表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

927/1030

912 制したのは

無造作に置かれた箱の影から、そっと顔を覗かせる。

冷たい土壁がむき出しの地下室で、わずかな明かりが、囚われの王子様を闇に浮かび上がらせている。

怪我をした様子もなく、無事なセデス兄さんを視界に入れて安堵した瞬間、こちらを向いたエメラルドの瞳とばっちり目が合った。

苦笑して逸らされた視線に、ちょっと肩をすくめる。

気配、消したつもりだったのに……バレバレじゃない。

少々、慌てすぎたらしい。

深呼吸して気合を入れなおすと、セデス兄さんからほど近い場所にもう一人。

しばらく様子を窺ってみたけれど、彼はオレたちにほとんど背を向ける形で動かない。


「あれってマウーロの領主だよね。今、どういう状況なんだろ?」

薄明りの中、この空間にはオレとセデス兄さんとマウーロ領主しかいない。

――あの人は、ずっとああしてご本を読んでるの。もう一人は、誰かを探しに行ったの。

「誰かって――あ」

もう一人って、きっと主催者さんだよね? 

もしかしなくても、探しているのって……オレでしょうか。

そ、そうなると……子どもたちに迷惑がかかってしまうかも!

もう一度、セデス兄さんを見た。

儚げに目を閉じ、簡素なソファに力なく体を預ける様は、いかにも憔悴しているようで。

だけど――寝てるよね。多分。

ほら、今ちょっとカクッてなった。


大丈夫、だよね? 

きっちり両手は縛られているけど、剣もないけど……大丈夫だよね?

『スオー、何ひとつ大丈夫じゃないと思う』

『大丈夫、とは』

チャトは鼻を鳴らして小馬鹿にするけれど、感じるじゃない? こう……大丈夫のオーラを!

だから、きっと大丈夫。

「……せっかく着替えたのに!」

オレは再び目立つユータリア衣装にチェンジして、村へ転移したのだった。


*****


カツカツ蹄鉄の音を響かせて、わずかな月明りに二つの影が並ぶ。

「小心者めが……こういう時ばかり用心深くなりおって。こんな暗がりで、ガキ一人が見つかるわけがない」

ブツブツ零す主催者の男は、探す気があるようには見えない。

「兵を出すよう進言いたしますか?」

代わりのように周囲を見回していた男が、主へ視線をやった。

「いらんよ。あのガキがいようがいまいが、私に関係ない。一回りして戻れば良かろう。明るくなれば勝手に出て――うん?」

静かな闇の中、不自然な物音に首を巡らせた。

「あっ……」

微かに聞こえた、幼い声。そして、翻ったスカートの裾。


「なっ、いたぞ!」

宵闇によく目立つ、光を拾う髪と、衣装。

あっちの物影、こちらの角……思いのほか素早く逃げる幼女の幻影を追って、二人は注意深く路地を走った。

「ちっ……どこへ行った?!」

奔走の末、二人は既に館の前まで戻って来ている。

見失った互いが顔を見合わせた時、ガシャンと大きな音がした。

「あそこだ!」

なんと、幼女が領主館の門にぶら下がっているではないか。

残念ながら、門番はいない。今の村の状況では、必要も余裕もないために。

向こうも見つかったことに気付いたらしい。小さな体で大きな門を越えると、そのまま門の内側へ落ちた。

あの門を、ドレスを着た幼女がどうやって登ったのだろうか……。


「りょうしゅさまに、報告するから!」

何とも勝気な捨て台詞に、呆気に取られていた二人がにまりと口角を上げた。

「まさに『愚者は陰に怯えて竜の巣に入る』だな」

「この場合は、我らにとって賢者ですな。手間が随分省けました」

素早く門を越えた二人は、必死に正面扉を叩く幼女へ、悠々と歩み寄っていく。

振り返った彼女は、もはや逃げることもできず、キッと彼らを見上げた。

「お嬢さん、領主に会いたいのかい?」

「うん、悪いことをしてるって言うからね!」

「おやおや、それなら連れて行ってあげよう」


一瞬、幼女の口元が笑みをかたどった気がして、伸ばした手が止まる。

なぜ、今笑った?

