901 作戦
「うーん……。話をそのまま聞くと、不運が重なったか、植物と人両方に関わる病ってことになるけど」
連れだって歩きながら、セデス兄さんは小首を傾げた。
一応、村長宅へ声をかけていくらしく、オレたちは一旦宿を出て村の中央へ向かっている。
宿の主人の話としては、まず植物の生育が悪くなって枯れ始め、魔物の襲来が増えてきたそう。そうこうするうちに体調を崩す者が出始め、徐々に村中の人間に不調が広がったのだとか。
そうなると『未知の病では』なんて恐れた商人や、外部の人間も近付かなくなってしまったらしい。
「セデス様、一旦戻りませんか? もし未知の病であった場合、御身に関わります」
アルプロイさんの厳しい顔ももっともなんだけれど、回復術士としてのオレは、首を傾げる。
「植物と人間両方かかる病なんてある? それよりも、オレはこの邪の魔素が悪さをしてると思うんだけど」
この魔法の世界だもの、あるのかもしれない。だけど、さっきどさくさに紛れて宿の主人に魔力を流してみて、どこかが悪い『病気』という感じがしなかった。何と言うか、『弱っている』という感じ。
それこそ、邪の魔素に蝕まれていること自体が『病』だと思う。いわば、『邪の魔素病』だね!
『安直にもほどがあるのよ』
『俺様、いいの考えたぜ! 邪死病とかどうよ?!』
そんな怖くて不吉な名前にしないで?! いや、実際そういうものだけど……。
「邪の魔素と言われても僕には見えないしねえ。重苦しい感じはあるけれど。ただ、さっきの人が急に元気になったんだから、何が原因でも対処はできるってことじゃない?」
渋い顔をするアルプロイさんたちだけど、彼が元気になったのを目の当たりにしただけに、強くは主張しづらいらしい。だって生命の魔素水飲んだからね……身体の内側から邪の魔素を追い払っただろうし、身体も元気になるよ。おかげでお腹も元気になってパン一個では足らず、いくつも渡す羽目になったけど。
「とりあえず、回復屋さんでもやる? それとも炊き出し? ひとまず、この邪の魔素を祓ってしまいたいよ」
心をむしばむような『嫌な感じ』がまとわりついてたまらない。
そりゃあ、ルーやサイア爺の時のことを思えば、こんなもの100倍希釈の乳酸菌飲料みたいなものだけど。それでも、一刻も早くスッキリさせたい。
「それなんだけどねえ、中々難しいんだよ? 一応、僕たちもロクサレン代表だし。下手すると、弱ったマウーロをロクサレンが侵攻し始めた、なんて言われたりしてさ~。しかも、何て言って祓うの? ユータが?」
「そこは、セデス兄さんがやったということに……」
「できるわけないよね?! 魔法も使えないのに?! そもそも僕がやってもダメだけど」
ああ、面倒くさい! やっぱり一筋縄ではいかない……。
『あるじゃない、あなた以外の者をスケープゴートにできるものが』
まふっと弾んだモモが、当たり前のようにそう言った。
「それって……」
オレは全く気乗りしないまま、渋々セデス兄さんを見上げたのだった。
「――すみません、こんな格好で。ロクサレンの方から、というと……ご支援にいらして下さったのですか?!」
寝間着姿でカウチソファに横たえられているのが、村長だろう。比較的体調の良さそうな村人たちが、病床の村長をお世話しているよう。
期待に目を輝かせたご老体は、気の毒そうなセデス兄さんの表情で察したらしい。
「……そう、ですか」
みるみるしぼんでいく希望と共に、村長さんの命までしぼんでしまいそうで、オレは思わず飛び出して痩せた身体をさすった。
「ご理解いただけると思うけれど、直接僕たちが支援をするには、マウーロ側の許可が必要だからね。とはいえ、この状況。マウーロ領主には重々伝えておこうと思う」
「……痛み入ります」
頭を下げつつ、無念そうな様子が見て取れる。
