898 まずは形から
「お、おお……聞きしに勝る……!」
「すごいですね……?!」
……まだ、何もしていないです。
アルプロイさんとタジルさんの賞賛(?)に、ほんのり決まり悪くなって聞こえないふりをする。
だってオレ、キッチンを立ち上げただけなんだけど。
随分早く予定の野営地に着いたオレは、さっそくカレー作りに取りかかっていた。
「さあ、時間はあるし、みんなで頑張ろうね!」
きゅっとエプロンを結んでにっこりすると、各々キョトンと不思議そうな顔をする。
「みんなって、もしかして全員で作るの?」
エプロン装着にもたつくセデス兄さんを手伝いながら、当然だと頷いた。
「もちろんだよ! カレーはみんなで作るものだから。あ、御者さんはいいよ、お馬さんの世話があるもんね!」
「我らも護衛という任務があるのですが……」
「テントの設置なども、お任せ下さい」
苦笑するアルプロイさんと、いつでもやる気満々のタジルさん。だけど、今やらねばならないことは、こっちだよ!
「護衛は大丈夫、モモシールドがあるし、シロもラピスもチャトもいるから。テントはカレーを煮込んでいる間に設置できるよ。ちなみに、オレとセデス兄さんの分はいらないよ? こうして……一瞬だから!」
設置地面ごと、ドンと取り出したテントに、二人があんぐりと口を開けた。
……戦闘訓練とかは一緒にやっていたけど、そういえば魔法はあまり見せる機会がなかったかもしれないね……。
「だから、二人もカレー作りを手伝ってくれる? そうしたら、後から自分でも作れるから食べ放題だよ!」
ジフ特製ルーは、兵士さんになら分けてもらえるだろうし。
そう言った途端、二人が目の色を変えた。
「ほ、本当ですかっ?!」
「あのカレーを……食べ放題?! それはなんと魅力的な……」
打って変わってすごい食いつきだ。だけど、兵士さんにだってもちろんカレーの配給はあったはずなんだけど……。
「ユータ様? 我ら、兵士ですね?」
「う、うん」
どこか凄みのあるアルプロイさんの微笑みに、戸惑いながら頷いた。
「カロルス様ほど、とは申しませんが、どのくらい食べるとお思いで?」
「あー。なるほど……」
カロルス様やタクトクラスの人が、大勢。
うん、それは、無理だね。
切なげなタジルさんの瞳が、カレーへの切望を物語っている。
「じゃあ、二人も一緒に作ることに異論はないね? 頑張れる?」
「「はい!!」」
良い返事だ。今宵のカレーは、きっとひと味違うだろう。
「えっと、じゃあ二人のエプロンは……」
まずは、そこから。セデス兄さんのエプロンは、ラキのを借りた。少々丈は短いかもしれないけれど、まあエプロンだし。
もっと持っているように思ったけれど、大体ロクサレンのキッチンに置いてあるので、あとはオレの予備とタクトのエプロンしかない。
「二人は、これ着けてね! 小さいけど、前が隠れればそれでいいから……」
「ユータ? どうしてそんなに目を逸らしてるのかな?」
二人の顔を見ないように差し出したのに、セデス兄さんってば目ざとい。
「エプロン……ですか……。あの、着けないわけには……?」
若干引きつる顔で受け取ったアルプロイさん。オレは、悲しい顔で首を振った。
「だって、カレーを作るんだよ……? ロクサレンの紋章のついた鎧とか衣装とか、汚れちゃったら……ね?」
「ぐっ……仕方ありますまい。さあ、タジルも」
「は、はい……」
それぞれ手に取ったエプロンを広げ、しばし無言の時間が流れた。
いぶし銀な魅力溢れる老獪な兵士の手に揺れる、ふりふりキュートなエプロン。
あ、オレの予備……アルプロイさんに渡ったのか。
タジルさんが二度見して、自分の手にあるエプロンを見つめて。
「ア、アルプロイさんっ! こっちを!」
「タジル……。しかし」
「いいえっ! 俺っ、俺……そっちを着たいので!!」
震える手で自分のエプロンを差し出し、代わりにふりふりエプロンを引ったくった。
「美しい師弟愛だねえ……」
セデス兄さんがうんうん頷いている。
そ、そうかな。
とりあえず、どうやって着たものか悩む二人を手伝って、やっとスタート地点だ。
「…………」
