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904 連勝記録?

奏でられる音楽と、互いの衣擦れだけが聞こえている。

思い切り大胆に、それでいて滑らかに滑るような足運びで。

それは、密かに獲物へ接近するかのように。


相手を押しのけるほどに踏み込んで。

互いの前髪が触れ合った瞬間、弾かれるように遠く。

それは、懐へ飛び込んで切り結ぶかのように。


スカートが丸い円になる、刹那の鋭い回転。

低い位置で、時に空中で。

それは、必殺の剣のように。


高揚する気分のままに、ますます口角を上げた。

絡んだエメラルドグリーンも、応えるように笑みを深くする。


傍目にはどう見えているんだろうか。アレンジを重ねた、オレたちのダンス。

きっと、オレたちにしか踊れない。

鋭く、速く、このまま短剣を抜いて戦えそうな、戦闘舞。

まるで、セデス兄さんと剣の稽古をしているみたいだ。

挑むように絡め合った視線は、片時も離さない。

わずかな隙が、命取りだから。


曲の終盤、ぐっと近付いた距離に互いの呼吸が重なる。

「……僕らしか、踊ってないね」

くすっと笑う声につられて周囲に視線をやれば、全部の視線がこちらを向いていた。

「な、何なに?」

ビクッと肩をすくめ、思わずセデス兄さんを見上げた。

「まあ、だろうねー」

苦笑しながらオレを抱き上げ、セデス兄さんは芝居がかった仕草でくるっと一回転。

そして一礼のあと、見事な王子様スマイルを浮かべてみせた。

呼吸を止めていた面々が、弾かれたように拍手し始める。

おかしいな、オレたちのオンステージじゃなかったはずだけど。


興奮した招待客たちが押し寄せる中、オレたちは最高クラスの隠密で気配を消した。

押し合いへし合いしている人たちは、その中にオレたちがいないことにいつ気付くだろうね。

素早く離脱し、会場から抜け出したオレたちは、ゆっくりと廊下を歩いて庭のベンチに腰掛けた。

「さて、どうだった?」

抱えたオレにしか聞こえないささやきが、当たり前のように尋ねる。

「……違う人みたいだったよ」

当たり前のように答え、睨み付ける形相を思い返し、少し視線を下げた。

「領地が近いとね、仲が悪くなりやすいんだよ」

分かっていたことのように頷いて、大きな手がオレの頭を撫でた。


あんなににこやかに挨拶してくれた、マウーロの領主。

何が、どこまで嘘なのか。

領民に対する姿勢は、嘘。

オレたち、いや、ロクサレンに対する姿勢も……嘘。

喝采を浴びるオレたちに向かう視線の中で、異質のもの。

ちゃんと、見ていたよ。

暗く、濁って燃える感情は、嫉妬だろうか、怒りだろうか。

「会場を出てすぐ、ではなかったね。何をどう仕掛けてくるかな?」

呑気にそんなことを言うけれど……。


「セデス兄さん、剣がなくても戦えるの?」

胡乱な視線の中、王子様はうーんと顎に手を当てた。

「体術だけとなると、ある程度……としか言えないよね。さすがに、賊の10人や20人には負けないけども……」

それは『ある程度』とは言わないよね。あと10人と20人は結構致命的に違うと思うよ?

エリーシャ様とマリーさんと、ついでにカロルス様に育てられたセデス兄さんが、体術で戦えないはずがない。それは分かっているものの、身体強化は得意じゃないみたいだし……。

