伝わる!」
決して作り込まれていない、大胆に形を捉えただけのもの。
だけど、伝わってくる……荒い息遣いや体温まで。こ、これが……芸術というもの?!
感動するオレの隣から、割り込むようにタクトも覗き込む。
「おー! すげえ、目も作られてねえのに生きてるみたいな……っつうか、これ俺じゃねえ?! なんでこんなシーン作んだよ!!」
「当たり~! 特訓で瀕死になってるタクトだね~」
本当、まさに! って感じだ。この力尽きた四肢、息も絶え絶えな様子! 早く回復魔法かけなきゃっていう焦燥感まで感じるんだもの。
「なんでだよ! もっとカッコイイの作れよ?! しかもなんでパンツ一丁なんだよ!」
「だってポーズ的に簡単だし~? あと服作るのってめちゃくちゃ面倒だからね~?! ちゃんとパンツは穿かせてあげたじゃない~。作ってあげたし、感謝してよね~」
「パンイチで瀕死の像に誰が感謝するか!」
タクトは憤慨しているけれど、出来としては素晴らしいと思う。
「いやいや、これはこれで芸術だと思うよ、多分!」
「じゃーお前の机に飾れよ!」
「えっ?! 嫌だけど!」
何が悲しくて、パンイチ瀕死像を毎日眺めなくてはいけないのか。
「ダメダメ、飾るならもっときちんと作り込むよ~! 今度瀕死になった時は、回復の前に呼んでね~」
「瀕死像を作るなっつうの!」
……まあ、それは確かに?
だけどタクトって案外人気あるから、これも欲しい人がいるかもね。
『そうね。瀕死のタクトって、あなたたち以外見たことないもの。これはこれで需要は高そうな……』
そ、そう? だけど、瀕死の像を欲しがる人には渡したくないような気がする。
『主ぃ、俺様の像を作って! いっぱい作って売ればあっと言う間に金持ち間違いなしだぜ!』
「ええ……それって、ただのネズミ像になるんだけど?!」
売れるわけないと思う。アゲハなら人気になるかもしれないけど。
ついうっかり口を滑らせ、チュー助が影をしょって隅っこへ行ってしまった。
「ねえ、オレとかラキの像も作れるの?」
「こんな風には作れるけど、自分の像は作りたくないな~。ユータのは、作ったら争奪戦がおきそうだし~」
「なんで俺は作ったんだよ」
タクトのじっとりした視線を華麗に躱し、ラキは肩を竦めて苦笑した。
「争奪戦……? ああ、エリーシャ様たちはそうかも」
一体どんな扱いをされるのか……何となく、渡したくない気がする。
「ふふ、当然それだけじゃすまないけど~、彫像と言えども好き勝手されるのは気に食わないから、作らないかな~」
「なんで俺は作ったんだよ!!」
そうか、そう考えるとカロルス様たちのフィギュ……彫像だって渡したくない気がしてきた。
新たな事業になるかと思ったけれど、やっぱりやめだ。
「じゃあ精霊様とか、きっといっぱい彫像があるよね。なんだか、大変なんだな……」
もしマリーさんの家に鎮座していたら、毎日ドレスアップされているかもしれない。
シャラは、どうなのかな。きっと、たくさんレリーフや彫像があるだろう。
そう考えてみて、くすっと笑った。
うん、シャラってそんなこと微塵も気にしない感じがする。そういうところが、上級精霊たる所以なのかもしれない。
神獣たちだって――ええと、大体は気にしないおおらかさが備わっているし。
『全然備わってない神獣もいるわねえ』
ふよん、と揺れたモモに苦笑する。
怒りそうだなあ……むしろ、彫像があること自体嫌がりそう。
黒くて大きな猫さんと、水の次代あたりは。
そうだ、ラキみたいに上手にはできないけれど、獣型のルーならオレでもなんとなく形にできるかもしれない。
あの湖に祭壇を作ってみようか。
鼻づらにしわを寄せて怒る様がありありと浮かんで、オレは思わず吹き出したのだった。
ラキ「ほら、もっと作り込んでみたよ~」
ユータ「本当だ! すごい!」
タクト「違うだろ?! 俺が昨日履いてたパンツとかどうでもいいんだよ! 服を! 着せろ!!」
天使像の話はどこ行ったんでしょうね……