表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

929/1029

914 条件

預けた背中がぬくぬく暖かい。

無意識に撫でさすっている手は、うっとりするほどの心地よさ。

「――それで、なんだか……複雑だなあって」

貴族のイザコザから呪詛騒ぎにまでなってしまって、さらに大事な生命の魔石も使ってしまったから、オレは癒やしと魔石再生成のためにここへやってきている。

「複雑なことなんてねー。単に、恨みを買って襲われただけだ」

退屈そうにしっぽを揺らしていたルーは、フンと鼻を鳴らした。


「そうじゃなくて! 気持ちが、だよ!」

意識が戻ったマウーロの領主さんは、元気になった奥さんを見て、それから――拍子抜けるぐらい簡単に経緯を話してくれた。

「ロクサレンに害をなそうとしたのは、もちろん許せないんだけど。だけど……」

最初は、些細な効果の呪詛のはずだった。

相手の領地から、生命の魔素を少しばかりこちらへ横流しするような。

そのくらい、もらっても許されるはずだと。

少しくらい、苦労すればいいと。

妬みと、自分勝手な考えで。


『まあ、相手が悪かったわねえ……』

頭の上で跳ねるモモに苦笑した。

そうだね。カロルス様を媒体にしようとしたのが、全ての敗因だね。

『だけど主ぃ、フツー無理だって!』

うん、普通無理。だけどカロルス様ならやっちゃうわけで。

どうやったのか分からないけれど、とにかく呪詛は()()()()

オレは知らなかったのだけど、呪詛というものは返されると、ものすごく危険なのだとか。

呪詛返しにより変質し、膨れ上がった呪詛が、あの結果らしい。


同情の余地は、ないはずなんだけど。

だけど、横流しした生命の魔素を受け入れる先が夫人だったから。

だから、複雑な気持ちになっちゃうのかな。

身体の弱い夫人を、なんとかしたかった。

悪事の中にも、その気持ちが見えてしまうから。

「だからといって……ねえ」

大きく息を吐いて、ルーの毛並みに顔を埋めた。

悪人っていうのは、悪いことしか考えていなかったらいいのに。

そうしたら、そうしたら――

「……それはそれで、どうなんだろ」

罪悪感なく裁ける? うん、それはそれで、どうなんだろ。


『一件落着なんだから、それでいいんだぜ!』

『そうなんらぜ!』

このときばかりは、スッキリした顔のチュー助が羨ましい。

「まだ一件落着じゃないよ? 調査中だからね!」

嫌がらせにも等しかった呪詛。呪詛返しで、変質した呪詛。

だけど、どの時点で『災厄』になっていたのかは分からない。

だってもう一人、多分事態をややこしくした人物がいるらしいから。

夫人を生き長らえさせ、呪詛を他へ移せる形にした者がいるから。


今分かっているのは、そこまで。

その人物については、マウーロの領主はよく知らないそうで、こっちは主催者側を尋問する必要があるみたい。

「『邪の魔素』にたくさん触れていたせいかな……なんだか、気が滅入るね」

くたっと獣に身体を預け、全身でその命を感じる。

大きくて、温かくて、優しくて、強くて、胸の痛くなるような、その気配。

「はあ……癒やされる。ルー大好きだよ」

ちら、と金の視線がこちらを見て面倒くさそうな顔をする。

どうしてルーは、好きって言ったらそんな顔をするの! 本当、失礼極まりない。

好きを返せと無理強いしているわけでもなし……と唇を尖らせたところで、いいアイディアが浮かんだ。

そのためには――


「ねえルー、ヒト型になって! パーティで美味しそうなのがあったから、試作してみたんだ。ワインと一緒に……食べてみたいでしょう?」

正しくはパーティで見た料理のアレンジだけど。

見た目は椎茸の肉詰めみたいな感じかな? 

マッシュルーム風のきのこにガーリックオイルで炒めたナッツと香り高いチーズを詰め、焼き上げた自信作。きっとワインに合うと思うんだ!

