897 方針について
「今から緊張してどうするの……。発表会じゃないんだから」
呆れ顔のセデス兄さんが、馬車の向かいで頬杖をついている。
パーティ会場、もとい招待された領地まで、馬車で二日ほどの距離だとか。
「オレにとっては発表会だよ……!!」
知らず入っていた肩の力を抜いて、むっと頬を膨らませた。
そりゃあ、他の人も踊っているわけで、個別に踊るわけでもない。幼児のダンスなんて、誰も注目しないだろうとは思うけれども!
『注目するに決まってるのよねえ』
『主、そんな心配いらないんだぜ! 大丈夫、会場中の目を奪うこと間違いなしだぜ!』
落ち着くためにモモを揉んでいるっていうのに、ちっとも落ち着かせてくれない。
そんな保証いらないんだよね。オレ、注目されないことを心配はしていないんだけど。
「ひとまず、パーティより先にすることがあるからね?」
言われて、ハッとセデス兄さんを見上げた。
「そうだよね! 視察の方に意識を逸らしていれば、緊張せずにすむ……!」
「うん、視察ってそんな動機でするものじゃないんだけどね」
今回、パーティ参加という名目ではあるけれど、相手方もこちら側も思惑は別にある。
だって、招待してきたのは、マウーロに隣接する土地の領主だから。
物理的距離以外にも、かなり近しい間柄の領主だとか。つまり、確実にマウーロの領主も参加している。オレたちに声をかけるよう、マウーロの領主が泣きついたんだろうか。
多分、あの時オレを見て、何かしらダシに使えると思ったんだろうな。
それにしたって、領民が困窮しているって訴えておいて、パーティに赴いていいんだろうか。
オレやセデス兄さん相手ならどうとでも、と思われているのかもしれない。
ただロクサレン側としても、領民が本当に困窮しているのなら、何かしら理由をつけて強制手出しや貸しを作る必要があるとのことで……。
不本意ながら、双方の利害が合致した結果の犠牲者が、オレたちということ。
「でも、『何かしらの理由』なんて見つかるもの?」
普通に援助すればいいのに、大人って難しいね。
「さあね~? そこは、まあ、頑張ってよ」
「オレが?!」
ちょっと、次期領主?! このままじゃカロルス様と大差ない領主が誕生しちゃうよ?!
オレがきちんと見ておかなくては! と慌てて貼り付いた窓の外は、まだ荒野が広がっている。
ロクサレンの北部にしてもそうだけど、この辺りは海底隆起でできた土地なのか、塩害で作物が育ちにくいらしい。
てっきり、カロルス様たちが色々ぶちかますから荒野なのかなと思っていたんだけど、それだけじゃなかったらしい。
「ウチもそうだったけどさ、ここらは荒涼としてるよね。だから困窮しやすいのかな。ウチはさ、ほら、ある程度力業で解決できるところがあるから」
それはそう。ある程度どころか、ほぼ完全カバーできる程度ね。
野菜が採れなくても魔物は狩れる。海に出れば大型がいるし。
「でもさ、それだと元々農作は限定的だったわけでしょう? なら、不作だったとして、それほど影響出るのかなあ。食料は他で調達していたはずなのに」
領主がわざわざ生活が困窮、というなら食うに困る飢饉のレベルってこと。
「他からの供給を止められるような工作をされているなら、まずそれを訴えるだろうしね」
「マウーロ以外も困窮して、供給が途絶えてるなら分かるけど……。そっか、災害とか魔物とか、そういうこと?」
それなら、マウーロだけが困窮していることもあり得るかも。
「いや~頼もしい幼児だね? ねえ、今から名前交換しない? 僕ユータって名乗るから」
ふうむ、と真面目に考え込んでいたのに、次期領主ときたら、既に立場からの逃走を試みている。あんなに反面教師を見ているっていうのに、効果はないらしい。
「じゃあ、オレがセデス兄さん?」
「そう! セデス兄さん(小)ってば頼れる~! 僕、弟(大)として誇らしいよ!」
兄を抱き上げた弟が、ぎゅうっと頬ずりした。
悪くない。悪くないけども。
まあ……言うまでもないことはオレにだって分かる。
『どんな茶番だ』
だから! 分かってるってば!