不自然に下を向いた幼女を、傍らの部下が乱暴に掴んで扉の鍵を開ける。

「さあ、入るんだ。領主のところへ行くんだろう?」

頷いて大人しく従う様子は、悪意を知らないただの馬鹿な子どもでしかない。

訝し気に見下ろしていた貴族の男は首を振って、そのまま連れていくよう命じた。

呼吸ひとつ乱していない違和感に、とうとう気付くことなく。


「ふむ、ちょうど頃合いのようだ」

地下には、魔道具でも抑えきれない圧迫感が漂っている。

隠し通路を抜けた先の部屋は、一変していた。

「え……何これ?!」

幼子から、小さな呟きが聞こえる。

詠唱を読み終えたマウーロ領主が、疲労の滲む顔でこちらへ視線を寄越した。

そして、目を見開く幼女を視界に収め、喜色を浮かべる。

「セデス兄さん?!」

「ユータ……リア!」

駆け寄ろうとしたユータが、セデスの制止するような声にハッと足を止めた。


「ようこそ、お嬢さん。お兄さんが頑固で、困っていたんだよ」

下手な仮面を貼り付け歩み寄る領主を、ユータが睨み上げた。

「ねえ、セデス兄さんに何をしてるの?! これ何?!」

思いのほか強い瞳に気圧されつつ、彼は言葉を続ける。

「魔法の契約だからね、ああして光るのだよ。何も痛いことはない、綺麗だろう?」

彼らの周囲一帯、床も、天井も、壁さえも。

浮かび上がった複雑な文様が光を帯びて明滅している。

マウーロ領主の笑みに、貴族の男は皮肉気に肩を竦めた。かの男にとっては随分と美しい光景に見えるだろう。自分たちを苦しめていたものから、ようやく解放されるのだから。


「移行準備は滞りなく?」

「ああ、媒体を入れ替えるだけだ」

簡潔に応え、マウーロ領主はユータの肩に手を置き、セデスの方へ向けた。

「ほら、セデス殿もあまり頑ななことを言わない方がいい。彼女までお越しいただくことになってしまった」

「彼女は、関係ないよね?」

両手に加え足まで縛られたセデスは、不自由な身体を必死に起こしてユータを見つめた。

「我らになくても、君にはあるだろう。私とて、こんな美しいお嬢さんに手荒なことはしたくない」

ぐ、と小さな両肩に置かれた手に力が籠もる。

「お嬢さんからも言ってくれるかな? お兄さんが書類にサインするなら、縄も解いてやれるし、彼も君も怖い思いをすることはない」


「……嘘だよね? だって僕、君たちの顔を見ているからね。サインはしないよ? それに、その子は養子だよ、ウチの全てをその子と引き換えにすると思う?」

怪しく笑ったセデスは、全てを拒否するとでも言うように目を閉じた。

「この薄情者が……! ならば、こいつがどうなってもいいと?! 『天使の守護する地』が、聞いてあきれる!」

憤るマウーロ領主が、どうしてくれようかとユータを見下ろしたところで、貴族の男が割って入った。

「ここで時間を食って、場を破綻させるわけにはいかないだろう。それに、確かにロクサレンの系譜にこのような女児はいなかった。予定通り、移行を」


腹立たし気に貴族の男とセデスを睨みつけた領主は、気を取り直したようにセデスへ手を伸ばした。

気配に気づいて身じろぎした動作とは反対に、髪がその手に触れる。

「!!」

素早く握った髪を引かれ、マウーロ領主の手中には、無造作に引き抜かれた髪が残った。

「……いいだろう。これは、君が望んだ結果。私は……君が、サインさえすればよかったのに」

ぽつり、呟いた言葉が、今までと違った響きを持って零れ落ちた。

訝しむ緑の瞳が領主を見上げ、領主は微かに笑った。

「君、本当は馬鹿じゃないだろう。感づいているんじゃないか? なぜむざむざその身にこの呪いを受けようとする? ロクサレンにとっても、金が1人息子より価値があるとは思わんが」

「カスパール殿?! 何を……早く、魔法を完結させよ!」


貴族の男が声を荒げ、彼は鷹揚に頷いた。

「ああ、そうしよう。いいか、この髪を媒体とすれば、この領地を覆う呪いも、私の妻を蝕む病も。それら全て君が、ロクサレンが背負うことになる」

マウーロ領主は、セデスをまっすぐ見て言った。

「サインすることだ。そうすれば――こうしよう」

セデスの髪を右手に。そして……左の手で己の髪を掴み、引き抜いた。

「さあ、どうするね? 契約書はほら、君の前にある」

ゆっくりと部屋の奥まで歩んだ領主は、文様の集中する壁面前で振り返った。


「何を言う?! それでは話が違うではないか! 一体何を考えて――」

貴族の男が憤怒の形相で詰め寄ろうとした時、思いもよらない声が響いた。

「あな、た……?」

「り、リアーネ?!」

怪しい光の満ちる地下室の入り口に、今にも倒れ伏しそうな麗人が佇んでいる。

時折視界を掠めるのは、光の蝶だろうか。

「まさか、まさか、こんな……ぐっ?!」

駆け寄ろうとした領主が、思い切り突き飛ばされて転がった。

悲鳴を上げる領主夫人と、奥の土壁へ走る男。

その手に握られたのは、間違いなくセデスの髪。


壁面のくぼみへ手を伸ばした男が、勝利の笑みを浮かべた瞬間。

その手を弾くように飛来した、何か。

途端、部屋中の光が増し――そして、明滅が止まった。

「よしっ! ホールインワン!」

思わず振り返った男の視線の先には、投擲の姿勢からガッツポーズをとった幼女の姿。

そして、壁面には、まるで最初からそこにあったかのように髪飾りが設置されていた。


『どっちかと言うと、ストライクじゃないかしら?』

呟いたモモは、我ながらどうでもいいな、と思ったのだった。

あっと言う間に!もう18巻発売日ですね!!


発売日は12月7日ですよ!!

表紙良すぎやしませんかね……口絵のあの二人も(´;ω;`)


いつも通り書下ろしたっぷりです! そして特典SSはラキ好き必読~!!

どうぞよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強かわいい表紙を携え、もふしら書籍版19巻、8月10日発売! かわいいイラスト付きの相性診断や、帯のQRコードでキャラ投票に参加できますよ! そして今回の書き下ろし120ページ以上!!ほぼ半分書き下ろしです!
今回も最高~のイラストですよ!!

ツギクルバナー
小説家になろうSNSシェアツール
小説家になろう 勝手にランキング
ランキングバナー https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
― 新着の感想 ―
何時に無くドキドキする展開に引き込まれ、途中、これは「もふしら」なのか?と思いましたが、最後はやっぱり「もふしら」だった(^_^) 次回が楽しみです!
ラキ好きなんで特典SS楽しみです(^^)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