903 パーティ会場
「さて、首尾良く侵入できたわけだし。ユータは着替えようか」
まっすぐ休憩室に向かったセデス兄さんが、個室に入った途端にそう言って振り返った。
「もう着替えてあるけど?!」
お気楽な冒険者から、着るだけで堅苦しい気分になる貴族服になっている。髪だって、タジルさんがせっせと整えてくれたのに。
「それじゃないんだよね。入り口はチェックがあるから、その格好でいいんだけど」
荷物を出してくれと言われ、収納へ預かっていたカバンを取り出した。
「ええと……これだったかな。着方が分からなかったら、一旦ロクサレンに帰ってきて!」
すごく、すごく嫌な予感の中、広げた衣装。
「ユータが嫌がるといけないから、相当シンプルなのを選んだらしいよ? さすがに会場内に入り込んだら問題だからさ、遠目でしか見られないと思う。家でもその姿、見せてあげてね」
ぽすん、と適当に被せられた何か。
『いいわね~! 丈で子どもらしい軽やかさを表現しつつ、色味はぐっと抑えて大人しく! ゴテゴテした飾りは廃して上品・高級感に全振り……素晴らしいわ』
激しく伸び縮みするモモが、感嘆を込めて評した、それ。
「な、なな、なんでドレス……?!」
手をやった頭には、当たり前のようにユータリアカツラ(正装バージョン)が乗せられている。
思えば今着ているこの正装も、どことなく中性的……?
いや、まだ慌てる必要はない。
だって、だってこれが予測されたからこそ……対策をとったのだから!!
「無理だよね?! ダンスするんでしょう? オレ、女性パート踊れないもの!」
そのために、最初からセデス兄さんが踊った方しか練習してなかったんだもの。
勝ち誇った顔で衣装を突き返すと、セデス兄さんは悲しげな顔で首を振った。
「ごめん……まさか、本当にまだ気付いていないとは思わなかったよ。マリーさんたちの作戦勝ちってやつだね……」
作、戦……?
オレの脳内で、これまでの過程が猛スピードで再生されていく。
一緒にダンス練習したタクトとラキの様子。
セデス兄さんの、どこか妖艶で扇情的なダンス。
最初に目配せし合ったマリーさんとセデス兄さん。
そうか、普段なら絶対エリーシャ様たちが女性パート練習を勧めていたはずなのに……。
全てのパーツが、組み上がっていく。
ふぁさ、とオレの手からドレスが滑り落ちた。
「まさか……最初、から……?」
「ご明察。……さあ、僕と役目を果たそうか」
策士の笑みを浮かべて、セデス兄さんはわざとらしくオレの頬を撫でたのだった。
――まさか、最初に見せてもらった時点で、男女逆転していたなんて。
どうりでセデス兄さんセクシーだなと思うわけだ。
オレはまんまとユータリア姿をさせられる羽目になって、不貞腐れながら会場へ向かう。
だって、思わないじゃない? 清楚可憐な(見た目の)マリーさんが男性パート踊ってるなんてさ!
言われてみれば、ダンス中オレずっと支えられてるなとか、これ結局交代してもオレの力じゃ踊れないなとか思わないでもないけれど!!
どうせみんな知らない人だし、もうユータリアの格好は今さらだけどさ! でも、これってオレダンスをまた覚え直さなきゃいけないってことなんだけど!
「冒険者として、きっと役に立つこともあると思うよ? 女性パートを踊れると男性パートも洗練されるから、覚えてる男性も多いよ? 僕だって覚えてるんだから」
あんまり役に立てたくないのだけど。それってきっと、以前のユータリア任務みたいになるわけでしょう?
そしてセデス兄さんが踊れるのは、絶対にエリーシャ様たちが推し進めたからでしょう。
じとりと睨み上げると、案の定視線を逸らされた。
「まあまあ、どっちにしろ、今必要なわけだし。……行くよ? 気配消して」
休憩所から本来の会場へのルートへ。
気配を消して、人の影に隠れるようにパーティ会場へ侵入し――侵入?