「ひとまず、モモを連れていてね」

「弟に心配されるほどでは、ないと思うけどねえ」

苦笑する王子様の肩にモモを乗せつつ、厳しい顔をする。

「次期領主なんだからね! 万全の態勢をとっておかなきゃ」

できればシロや蘇芳もつけたいところだけど、パーティ会場でそれは無理な話だ。


それにしても、誰も来ない。

来ないなら来ないでいいのかもしれないけれど、仕掛けてもらわないとオレたちも動けない。

わざわざ、人気のない庭に居るって言うのに。

二人一緒にお持ち帰られ作戦は、失敗だろうか。

退屈そうにしたセデス兄さんが、オレの頬をつつく。

「それよりユータの方が心配だけど?」

オレは、得意満面で胸を張った。

「ふふっ! こういう荒事には慣れてるんだから! 頼りにしてほしいな?」

『荒事かどうかは置いておいて、ものすごく慣れてはいるわよね』

『そう、主はプロフェッショナルだぜ!』

……違う。なんとなく、モモたちのセリフはニュアンスが違うのだけど。

「とにかく、何かあっても一人じゃないからね! オレがいるから!」

「ふうん? 僕の弟は頼もしいね?」

くすくす笑ってオレの頬を揉むと、立ち上がって伸びをした。


「――さて。じゃあ……疲れちゃったし、パーティは参加したんだから、もう帰っていいよね?」

突如通常のトーンに戻った声が、次なる作戦開始を告げている。

「だめ、もうちょっと会場に居なきゃ! 疲れたなら、休憩したらいいよ。オ……私、その間にお手洗いに行ってきていい?」

廊下にオレを下ろしながら、小さな声が『下手だね』とささやいて離れた。

演技なんか下手でもいいの! だって幼児だから、疑われないもの!!

「なら、僕は休んでいるから。迷子にならないね?」

「ならないよ!」

つい素で答えて、吹き出されてしまった。

むっと頬を膨らませてセデス兄さんへ手を振ると、レディーにあるまじき大股でずんずん歩いて行く。


ちら、と振り返ったそこには、まだオレを見守るセデス兄さんが見えた。

相手は、ロクサレンの繋がりが深い者を狙っている。誘拐ならば、人質に使うのがセオリーだろう。

人質として価値が高いのは、唯一の息子で次期領主のセデス兄さん。

セデス兄さんは自分が狙われると思っているけれど……。だから、オレと離れる時間を作ろうとしているけれど。

「普通に考えて、オレの方が狙いやすいよね」

だから、オレも離れる。

ロクサレン家のもらわれ子について知っている人は、ほとんどいないだろう。知っていても、セデス兄さんの義弟で伝わっているはず。

今のユータリアではせいぜい親戚の子。人質の価値は薄いけれど……それは、セデス兄さんと比較した場合だ。人の命という意味では、差はない。そしていとも簡単に誘拐できる。


「どっちに来るだろうね」

できれば、オレの方に。その方が、きっと安全だから。

『俺様、もちろん主だと信じてるぜ!』

『あえはも、そうももってるんらぜ!』

ねえチュー助、そんなところ信じてくれなくてもいいんだけど。

ことさらゆっくりトイレの扉を開け、オレはいつ攫われてもいいようにイメージトレーニングをくり返したのだった。



「――来ないんですけど」

いたいけな幼女の顔にも、不満が出ているかもしれない。

だって、絶対狙うならこの機会だと思ったのに。

もしかして、誘拐は既に諦めているとか?

仕方なく休憩室へ戻っていると、貴族男性がこちらへ駆け寄ってきた。

この人、主催者じゃないだろうか。いいのかな、出てきちゃって。

お手洗いかなと脇へ避けたのだけど、オレを見てあからさまにホッとした顔をする。

「良かった、もう帰ってしまったかと思ったよ! 一緒に来たお兄さんはどこかね? あのダンスは素晴らしかった。ぜひ、もう一曲お願いしたい」

小さな両肩に分厚い手が置かれ、キョロキョロ彷徨う視線がセデス兄さんを探している。


「セデス兄さんなら、向こうの休憩室です。でも、もう踊らないよ?」

これ以上会場にいると、他の人の迷惑になる可能性もあるし。

休憩室の方を指すと、主催者さんは首を振った。

「いや、カスパール殿と出て行ったのを見かけたから、追いかけようと思ったんだよ。……ところで君、どうして一人で?」

もしや迷子かと疑っていそうな視線を受けつつ、頭を抱えた。

「なんでー?! そっちに行っちゃったのー?!」

『くっ……主の連勝記録が……!!』

『スオー連敗記録だと思う』

やんやとやかましい内側の声を聞き流し、オレはキッと主催者さんを見上げた。

「あの! セデス兄さん、どっちに行きましたか?」

「あ、ああ……向こうへ歩いて行ったと思うが……」

「案内してください!」

オレは戸惑う彼の手を強引に握り、尻を叩く勢いで急かして走り出したのだった。

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― 新着の感想 ―
素晴らしい情景描写! 時に鋭く、時にふわりと踊る二人の姿が、目に浮かびました(^_^)
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