902 仮面の下が醜いとは限らない
「ユータ、いつもあんな風にしゃべってくれて構わないんだけど?」
「ちゃんとしゃべれるのに?! それはもういいから! オレ、これから忙しいんだから」
にまにまするセデス兄さんを睨み上げ、そっと両手を握り合わせて目を閉じた。
「あっ! 二人は目をつむってて!」
危ないところだった。素直に目を閉じたアルプロイさんと、慌てて両手で目を塞いだタジルさん。彼らにはバレてもいい気がするけれど、天使教とオレの繋がりを知っている人は、少ない方がいい。
『知らないはずはないと思うけどねえ』
『まあまあ、形式上の建前が必要ってことなんだぜ!』
違いますけど。二人にはバレてないから! モモもチュー助も、そんな考えではどんどん他へ広がってしまうからね?! 用心にこしたことはないんだよ。
『お前が言うな』
チャトのツッコミは聞こえないふりをして、徐々に集中を深めていく。
今回は、解呪の蝶が役に立つはず……。少数精鋭、アゲハ蝶みたいに大きなのがいいな。
ふわ、と開いた手の中には、大きな青い蝶。光を零しながら飛び立ってオレの頭にとまった。
途端に呼吸が楽になったように感じる。この程度の邪の魔素なら、蝶々が数匹居れば徐々に改善されるんじゃないかな。
「――よし、このくらい居れば十分かな。じゃあみんな、村長さんのお家の屋根に隠れていて。夜になったら、こっそり村中を飛び回るんだよ!」
オレの身体にとまっていた計五匹の蝶々は、心得たと言わんばかりに飛び立って、屋根の上へと消えていった。
「それってさ~、絶対普通じゃないよね? って思うけど。一体何魔法なわけ?」
言われてみれば……? 最初は、選択的に回復するための蝶々だったから、当然回復魔法の一環だと思っていたけれど。
「チル爺は『疑似生命』って言ってたよね」
そう言うなら、もしかしてゴーレム系統に近いのかな。召喚も混ざってる気がするし……新たな魔法の系統、なんてことになったら……。
ほら、やっぱり二人には目を閉じていてもらって良かった。
「もう目を開けて良いよ!」
「ありがとうございます。回復魔法を使われたのですか?」
「ユータ様、身体が楽です!」
やっぱり、普通の人も蝕まれている感覚はあったらしい。身体の不調って、案外軽度だと気付かないものだ。
「マウーロの領地って、村はどのくらいあるの? どの村も同じような状況なのかな」
村から離れて野営準備をしながら、セデス兄さんを見上げた。
すべきことを済ませたら、あとはもうアリバイ作りとして村を出た方が良い。……なんて、半分建前だけど。
だって、あの村でオレたちだけ美味しいごはんを食べるなんて、できないよね。かと言って振る舞うわけにもいかないのが難しいところだ。
「あとは中央の領主館がある場所じゃないかな? 街道沿いだから、通り道だね。そんなに離れていないと思うけど……面倒なことになりそうだから、立ち寄ることはできないね。何事もなく帰路につけたら、選択肢が出てくるくらいかな」
「そっか……領主館がある場所なら、ここより酷いことにはならないよね!」
だって、自分たちもそこで生活しているんだもの。
既に襲撃があった時点で、何事もなく帰路につくとは考えにくいけれど、それならそれで介入しやすくなるかもしれない。
「そう言えば、あの襲撃ってやっぱりマウーロの領主が仕向けたのかな」
この世界で襲撃って割と日常茶飯事だから、あんまり気にしていなかったけれど、尋問の方はどうなったんだろう。
『主ぃ、そういうのを『非日常』って言うんだぜ!』
『あうじ、ひりりちょうなんらぜ!』
すかさず入ってくる茶々を聞き流し、小首を傾げた。
「そうみたいだね。雇い主は割と早く割れたみたいだけど、目的はハッキリしないみたいだね。ただ、命を取るつもりはなかったって言ってるから、誘拐の線が濃厚かな? 助命のための嘘かもだけど」
サラッと返されたけど、え? いつの間にやりとりを……? 管狐部隊もいないのに。
「当たり前に割れちゃうんだ……」
一体何が行われているのか、オレは知らない方が良さそう。
襲撃して誘拐したところで、一体何のメリットが? と思ったけれど、普通に考えれば人質って感じだろうか。
援助ほしさに後先考えなくなった、と思えば……あり得るんだろうか。
ただ、ロクサレン相手に?? というのが引っかかるところだ。
相手が貴族だから、あまりAランクについて理解していないのかな。冒険者には英雄として知られるカロルス様だけど、貴族からの評判はそうでもないから。知らないって、怖い。
「……なんか、色々面倒だね」
カロルス様じゃないけれど、襲ってくるなら来るで、こう、一気に全軍投入してくれたら一気にカタをつけられるのに。
――ラピスもそう思うの! だから、まとめて館ごと吹っ飛ばせば全部解決すると思うの!