「ねえ、オレたち普通に招待されたよね?」
どうして隠れる必要が? 堂々と入ればいいじゃない。
「分かってないな~ユータは。パーティってのはね、いかに気配を消してやり過ごすかにかかってるんだから。美味しい料理、食べたいでしょ? ずーっと知らない人と中身のない話をしていたくないでしょ?」
それはそう。だけど、それでいいのか次期領主。
王都の学校に行ったのは、社交のためでは……?
『まあ、今のロクサレンなら逃げ回る能力の方が必要かもしれないわね』
今日はオレの中に収まっているモモが、しみじみそう言った。
食のロクサレン、そして天使教発祥の地。
さらにはAランク英雄たちが住まう難攻不落の地。
国だって手に入れられなかった至宝が、さらに磨き上げられた形だものね。
御しやすそうなセデス兄さんなんて、もはや鴨がネギ背負って……どころか、目の前に既に揃ったフルコースみたいなものだ。
『だからと言ってその弟は……ねえ』
やれやれとため息を吐くモモを感じ、素知らぬふりをした。今、オレは弟じゃないから。どこか親戚の妹分だから。
オレたちは割と目立つので、ともすれば近寄ってこようとする人がいる。さりげなさを装って見事に躱しながら、今のところ大きな問題もなく最初の挨拶をクリアし、お待ちかね歓談お食事タイムだ。
主催の人は、とてもロクサレンの話を聞きたそうだったけれど、お忙しそうだからね! 素早く次へ交代してあげた。
「結構、豪華だね……」
居並ぶ料理を眺め、隣の領地とは別世界だなと思う。
「こっちの領地には波及していないってことなんだろうけどね。そんなに地域でくっきり分かれるなんて、おかしな話だよ」
「邪の魔素も、こっちの領地には感じないよ。シールドがあるわけでもなかったと思うけど」
二人で首を傾げたところで、セデス兄さんが目配せをした。
「ロクサレンのセデス殿とお見受けします。お初にお目にかかります、私はカスパール・マウーロと申します」
振り返ると、確かにあの時の領主さん。
きちんとした服を着て、にこやかで、やや体脂肪率多めの普通の貴族。
「はい、私がロクサレンのセデスです。カスパール・マウーロ殿、お初にお目にかかります」
わずかに上げた口角で、周囲に花が舞った気がする。セデス兄さんが、上品だ……今なら、どこから見ても王子様。普段貯めていた『品』がここぞとばかりにまき散らされている。
「はじめまして、ユータリアと申します。お目にかかれて光栄です」
ちょこんと膝を折ってごく簡潔に挨拶し、目立たないようセデス兄さんの脇へ控える。
「おや、かわいらしいお嬢様だ。妹君がおられたかな……?」
「ふふ、私の相手役を務めたいとねだられまして」
とんでもないことを言うものだから、思わず腿を叩いた。
「照れちゃった? 怒らないで、ほら、この後は一緒に踊ってあげるから。ではカスパール殿、また後ほど」
ちょうど主催挨拶が始まったのを幸いに、軽く会釈してその場を離れた。
すごく体よく利用されている。
「ねだったのはセデス兄さんの方でしょう!」
「僕としては、ねだってほしかったな? というのは置いといて、誤魔化してあげたんだから許してほしいね」
誤魔化し……? ああ、妹かどうかってこと?
「そんなこと、どうでもよくない?」
「うーん、まあ、用心にね。あと、嘘は良くないからね」
爽やかな笑みが、貴族だ。嘘をついた事実は残さないようにするんだな。
「だけど……あの領主さんは、やっぱり」
少し目を伏せ、呟いた。
「健康そうだったねえ。そもそも、領地に帰ってるのかな? もしかして、こっちに入り浸ってるとか?」
じゃあ、どうしてあんなに必死に訴えに来たの。
そこだけは真実かもしれないと、そう思っていたのに。
ツヤのある肌からは、表面上にこやかな顔からは、領民への思いを感じとることは難しかった。
華やかな音楽が鳴る。
彼が行動を起こすなら、きっとこのパーティの終盤。
「幼児が、そんな難しい顔しないよ? 楽しいパーティだからね」
差し出された手にそっと小さな手を乗せて、オレはひとまず笑顔を貼り付けたのだった。
先日は一回分お休みいただきました!
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