似合わないねえ。やっぱり兵士服にエプロンって不釣り合いかもしれない。
アルプロイさんってどちらかと言うと細身だと思っていたけど、タクトのエプロンでもピチピチだね。
タジルさん……タジルさんは……。
丈の短さとふりふりが相まって、コスプレメイドエプロンみたいで――いや、やめておこう。
生真面目な顔とのミスマッチ感が、見れば見るほど腹筋に来る。
セデス兄さんがもう息をしていない。
「あの、ごめんね……? エプロンが必要だって思わなくて」
「私もまさか、エプロンが必要とは思いませんでしたから。お気になさらず、着てしまえば私には見えませんので、何とも」
にっこり笑うタジルさん、強者だ。さすが、精鋭。
その時、ふいに一陣の風が吹き抜けていった。
無言で視線を交わすオレたちの頭に、見覚えはあるけれど身に覚えのない装飾品。
「……オレたちだけじゃなかったの?」
「まあ、表向きは? だってユータの初ダンスだしねえ……」
オレの頭にもちょこんと添えられた、マリーさんとお揃いの、アレ。
確か、名前はホワイトブリムとかいう……アレ。
「え、え? 何です、これ? いつの間に?!」
「しっ、タジル、静かに。動かずそのままで。それを取ることはまかり成らん」
さすが、アルプロイさんは心得ている。まさに、ロクサレンの精鋭。
「何が悲しくて、荒野の真ん中でこんな格好……」
セデス兄さんの悲痛な呟きは、静かな荒野にむなしく漂っていったのだった。
「――アルプロイさんとタジルさんは、お肉なら大丈夫だよね? ひとくち大くらいに切ってね! セデス兄さんはオレと一緒に野菜班ね!」
気を取り直したオレたちは、傾き始めたお日様の中、やっと調理を開始した。
急いでお米を準備しながら、3人へ指示を出す。
兵士二人組も、野営でお肉くらい焼くだろうから、任せられるはず。セデス兄さんは案外器用だから、お手本を見せれば大丈夫。
「どうしてそんなに皮が繋がっていくわけ? ぼたぼた落ちちゃうんだけど?」
手早く炊飯準備を終え、しゅるしゅる野菜の皮を剥くオレを見て、セデス兄さんが不服そうに言う。それはもう、腕と経験の差ってやつだ。
「ユータ様、肉は終わりました」
「ありがとう! うわ、でっ……まあいいか! じゃあ、この皮を剥いた野菜もひとくち大に!」
彼らのひとくちってこんなに大きいんだろうか。だけど、初めての料理だしね! そこに文句はつけまい。
皮をむき終わったオレたちも参戦し、野菜カットも間もなく終了。あとは炒めて煮込めば良い。
オレが親しんだ、ジャパニーズ方式のカレーだ。
「そっちの野菜も入れ……ちっちゃ?!」
彼らのひとくち大が、今度はオレのお口サイズになっている。確信犯だね……? 野菜もカレーに入れれば美味しく食べられると思うから! ちゃんと食べてね?!
さあ、大鍋で炒めにかかったものの、大量のカレーにしたもんだから一苦労だ。
「ユータ様、お任せ下さい!」
オレが一生懸命ヘラを動かすのを見て、タジルさんが代わってくれた。
「上手だね!」
「ありがとうございます。野営の食事当番は、下っ端がやりますからね」
微笑むタジルさんは、さすが兵士。メイドさんにも引けを取らないくらい力持ちだ。
ホワイトブリム効果も相まって、立派にメイドさんに見える。
『間違ってないけど違うのよねえ』
『主ぃ、それってロクサレンでしか通じない言語なんだぜ!』
それもそう、と笑いつつ、十分炒められた鍋の中へ水を注ぐ。
「はい、あとはアクを取りつつ煮込むよ! ルーは最後の方に入れるからね。じゃあ、テント張る?」
「あの、手順はこれだけですか?」
「これで、カレーになるんでしょうか?」
半信半疑の大きいメイドさん二人へ、ふふんと胸を張る。
「そう! これだけなの! すごいでしょう、カレーって」
二人のキラキラした視線が心地良い。
食べたら、きっとまたビックリするよ。
きっと、オレたちが作ったカレーは、ロクサレンで食べたカレーより美味しいから。
チラチラ鍋を気にする3人にくすっと笑い、オレは副菜準備に取りかかったのだった。
完売しない予定だった「りゅうとりと まいにち」完売しちゃいました!
ありがとうございます!!