905 当初の予定
「こっち?!」
「ああ、多分そこを曲がって……」
おじさんを引っ張りながら廊下を走り、階段を下り、2人の姿を探す。
「いない……! 歩いて行ったんだよね?!」
つまり、襲われて連れて行かれたんじゃないなら、そんなにスピーディに事が進まないはずなのに。
ひと目のない所で強引な手段に移ったんだろうか。
既にパーティ会場は遠く、わずかな明かりが灯るだけの廊下は薄暗い。貴族の館って、どうしてこう無駄に広いんだろうね!
「もういいかね? 私は会場に戻らなくては」
「あ……そうだよね」
そう言えば、この人主催者さんだ。だけど、セデス兄さんを探さなきゃいけない。
とは言え、勝手に館をうろついたら当然怒られるだろう。むしろオレが犯罪者になりかねない。
「すぐ戻るから、ここで待っていてくれるかい? きっと、そこらの部屋で領地の相談をしているんだよ。メイドに声を掛けておくから、すぐに見つかるだろう」
確かに、その可能性だってないわけじゃない。それが穏便なものであれば事を荒立てる必要もない。
手近な部屋へ促され、すごすご入室すると、ぽんと頭に手が置かれた。
「いい子だ。私が戻るまで、大人しくしているんだよ?」
案じるようにオレと目を合わせたまま、主催者さんが扉を閉めた。
――ガチャリ。
「…………あれ?」
今、もしかして、鍵をかけた……?
遠ざかっていく靴音が消えたのを確認し、そっとドアノブを回してみる。
「……うん、でも、オレ一人じゃあ危ないからね! オレを守るために鍵を掛けることもあるよね!」
開かない扉から離れ、ぐるりと室内を見回した。
「……モダンな部屋だね!」
貴族の部屋とは思えないこの造り。殺風景で、冷たくて、ソファのひとつもない。
そういえば階段を下りてきたから、ここって地下じゃ?
『ファッファーン! おめでとう主! 連勝記録、見事達成だぜ!』
『あうじ、すごい!』
アカペラでファンファーレまでつけたチュー助が、アゲハと共に大盛り上がりしている。
「待って?! まだそうと決まったわけじゃ……!」
『スオー、悪あがきだと思う』
オレもちょっとばかりそう思わなくもないけれど!
「でも、決定打がないよ?! もうちょっとこう、分かりやすい言動をしてくれないと……!!」
ここでオレが扉を破って脱走して、もしも本当に主催者さんがただの気遣い下手なおっちょこちょいだった場合、色々とマズいことになるんだけど!
『逃げる必要が、どこにある』
チャトは一瞬出てきたものの、床が冷たいと言ってすぐにオレの中に戻ってしまった。
「そっか、これはこれで、当初の予定通りってわけ――じゃないよね?! これ、セデス兄さんも攫われてない?!」
予定としては、オレだけが攫われて潜入捜査をするはずだったんだから! もしくはオレ的第二案として、セデス兄さんが攫われた場合は、オレが救出に向かうはずで……!!
双方別々に攫われる予定なんてなかったよ! というか、主催者さんてグルだったの?!
「ど、どうしよ? 脱走して状況を把握に行くべきか……ここで潜入捜査に備えるべきか……」
まず、セデス兄さんがどういう状況なのかが心配で、そわそわする。
『あうじ、困った時はモモお姉たんに聞いたやいいんらぜ!』
アゲハがぽんぽん慰めるようにオレの頬を叩いた。そっか、アゲハはモモに相談しているんだね。素晴らしい人選だ。だけど、今はモモがいないから――
「あっ! そうか、ラピス!」
「きゅ?」
ぽんっと現れたラピスが、すりっとオレにすり寄って小首を傾げた。
「モモに現状を聞いてくれない?! それと、何かあったら報告できるように、誰か部隊を一人モモにつけておいて!」
――おやすみゴローなの!