さっと炙って香りを立たせると、ごくりとルーの喉が鳴った。

すぐさま変化した美しい青年の姿に、にんまり笑う。

第一段階、クリアだ。


「寄越せ」

舌なめずりしそうな様子に、慌てて皿を後ろへ隠し、ここぞとばかりに金の瞳を見上げた。

「じゃあ、条件をクリアできたらね? 簡単だから! 何も難しいこと言わないから!」

途端に眉間どころか鼻面にまでシワを寄せたルーに慌て、急いで取り繕う。

「しかも、ルーが選べるよ! 好きなのを選んで!」

ひとまず、不貞腐れつつも先を促す視線に安堵した。

「3択だよ? ①オレに大好きって言う ②にっこり素敵な笑顔になる――」

「やらねー!」

まだ全部言ってないのに! オレはまあ待て、と両手を広げて続けた。

「ちゃんと聞いてから! ②にっこり素敵な笑顔になる ③オレの習得したダンスを見る――」

「③」

即答したルーに、してやったりとほくそ笑む。第二段階、クリア。

「分かった、③でいいんだよね?」

二言はないなと確認し、ぐいっと手を引いた。


「ルー、立って!」

なぜ? と言わんばかりの背中を叩き、手を引き、まとわりついて立ち上がらせると、これでもう第三段階クリア。

「さあ、手を出して。ね、オレのダンスを見るんでしょう? 一人じゃ踊れないからね」

ふふっと笑うと、勝手にルーの手をオレの身体に添えた。

「てめー……!」

騙したな、と言いたげな瞳に、満面の笑みを向ける。オレの世界よりも、この世界でのダンスならハードルが随分低いはず。だってみんな、嗜みとして習うもの。

「当たり前のダンスをするだけだよ? それにオレ、他の選択肢でもいいよ?」

「…………」

苦虫をかみつぶしたような顔を見上げ、くすっと笑った。これからダンスしようっていうのに、そんな顔しなくてもいいじゃない。


察したティアがさえずり始め、しんと静かな森にリズムが生まれた。

「あのね、オレ女性パートを教えられたんだよ?! ルーはダンスできる? オレ、教えてあげるよ!」

あれだけ練習したんだもの、相手側の大体の振り付けも分かるよ。

だけど、得意満面でそう言ったオレに、ルーは鼻で笑った。

「できないとは言ってねー」

オレが添えさせていた手が、意思を持った。

スッと踏み出された足につられるように、オレの身体も動く。

「あれ……? ルー、ダンスできるの?!」

驚いて見上げた瞳が、小馬鹿にするように細められた。

支えられた身体が、まるで操作されるように滑らかに動く。

ごく最小限の動きで、ちょっぴり気怠そうに。

だけど、ルー……上手じゃない? セデス兄さんより上手な気がする。


「ルー、こんなこともできるんだね……! 上手! なんだかすっごく気持ちよく身体が動く……!」

「うるせー。てめーが下手なだけだ」

「いっぱい練習したんだけど?!」

くるり、と回転する身体が、なめらかに次の動作へと誘導される。

ルーからオレに触れることってないから、すごく、すごく新鮮。

「楽しいね……!!」

上がりっぱなしの口角で見上げた顔は、やっぱりへの字口だったけれど。

そして、1曲どころか1分にも満たないわずかな時間でその手が離れて行っても。

だけど、その見た目ほどは機嫌を損ねていないと分かるから。

「え?! もう終わり?!」

「十分だ」

思い切り不満を訴える顔も、緩んでしまう。


「……次は、1曲踊るっていう条件にしようかな」

「もうやらねー」

渋々取り出したワインとお料理に、今度は分かりやすく上機嫌になったルーに苦笑した。

もうちょっと、オレ相手の時も分かりやすく喜んでくれていいと思うんだけど。

お料理に負けたオレは、少々不貞腐れて、硬いあぐらを枕に寝転がった。

「……邪魔だ」

「だってルー、食べ終わったら寝るでしょう。オレ、ルーのふわふわの中で寝たいもの」

「それとこれと何の関係がある」

「関係あるよ、オレもう寝そうだもの」

どうせすぐ獣に戻るんだから。地べたに放置されて、一人寝ているのは嫌だもの。

じっとりした金の瞳を見上げ、くすくす笑って目を閉じた。

次に目を開ける時は、きっと漆黒のふわふわの中だ。



――感触の変化した枕に気付いて、まどろんでいた意識が浮上した。

極上の手触りが全身を包んで、これ以上ないくらい何かが満たされていく。

目を閉じていると、ごうごう重低音が響いてくすぐったいくらい。

なんとなく、機嫌が良さそうだな、と思う。

さっきから何かを確かめるように、ふわふわしたしっぽがオレの頬を掠めていく。

珍しいな、しっぽとはいえ、こんな風に触れるのは。

だって、大体はバシッと叩くだけだもの。

通り過ぎていくたび、徐々に近くなるしっぽは、既にオレの頬をなぞるよう。


ルー、オレが寝てると思ってるのかな?

確かにこのままだと寝てしまいそう。だけど、まだ起きてるよ。

ふわ、と触れたしっぽが、絡みつくようにオレの頭から順に形を確かめて滑っていく。

耳を、首筋を、通り抜けた滑らかな毛並みが、ぞくりとするほど心地良い。

浮かぶ笑みを堪えて、オレは寝たふりを続けた。

これは、今目を開けちゃいけないやつだなあ。

だってきっと、ルーはそっぽを向いて口をきいてくれなくなる。

大丈夫、オレ、寝てるよ。

気持ちいいでしょう? オレのほっぺは大人気だから。

髪だって、ルーには負けるけれど、みんな触りたがるから良い毛並みなんだと思うよ。

大丈夫、普段はオレがいっぱい触ってるからね、ルーもどうぞ。


ふいに、ごうごういう音が近くなって、圧迫感と共に何かに挟み込まれた。

思わず開けた視界いっぱいの、漆黒の毛並み、三角の耳。

慌ててまぶたを閉じて、上がった心拍数がバレないようにゆっくり呼吸する。

……チャトみたいだね。

ルーも、こんな風にすり寄ることがあるんだ。

できれば、起きている時にしてほしいんだけど。

時間にすればほんの一瞬の圧迫感。大きな頭はすぐに離れて前足の間に顎を落ち着けた。

うっすらまぶたを開けた視界の中で、満足そうに目を閉じる獣が見える。

満面の笑みを浮かべたオレも、誘われるままに、ぬくもりの中へ意識を落としていく。

耳には、身体には、ごうごう鳴る重低音がいつまでも響いていた。

長くなっちゃった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強かわいい表紙を携え、もふしら書籍版19巻、8月10日発売! かわいいイラスト付きの相性診断や、帯のQRコードでキャラ投票に参加できますよ! そして今回の書き下ろし120ページ以上!!ほぼ半分書き下ろしです!
今回も最高~のイラストですよ!!

ツギクルバナー
小説家になろうSNSシェアツール
小説家になろう 勝手にランキング
ランキングバナー https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
― 新着の感想 ―
 呪詛を一度でも吐くとタガが外れた様に次からは簡単に吐けるから止まらなくなって止めれなくなって自身の精神を冒していくのが”人を呪わば穴二つ”何だと思ってる、つまりユータのポンコツは妥協し続けた結果であ…
呪詛は、いつか返りの風が吹いて自分に返ってくるから結局不幸になるんだよね。マウーロの領主さんはユータに感謝しないと。それにしてもさすがカロルス様(^_^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