と、何か続けようとした村長さんを遮るように、鋭い声が割り込んだ。
「言ったって、無駄ですよ。知ってますから」
吐き捨てるような物言いは、村長の傍らにいた若い男性から。
「も、申し訳ない! この通り、手が回らず教育の不十分な者を使っておりますので……! どうか!」
顔色を変えた村長さんが大慌てで頭を下げているけれど、セデス兄さんがそんなことで目くじらをたてるはずもない。
こんな時に使える王子様フェイスで、余裕の笑みを浮かべた。
「へえ? 知っているのに放置しているってわけ? 詳しく知りたいな」
まさか貴族から返事があるとは思っていなかったのか、一瞬怯んだものの、青年はキッと視線を険しくしてこちらを見つめた。
「そうです! だって、村長から何度も報告したし、村の者だって何人も直訴に行ったさ! だけど、医者も、薬のひとつも寄越さない……!」
「役人が見に来たこともある! 絶対に知っているはずだ!」
釣られるように他の青年も声を上げ始め、村長は力なく項垂れた。
握った拳が、食いしばった歯が、彼らの状況を雄弁に伝えていて、胸が痛い。
「――なるほど? それが本当なら、国へ報告した方が良さそうだね。さて、それはそれとして……僕、ロクサレンの特産品を売りつけに来たんだけど、どうかな? 買ってくれる?」
「何を――!」
憤怒の形相となった青年たちを抑え、村長さんが向き直った。
「と、言うと……?」
「酒作りに使うコムが余っちゃってね。平民なら食べるかと思って、コム飯を作ってみたんだ」
嘘くさい笑みの真意をはかりかねて、青年たちも訝しげな顔で口を閉じた。
目配せを受け、ローテーブルに歩み寄ったオレは、大きなお盆にいっぱいのおにぎりを取り出してみせる。
「これは……。分かりました、もちろんでございます。お支払いは……?」
「え? そうだなあ……金貨5枚でどう?」
ピクッと反応した青年たちが、おにぎりを睨み付けながら悔しそうな顔をする。あまつさえ、『足元見やがって』なんて聞こえてる、聞こえてるよ!
「お支払いしましょう。ご来訪、感謝いたします」
深々頭を下げた村長さんが、青年たちに取り急ぎ指示を出している。多分、おにぎりを分けて食べなさい、配りなさいって感じかな。オレたちがまだいるっていうのに、それほど切羽詰まっているんだろう。
ところが、そこで押し問答が始まってしまった。
「俺たちはまだ元気です! 村長が先に!」
「私はもう、ほしくないのだよ。結構だ」
生唾を飲んでいる若者と比較して、村長さんは本当に不要そうに首を振っている。多分、強がりでもなく身体が弱って食欲もないのだろう。
「一人でそんなに食べられないでしょ。ユータ、残りはそっちに置いてくれる?」
言われるまま、テーブルごと取り出したおにぎりの山。
足りるでしょう、これだけあれば。お粥にしちゃえばもっと増えるし。
「いや~いい取引ができたよ、腐ってしまうところだったからね。せいぜい頑張って食べて」
あんぐり口を開けた面々が声もなく立ちすくむ中、セデス兄さんが優雅に立ち上がった。
「じゃ、支払いは帰りまでに用意しておいてね」
再度の目配せに頷き、オレはまだ呆然としている村長さんたちに駆け寄った。
「これ、あげゆ。天使様。ここ、村の真ん中らかやね、天使様、飾って。そしたやね、そしたや、天使様がみんな守ってくえゆから」
なるべくアゲハを真似てたどたどしく言いながら、ポータブルサイズ天使像(ラキ習作)をシワだらけの乾いた手に握らせた。
「天使様に、お祈りするね。元気に、なりますように」
きゅっと手を握ってから、踵を返して手を振った。
どうだ、こんないたいけな幼児にもらった天使像、たとえ悪魔崇拝者でも飾る気になるに違いない!
オレは赤面する顔を見せまいと、セデス兄さんをぐいぐい押して部屋を出たのだった。