お安いご用ね。消えたラピスを見送って、ホッと安堵の息を吐く。
良かった……モモをつけておいて。
ラピスたちがいて。
「身内の誘拐って、本当に堪えるね……対象が多少人外でも」
以前のカロルス様のときは少々事情が違ったけれど、それでもあんなに心配した。今回はお互い想定していたとはいえ、やはりしんどい。
『スオー、現在進行形で誘拐されてる人が言うセリフじゃないと思う』
……そうですね。
ため息を吐いてクッションを取り出すと、ぽすんと座り込んだ。
こういう時は、甘い物だ。クッキーを取り出して、もすっと囓る。
「……おいしい」
会場で普段のガッつきっぷりを晒すわけにも行かないから、セデス兄さんはお腹が空いているんじゃないかな。
ひとくち囓って考えていたところで、ラピスが戻って来た。
「ど、どうだった?!」
――こっちの状況を聞かれたの。モモは、『今絶賛取り込み中だから、後で連絡するわ。あなた、本当にお手軽に誘拐されるのね』って言ってたの!
お小言まで伝達しなくていいから!
「取り込み中って、どういうこと? 戦闘中?」
――残念ながら、戦闘はなかったの。何かいっぱいしゃべってたの。
残念ではないけどね?! そうか……ひとまずモモがそう言うからには、待っていればいいんだろう。
もそもそと囓るクッキーが4枚目になった時、足音が近付いてきた。
慌てて服を払って立ち上げる。
「……おや? さすがに気付いたかな?」
視線を険しく睨み上げると、主催者さんはにまりと笑った。
「なら、話は早い。お兄さんに何か渡せるものはないかね? 君だと分かるものだ。怖い思いをしたくなければ、大人しく出した方がいい」
もしかして、セデス兄さんへの脅しに使われるのだろうか。
そうは言っても、オレの証明……今は黒髪じゃないし。ドレスの切れ端なんて絶対オレじゃないんだけど。
小首を傾げて何かないかと自分を見下ろしていると、伸びてきた手がオレの髪から何かを抜き取った。
ふぁさ、と見慣れぬ髪が垂れ落ちる。
「これで良かろう」
わずかにカツラの髪が絡んだ、髪留め。
「待って、セデス兄さんは?!」
「王子様は、大人しく私たちに従ってくれているよ。君という切り札があれば、万全を期すことができるからね。まあ、いい子にしていれば、そのうち会える」
悪者だ……!! 確定で、悪者!
再び施錠された扉を背に、荒々しくクッションに座り込んだ。
セデス兄さん……オレが誘拐されても平気だって分かってるよね。マリーさんじゃないし、その場で大暴れしたりしないよね。
『でも主ぃ、兄さんはモモと話せないんだぜ! ここは俺様の出番?!』
胸を張って見上げるチュー助に、ハッとした。
そうか、オレでさえこんなに不安になるんだもの、セデス兄さんはもっと不安かも。
「周りに人がいるだろうし、チュー助はうるさいから却下。お手紙を書くよ!」
いじけるチュー助を尻目に、現在の状況をなるべく詳細に綴って手紙に書いておく。そして、モモに話しかければオレに伝わることも。
大事な手紙をラピスに託し、厳重に念を押しておく。
「まずモモにお手紙があることを伝えて、いいよって言ったらセデス兄さんに見せてね?」
ラピスなら、緊迫の状況だろうが危機一髪の瞬間だろうが、お構いなしに手紙を広げそうだから。
ついでにペンも渡しておけば、セデス兄さんと直接のやり取りもできる。
やきもきしながら待つことしばらく。
「きゅっ!」
帰ってきたラピスを認めるやいなや飛びついた。
「あ、手紙! 書いてくれたんだ!」
報告を聞くよりも早く、大急ぎで小さな手紙を広げて目を走らせる。
「えっと……『おにぎり5個、クッキー1袋、お肉の挟んであるパン、飲み物。果物もあれば』」
ゆっくり視線を上げたオレは、室内を見回した。
「…………」
大丈夫、オレ今攫われてるし、セデス兄さんも絶賛攫われ中で間違いない。
「買い物メモじゃないんですけどーーー?!」
オレは思わず手紙を握りつぶして怒りの声を上げたのだった。
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