ここぞとばかりにつぶらな瞳が輝いた。
しまった、オレの思考がラピス寄りに……!
やめてね?! ものすごくややこしいことになるからね?!
「本当に! マウーロの館ごとぶっ飛ばして終わりにしたい~!」
ちょっと?!
せっかく破壊衝動を収めていたラピスが、晴れやかな顔でオレを見た。
許可? 許可?? と言わんばかりのきらきらお目々が辛い。
オレはうっかりラピスの親切心が発動しないよう、懇切丁寧にお断りを入れる羽目になったのだった。
「どう? 遠目で分かるの?」
マウーロの館がある村を横目に通り過ぎながら、セデス兄さんも身を乗り出してくる。
「うーん。少なくとも、ずうっと邪の魔素は漂ってるから、良くない状況ってのに変わりはなさそう」
先の村ほどではないにしろ、この道中、うっすら漂う邪の魔素はあまり変わらない。
「飢饉のせいで、邪の魔素が濃くなってると思ったんだけど……」
それなら、無人の荒野にも広がっているのはおかしくないだろうか。
幸い、と言うべきなのか、あれ以来襲撃もない。
――大丈夫なの。大体みんな動いてると思うの。
偵察に行ってくれたラピスからの、あんまり役に立たない報告に頬を引きつらせた。
『あのね、やっぱりしっぽが下がっちゃう感じはあるよ! みんな元気ないけど、昨日の場所よりは……ちょびっと大丈夫そうな気がする』
シロの役に立つ情報に、少し緊張を和らげた。そうだよね、食料だって領主館がある村の方が豊富だろうから。
オレは少し後ろ髪を引かれながら、遠ざかっていく村を眺めていた。
……そんな、生死のかかった状況が間近くある中。
案内された建物に、思わず真顔になってしまう。
「豪華、だね」
「隣の領地とは言え……親交が深いはずなのにね」
いかにもパーティ仕様に飾り付けられた庭園、磨かれた調度品。
恥ずかしい。
オレ、ここに参加するの……?
後ろめたい。
きらびやかな格好をした人たちは、何も感じないんだろうか。それとも、貴族の仮面の下へ隠しているんだろうか。
ふと、大きな姿見に映った姿に息を呑む。
少し着せられた感のある衣装、整えられた髪。綺麗に飾り付けられて、緊張の面持ちをした幼子。
……オレだって、他から見れば同じ。内側で何を考えているかなんて、分からないものだな。
自分だけが例外だなんて、傲慢も甚だしい。もしかすると、全員オレと同じ思いかもしれないもの。
ぽん、と頭に手が置かれ、人目を集めて憚らない王子様がふわっと微笑んだ。
「僕たち『も』、役目があるからね。せめて、それをちゃんとこなそう」
大人びた微笑みを見上げて、オレもにっこり笑って頷いた。
他の人も、オレも、役目がある。それがいいことなのか、悪いことなのか、傍目には分からないけれど。
だけど、きっとオレだけが特別じゃあないもの。だから、きっと。
美しいドレスで美しく笑う人たちを見上げ、オレも笑みを浮かべたのだった。
更新遅刻すみません!!
皆様18巻の表紙イラストもう出てましたよ!!
最高でしょう?!見ました?!?!