909 王子様の誘拐事情
「さて……どうしようかな」
いつまでも地下室にいては心配をかけるだろうと、村の外へ転移したはいいものの。
「結局、外から分かる情報って他にあるかなあ。セデス兄さんは館だし、全ての鍵はあの館の中ってことにならない?」
『だから救出作戦をたてて、侵入する方法を考える必要があるんだぜ!』
何も具体的なことを言わないチュー助が、偉そうに腕組みしてふんぞり返っている。
「そんなの考えなくても、セデス兄さんの近くに転移すればよくない?」
『そんなことしたら、格好良さ激減でしょぉ!!』
……しまったなあ。モモがいないもんで、作戦をたてようにもろくなアイディアが出ない。
『スライムの意見に頼るな』
『スオー、人間が作戦をたてるべきと思う』
ツッコミだけ! 張り切ってしなくてよろしい!!
「そ、そうだ! ラピス、モモたちの様子はどう?」
オレってきっとセデス兄さんへの脅し要員だと思うんだけど、きっと行方不明だとかセデス兄さんには伝わってないだろう。きっと、いかにも手の内にいるように話しているはず。
きゅっと鳴いて消えたラピスを見送り、眠気覚ましに明日の朝ご飯でも作ろうかとキッチンを立ち上げた。
「セデス兄さん、朝ごはん食べられるかな? まだ縛られてたらスープとか難しいよね」
こういう場合はシンプルにホットドッグ的なものの方がいいかな。小さいおにぎりもいいね。ひとくちで口の中に隠せれば、見張りがいても食べやすいだろう。
脳裏に『誘拐時に! 縛られても食べやすい朝食アイディア〇選!』なんてタイトルと品目が列挙され、思わずくすくす笑ってしまう。
『俺様、笑うところじゃないと思うんだぜ……』
……そうだけども。チュー助に言われると腑に落ちない。
そうこうしているところへ、ぽんっとラピスが戻って来た。
――聞いてきたの! 地下室、結構広いの!
そ、そう……。まずはセデス兄さんとモモの無事を聞きたいところだけど、まあいい。
オレは朝食を作りながら、要領を得ないラピスの話に耳を傾けたのだった。
*****
「――セデス殿、実は折り入ってご相談が……」
……来た。
浮かびそうになる笑みを隠して、振り返ったセデスは気遣わしげな顔で彼を見やった。
「これは、カスパール殿。私などでよろしければ、伺いましょう」
パーティ会場を離れ、ユータとも離れた絶好のタイミング。
「感謝いたします。では、別室を設けておりますので、ぜひ」
想定外は、この対応。もっとスムーズにかっ攫ってくれれば話が早かったものを。道中武力で攫おうとした割に、今回は責める余地のないごく普通のお誘いだ。
となれば、一応気にしておかなくては不自然だろう。
「私のお……パートナーが席を外しておりまして。ご用件がすぐにすむようでしたら構いませんが」
「失敬、そうでしたな。お嬢様はどちらへ? ああ、手洗いなら途中で寄りましょう」
内心舌打ちしつつ、助かります、と微笑んだ。できれば、ユータは置いていきたかったものを。
しかし、それにしても遅い。
結局、どこからも賊が飛び出してくることなく手洗いに到達してしまい、セデスは内心憮然としている。
「ご婦人側へ入るわけにも参りますまい。こちらで待ちますか?」
「ええ……いえ、どうもいないようです」
人の気配がないことを察知し、眉根を寄せた。
一体どこへ……? またとんでもないことをしているのでなければいいけれど。
「飽きて先に馬車へ帰ってしまったようですね。ああ見えてしっかりしていますので、ご心配なさらず」
軽い調子で言ってのけたセデスに、マウーロの領主の方が戸惑っている。
「そ、そういう……ものですかな? まだ随分幼く見えましたが、よろしいので?」
「ええ、行きましょう」
もしやユータもトラブルに見舞われているのかもしれない。
「だけど、『見舞われている』方なら、まあいいか」
