908 分かったことと分からないこと
しばし無言が続く空間で、オレは黙って彼らのお腹が落ち着くのを待っている。
作っておいて良かった、お腹に優しい配給用スープ。
もし道中で必要になったらと思って作ったものの、出番がなかったものだ。
ムゥちゃんのキラキラパウダー入りなので、このスープが飲めたなら、もうお肉でも何でも食べられるだろう。
地下室に集まっているのは10代そこそこ、タクトやラキくらいから、少し年上までだろうか。まだ子どもと呼べる程度の年齢ばかり。テンチョーさんくらいの人もいるけれど、いかんせんあの頼もしさはテンチョーさんにしか出せないものだ。
まあね、当然オレよりは大きいわけですけども!
見る限り、痩せてはいるけれど比較的元気そうで、まだ邪の魔素に蝕まれてはいないよう。
領主館のある村だもの。先の村よりは規模が大きいし食料の蓄えがあったはず。
だからこそ、貴族を襲うだけの元気があったのかな。
ちなみにラピス報告では、あの貴族と男はしばらく路地など覗き込んでいたものの、危険と判断したのか領主館の中へ入っていった。
「みんな、そんなにお腹空いてたんだね」
そろそろスープがお腹で主張し出す頃かな、と見計らって声をかけてみる。
「空いてるも何も! もうずっとまともに食べてない――です!」
憤る子に、あちこちで賛同の声が上がった。
「そうなの? どうして食べ物がないの? 災害か何か?」
何も知らないお嬢様を装って首を傾げ、そっとパンを手渡した。
途端、みんなの目の色が変わる。
「分かんないけど、急に――」
「お店のおじさんが、商品が入って来ないって――」
「魔物が凶暴化して――」
我先にと詰め寄ってきた皆に、目を白黒させながら次々パンを渡した。
あの、別に情報くれた人へのご褒美パン、のつもりはなかったんだけど。
聖徳太子状態で話を聞きながらパンを配り、ようやく途切れた配給待機列に安堵の吐息を漏らす。
今回パンとごはんを結構消費したから、また貯めておかなくては。
だけど、それなりに色々な情報も手に入った。
「やっぱり、『邪の魔素病』と飢饉の状況に陥っているんだね」
そんな中で比較的動けるのが、子どもを中心としたこのちびっ子ギャングたち。
とはいえ、あくまで『比較的』。現に子どもたちも次々寝込んでいるらしいから。
今回、気付いたことがある。
邪の魔素は、生命の魔素に触れると浄化されるように消える。それは、以前の洞窟でオレが回復強化したときのように。あの時は……ちょっと特殊な環境でやり過ぎちゃったせいで、むしろ集めることにもなってしまったけれど。
だから、生命の魔素・魔力が体内に豊富だと、いわゆるこの『邪の魔素病』に比較的罹患しにくいってこと。
子どもたちや若者の方が元気なのは、元々健康体で体力があることに加え、きっと成熟しきった人間より生命の魔力が豊富なせいもあるのだろう。
むしろ、そうやって生命の魔力を過剰消費した状態が、『邪の魔素病』なんじゃないだろうか。
「あっ……じゃあ、不作なのもそうだよね? 全部、この魔素のせい……?」
なるほど、これは人と植物両方を――むしろ、生きとし生けるもの全てを蝕む病になる。
「あの……これ、持って帰ってもいい?」
考え込むオレの隣から遠慮がちな声が聞こえ、夢中で貪っていた面々もハッと顔を上げた。
「もちろんいいよ! だけど、お腹がびっくりしちゃうから、先に必ずスープを飲ませてあげて」
炊き出しするかも、と思って作ったスープは相当量がある。小さなカップなら、ここにいる皆の家族分くらい賄えるだろう。
あとは、そもそもの原因である邪の魔素を減らさない限り、また邪の魔素病になってしまうだけだ。
「領主さんは無事だもんね。話を聞く限り、やっぱり領主館を調べる必要があるよね……」
――館ごと綺麗にするのが早いと思うの。
「ラピス? 館には今セデス兄さんがいるからね?!」
綺麗に、って文字通りキレイさっぱり更地にするつもりでしょ?!
そうだったと言わんばかりの顔が不安だ。セデス兄さんなら、なんだかんだ無事な気もするけれど。
――でも、疑わしきは滅せよなの。
違うよ?! それ、間違っちゃいけないところを盛大に間違ってるね?!
