916 癒やしを得る方法
癒やし……やはり癒やしは必要だ。
ほくほくする心が、真ん中から体を温めているみたい。
催促につられ、オレはまた一つクッキーをつまんで、差し出した。
――そう、今日は生命の魔石生成に精を出して――と言っても1つ2つが関の山なわけで。
それでもしっかり疲れる心身を癒やそうと、そのまま湖のほとりでルーを撫でまわしていた。
だけどさすがに昨日の今日だからか、妙に落ち着きなくてあんまり撫でさせてくれなくて。
昨日はあんなに距離が近かったのに……。
もしかして、オレが寝たふりすればいいんじゃない? と思った時もありました。
「確かに、疲れは取れたんだけども……」
当たり前だよね、魔石生成で疲れてるんだからぐっすりだよ。その間にルーが何をしてようが、気付くわけないよ。多分、足の一本くらい食べられていても分からないよ。
「ねえルー、じゃあまた踊ろうよ!」
「うるせー! 起きたなら帰れ!」
満面の笑みで誘ったのに、まったく取り付く島もない。
そんなこんなで渋々ロクサレンまで戻って来たオレは、しっかりお昼寝もしちゃったし、みんなのブラッシングもすませてゴロゴロしていた。
だって、もう一仕事終えたんだもの。ブラッシングしたてのシロの毛並みは最高だし。
こんな日もいいと思っていたのだけど。
『ねえゆーた、ぼくお散歩行って来てもいい?』
「えー……いいよ」
しばらくオレに付き合ってくれていたシロだけど、ウズウズが限界に来たらしい。
もはや窓から飛び出して行ったシロを見送り、じゃあチャトに大きくなってもらって……と思ったら、当のチャトはどこかへ飛んで行ってしまった。
「オレの癒やしが……」
蘇芳は綺麗にした毛並みをさらに熱心に整えているし、ラピス部隊はいつの間にかいなくなっている。
チュー助はアゲハに寝かしつけられているし。
「ううっ、モモにティア~いつも一緒にいてくれてありがとう~~!」
手の平サイズの二人へ交互に頬をすり寄せた。どういうわけか、『しょうがないなあ』みたいな雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
「モモとティアも、もう少し大きくなるかな? そしたら顔を埋められるのになあ」
最高には違いないんだけど、ほっぺでしか味わえない感触が物足りない。
『私が巨大スライムになったら、最高だと思うわよ』
「確かに……!!」
ふわふわのウォーターベッドみたいな感じだろうか。フラッフィースライムって大きくならないのかな……?! ティアもルーぐらい大きくなったら……あのふわっふわの羽毛に飛び込めるということで……!!
「大本は世界樹なんだから、ティアだって大きくなるかもしれないよね?!」
「ピッ……」
どうしてかな、ティアから苦笑の気配を感じる。
だけどそんなことを考えていたら、いてもたってもいられなくなってきた。
大きな生き物! 大きな生き物をぎゅうっとしたい!!