「……でも、正直オレたちだけで本当に良かったの?」
オレたち、と言うか多分セデス兄さんのみ、という扱いになると思うけれど。
「しょうがないよ、母上が動くには相手が小さいし、父上はそもそもパーティに参加しないから。こんなところに急に参加したら大騒ぎだよ」
面倒だなあ。パーティに参加するだけで、相手を特別扱いしていることになるなんて。オレは、いっぱい参加しておこう。そうしたら、どこに参加しても『特別』なんてことにならないもの。
「ふふ、そうしたらユータはずうっと、パーティに参加し続けなきゃいけないだろうね? だけど、それもいいかも。僕の代わりに、ありとあらゆるパーティに参加してくれれば」
前言撤回。やっぱり、貴族って難しい……。
大人になりたくないな、なんて今初めて思ったかも。
辟易して座席に伸びていたら、前の小窓からノックの音がする。
どうやら、もうすぐ野営予定地らしい。
実は外でシロが併走しているから、全然魔物が出なくて、予定より随分早い到着のよう。
「僕、野営が楽しみだな! だってユータとの野営だからね?」
狭い馬車内で伸びをしたセデス兄さんが、そう言ってイタズラっぽくオレを見る。
そうか……そうか! 緊張ですっかり頭から抜けていたけれど、これってセデス兄さんとの二人旅(護衛付き)……! せっかくだもの、楽しまなきゃ!
「今日はどんなメニューかな? 父上もいないし、めいっぱい楽しめるよね!」
……そっち? オレとの旅の価値って、そこにしかないの?!
「じゃあ、セデス兄さんにだって手伝ってもらうからね?!」
「え~いいけど、僕が手伝った方が時間かからない? 何作るの? カレー?」
それはカレーがいいというリクエスト? 簡単だけど……ロクサレンでも散々食べてるよね?
オレは窓から顔を出して、護衛の人にも声をかける。
「ねえアルプロイさん、夕食は何がいい?」
今回ついてきてくれているのは、精鋭も精鋭、アルプロイさんとタジルさん。
「私どものことはお気になさらず……と言っても、ユータ様は皆の分を作って下さるおつもりですな? なら、タジルに聞いてやってください。年寄りは食もそう進みませんから」
さすが、アルプロイさん。作る作らないで押し問答せずにすんで、にっこり笑みを浮かべた。
それなら、と反対側の扉を開けると、タジルさんが即座に戦闘態勢を取った。
「ユータ様……何かありましたか?」
オレを認めて鬼気迫る形相を少し和らげ、厳しい表情で周囲を見回している。
タジルさん、あのね……オレ、あのときと違うから、そんな魔王城にカチコミに行くような気迫はいらないんだよ?
「タジルさん! 方針について、決めてほしいことがあって」
「はい! しかし、私が? 護衛の件であれば、アルプロイの方へ……」
「ううん、タジルさんが決めてって」
「は、それは……。分かりました、何なりと」
ごくり、喉仏を上下させたタジルさんが、沙汰を待つ罪人のような顔でオレを見つめる。
「今日の夕食、何がいい?」
真剣な眼差しで、しばし空白の時間が流れた。
「ゆう、しょく……?」
考え込まないで! 恥ずかしくなってくるから! 隠語でもないし婉曲表現でもないし深遠なる意味が隠されていることなんてないから!!
「そう、夕食! タジル君もさ、カレー、食べたくない?」
オレの後ろから顔を突き出したセデス兄さんが、そんなことを言う。セデス兄さんが言ったら『うん』って言うしかなくなるでしょう! そもそもカレーが良かったんなら素直にそう言ってよ。
「え、ええと、はい、ええと?? カレーは、はい。食べたいです……?」
分かってない。タジルさん、言語が通じてない。
でもまあ、料理初心者が作るなら、カレーでいいか!
方針の決まったオレは、翌日からのメニューについて考えを巡らせ始めたのだった。
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