「まだ、領主さんの家族が『最初』だってことしか分かってないんだから! 何も分からないまま、迷宮入りしちゃう!」
『だけど主ぃ! それならやっぱり怪しいのは、一人だけ無事な領主なんだからさ、乗り込んでやるっきゃないぜ!』
そ、そうかな? 家族が最初に邪の魔素病になるのって、むしろ不運じゃない? はたまた領主を狙った巻き添えで――。
そこまで考えて、はたと動きを止めた。
狙われる?
そうか、この病気が、もし人為的な何かだったら?
「だけど、そんなことできる? こんなに嫌な気配がするのって、呪晶石とか、呪いグッズ――あ」
あるじゃない! 人為的なやつ!
そもそもオレ、神獣がかけられていた呪詛を知っていたのに!
あそこまでおどろおどろしいものだったら、すぐ気付いたのに!
……だけどあれは神殺しの穢れ。邪神クラスの呪詛が人間にかけられるわけがない。
随分、うまくやったものだ。
命を奪うほどのものでなくても、こんな広範囲に及ぶなら十分な呪詛だ。
少しずつ、少しずつ、体調を崩していく呪い。さらに飢饉となれば、きっと邪の魔素は自然に増える。
負のスパイラルに踏み入らせるための、きっかけの呪詛。
「だけど、この地方一帯、なんてざっくりした呪いが可能なのかな」
『それは、聞いてみればいいんだぜ!』
「誰に?」
『呪いをかけた本人……つまり、領主に決まってるぜ!』
うん……? そうなると、おかしくない?
「あれ? 領主が自分の家族と領地の人たちに呪いをかける意味、ある?」
『それはもちろん――モチロン……あれ? なんで?』
自信満々に答えようとしたチュー助が、こてんと首を傾げた。
ロクサレンの支援を得るために、そこまでやるなんて本末転倒すぎる。
「あの……ユータリア様、本当にありがとうございました」
傍目には一人でうんうん百面相をしながら考えていたオレは、声を掛けられて飛び上がった。
どうやら、炊き出し用鍋が空になるほどあちこちへ配り終えたらしい。
「こちらこそ! オ……私の方が助けてもらったんだから」
にっこり微笑むと、何かを言い淀むように視線が逸らされた。
「どうかした?」
小首を傾げた時、意を決したらしい傍らの子が、涙を浮かべながらオレを見つめた。
「ごめんなさい! 俺らじゃ、ユータリア様を守れない……」
「朝になったら、きっと悪い大人が探しに来るよ!」
ああ……それを気に病んでいたのか。家族のいる自宅に匿うわけにもいかず、罪悪感に苛まれていたんだろう。申し訳ないことをした。
「大丈夫、通信の魔道具を持ってるから。私の迎えはすぐに来るようになってるからね! 私がどこの誰だとか、見られちゃう方が良くないの。だから、みんなは家に帰っていて!」
そう言ってから、つうっと冷や汗が流れた。
マズい、オレ、ユータリアとか名乗っちゃってる。ロクサレンの繋がりだとかバレたら、色々ややこしいかも。勝手に炊き出ししちゃってるし!
「ああああの、本当に、本当~~に! 私のためを思うなら、ナイショにして! 名前とか、絶対の絶対に出しちゃダメ。今すぐ忘れて!」
「え? え? な、名前がバレたらダメなんですね?!」
「そう! ダメ、絶対! お願い、私の存在自体をナイショにしていてくれる?!」
急に汗みずくになって訴えるオレを見て、その重要性は十二分に伝わったらしい。地下室中の子たちが、神妙な顔をして何度も頷いた。
「ありがとう、じゃあ、解散! みんな、お家あるんでしょう? もうお迎えが来るかもしれないから、行って行って!」
万が一、夜中に兵が探しに来ても困る。
戸惑う彼らを追い立て、振り返り、振り返り夜に紛れて行くのを見送った。
「よし、じゃあここも蝶々にお願いしておかないとね」
ひょいひょいと屋根の上まで飛び上がり、静かに集中を始めた。
中央に位置するのは領主館だろうから、蝶々が潜む場所は町の各所の方がいいだろう。
ここは元気な人も以前の村より多いだろうから、目立たない蝶々の方がいいな。
じゃあ、小さい蝶々をたくさんだ。
オレの爪ほどの小さな蝶々を無数に生み出して、すくい上げるように高く手の平を持ち上げた。
手の中から、燐光を帯びた小さな蝶々が霞のように広がって行く。
「ちょっと時間かかるかもだけど、スープを飲んだ人もたくさんいるしね!」
夜空の星へ紛れるように散っていった蝶々を見送って、オレも作戦を練るべく転移したのだった。