「もはや魔物でもいい! ふわふわでやわらかな魔物とか……!!」
『仕留めて頬ずりでもする気?』
……それは、さすがに。
サイコパスな光景にちょっと冷静になって考えた。
この切望は、Win―Winじゃないと成り立たない。相手が嫌がっているとダメなわけで。
ハッといいことを思いついたオレは、さっそく部屋を飛び出して行ったのだった。
差し出したクッキーが、大きな口でオレの指ごと持って行かれそうになる。
「ふふっ! でも、食べすぎたらダメだよね」
くすくす笑って後ろに回ると、ブラシを通していないだろう毛並みを手に取った。
「ブラッシングもしてあげるよ!」
そっと、そっと絡んだ毛先からほぐすように。強い刺激を伝えないよう、毛束を支えるように。
整えた毛並みが綺麗に光を反射してきた頃、満を持してその首筋へ顔を埋めた。
ぎゅうっと大きな体を抱きしめて、大きく深呼吸する。
一瞬ピクッとしたしなやかな体が、諦めたように力を抜いた。
「……それ、本当に癒やしになってんのか?」
ちら、とオレを振り返るブルーの瞳に、満面の笑みで返した。
「もちろん! すっごく癒やされてる!」
「そう、か……。まあ、俺の癒やしではあるけどよ」
ぐいっと片手でオレを掴んだカロルス様が、無造作にオレを自分の前へ引っ張り込む。
硬い両腕がオレをがっちり囲い込み、その背中まで丸めてしまえば、まるで捕食されているみたいだ。
だけど、あったかい。何も怖くない。
大きな生き物に包み込まれる心地よさに、うっとり目を閉じすり寄った。
うなじあたりに寄せられた高い鼻が、ほんのり冷たい。
深呼吸に伴ってカロルス様の体が膨らんで、圧迫感が増した。
これ、オレがやった仕返しだろうか。
「んー、お前相手なら癒やされるぞ。何つうか、子どもの匂いってのは、そういう効果がある気がするからな」
「そんなの、赤ちゃんだけじゃない?! 今日はお菓子作ってないし、いい匂いしないよ!」
少々憤慨して身じろぎした。赤ちゃんって、なんだかクセになる匂いがするよね。かぶりつきたくなるような、優しい香り。
オレはもうそんな時期を通り過ぎているから。
さすがに、臭くはないと思うけど……あ、でもルーの匂いはするかも。
「そうでもねえよ」
すんすん、とわざとらしく鳴らす鼻が首筋をくすぐって、思わず身を捩って笑った。
「もう! とにかくオレはカロルス様で癒やされることにしたから、大人しくお仕事していて!」
ぐいっと厚い胸を押して体を離すと、目の前の美丈夫が不服そうな顔をする。
「……なら、餌付けはどうした?」
あ、と口を開けた間抜けなはずの顔すら、妙な色気が漂うのは納得いかない。
わざと大きなパウンドケーキをねじ込んでやったのに、本人は至極満足そうに頬張って机に向かった。
本当に大きな獣みたいで、くすりと笑みが浮かぶ。
「いいこ、いいこ。頑張ろうね」
伸びあがって撫でると、大きな獣がふっと笑った。
「頑張ったら、『ご褒美』があるんだろ?」
カロルス様、割といっぱいおやつ食べてるけど、まだ食べるんだろうか。
「うーん、でも夕食が入らなく――」
「なると思うか?」
思いません。いやもう、まったく。
だけど、食事前にあんまりおやつを食べるのもどうだろう。
おやつ以外のご褒美……散歩、はシロくらいだし。
「じゃあ……ブラッシング?」
「悪くねえけどな……そんなにブラッシングする所はねえよ」
それはそう。あんまりやってハゲても悪いし。
「そしたら、いっぱい撫で撫でしてあげる!」
「ん? それはお前の癒やしって言ってなかったか?」
オレは、開き直って胸を張った。
「あと、ぎゅってしながら一緒に寝てあげる!」
「それは、誰の『ご褒美』なんだ?」
含み笑いするカロルス様に、にっこり笑みを浮かべる。
「もちろん、オレ!!」
そして、腕の回りきらない硬い腹に腕を回した。
「だけど、カロルス様の『ご褒美』にだってなるんだから、いいでしょう?」
自信満々に見上げてみせれば、虚を突かれたようにちょっとブルーの瞳を瞬かせて、そして吹き出した。
「お前、言うじゃねえか。ああ、確かに俺の褒美だな」
この大きな獣は、たっぷりの毛並みの代わりに、この腕があるからいいな。
ぎゅっとしてもらうのは、好きだな。
痛いほどのハグをもらいながら、オレは満ち足りて深呼吸したのだった。
ユータ、大きい獣だと思えば存分に甘えられるね(笑)
プレゼント企画、やりますよ~!
Twitter(X)の方でクリスマス&18巻発売記念プレ企画やります!