訝しげな顔をした領主になんでもないと微笑みを返し、セデスは彼の背を押すようにその場を離れたのだった。
「……なんかさ、中途半端なんだよねえ」
きっちり両の手首を固定するロープを眺め、肩をすくめた。
ここへ来てようやく誘拐らしくなってきたものの、この拘束以外の扱いはまだ賓客といったところ。
「援助援助って、どうして一方的に援助だけもらおうとするんだろうね? 理由くらい、何かもう少し取って付けてもいいだろうに」
今のところ、セデスに求められているのは、ものすごく偏った内容の契約書にサインをすることくらい。
「炊き出しや食料の援助はするって言ったのにね」
まず必要なのは食料だろう。飢饉の状況を鑑みるに、ひとまずそのくらいの援助は行うと告げたのだけど。
「それよりも、か」
求められた、金銭や薬。
薬と言っても、未知の病に対応できるものなどない。せいぜい回復薬の類いくらいだろうに。
ましてや金銭よりも今は食料。
彼の必死具合は伝わってくる。なのに、何か歯車がかみ合わない。
「僕がこうして大人しく捕まったら、もっとべらべら悪事について語ってくれると思ったのになあ」
もそもそっとポケットから顔を出したモモが、『そんな都合良くいくわけないでしょ』と言わんばかりにまふっと跳ねた。
「あ、モモを預かっていたんだった。ユータの方は大丈夫かな? 館を破壊したり、天使の御業を披露したりしてない? えーと、僕の言うこと、分かる?」
もちろん、と言っている気がする。けれど、さすがにまん丸なボディーランゲージで詳細までは伝わらない。
実はまさにサインを迫られている時、ラピスがやって来ていたことも、伝えられない。
「あ……もしかして、ユータのことだから僕と別口で誘拐されてたり?」
ふと口にしたセリフに、モモが大きく頷いた。
「ああ~~別々の誘拐も想定しておくべきだったね。次期領主の僕だけでいいだろうと思ったんだけど。……欲張りだね」
薄く微笑んだ美貌から、そわり、と抑えきれない怒りの気配が漏れ出てモモの産毛を震わせる。
どうやら、敵はロクサレンの怒りを買うことが何を意味するか、知らないらしい。
「まあいいよ。誘拐は想定内ではあるんだし、ユータはいつでも出られるでしょ」
まふっと肯定するモモに苦笑して、豪華な部屋を見回した。
「やっぱり主催者側も抱き込んでいるんだね。彼がどのくらい関わっているかも、確認する必要があるなあ」
いやいや、ガッツリしっかり関わってますよ! と伸び縮みするモモだけれど、やっぱり伝わらない。
ふいに、モモがあらぬ方を向いて何やら妙な動きをしたかと思うと、『きゅっ』という声と共にひらりと紙が落ちてきた。
「痛っ」
ついでに、セデスの頭に落下したペン。
「手紙? ユータ、便利だなあ」
不自由な手で手紙を引き寄せ、エメラルドの双眸が真剣な光を帯びて文字列を追っている。
王子様然とした麗しい見目は、こんな時でも絵画になりそうだ。
「そうか……ユータの方へは普通に姿を見せているんだね。そうなると……ユータは返さないつもり? いや、幼児だもんね、いくらでも誤魔化しがきくからかな」
同封されていた白紙を手に取ってソファへ身体を埋め、薄い唇がほうっと吐息を漏らした。
「まだ、『待ち』でいるしかないかなあ。さしあたって必要な――」
ひょいと起き上がったセデスが、返信を書き綴りはじめる。
肩口から覗き込んだモモは、残念そうにふよんと揺れた。
『王子様モードは、やっぱり長続きしないのね……』
ひとまず、この王子様にシールドは必要あるまい。
『私は、私で動いた方がいいかしら』
モモは単独行動も視野に入れて、ため息を吐いたのだった。
誘拐……どっちが先だったのか?!(笑)
18巻、書影ご覧になりました?!
最高に素敵でしょう?!?! あと、こっそりお伝えすると口絵が、口絵が……
割と射貫かれる人、多いのでは?!
あまりにも良すぎて筆舌に尽くし難しです……(T^T)