895 巻き添えは多い方がいい
「どうしてオレが?! オレ、まだ子どもだもの! ダンスできなくてもきっと大丈夫だよ!」
「甘いね、貴族の怖さを知らないからそんなこと言うんだよ? 踊らなくていいからお越し下さいって言われるでしょ? で、いざ行ってみたら一番目立つ場所で1曲どうぞ、なんて言われたりするんだよ?」
それは……嫌だ。だけどそれって、セデス兄さんだからじゃない? みんな王子様が踊ってるところを見たいからじゃないの?
『そうだとしたら、今回も踊る羽目になるんじゃないかしら?』
言われてハッとした。
そ、そうか……セデス兄さんがオレしか連れていっていなかったら……!
「セデス兄さん、他の人を連れて行けばいいじゃない! エリーシャ様は?!」
「さすがにね?! 僕が母上を連れて行くのは問題あるんじゃない?!」
「じゃあカロルス様でもいいから!」
「もっと問題だよね?!」
言い争う間にも、セデス兄さんはスタスタ廊下を歩いて行く。
「恋人はいなくても、友達くらいいるでしょう?!」
「どうしていないって断定したのかな?! だって、友達の中から適当に誰か選ぶと、後々面倒で……」
うんざりしたセデス兄さんの顔を見上げ、何となく察した。
きっと、適当に選んだことがあるんだろうな。うん、そりゃあ後々大変だと思うよ。
「とりあえず、オレがペアなのも問題あるでしょう?!」
まんまと大ホールまで連れて行かれたオレは、必死の抵抗を続けている。
「ないない、かわいい~って場が和むだけだから! あと、いいお兄さんだねって言われるだけ。つまり、ユータと行くのが最適解なんだよね」
絶対ほかに最適解があったと思う!
「とにかく、僕はユータに決めたから。だから、一緒にダンスの練習しよう! ユータだって、さすがに全く踊れないとカッコ悪いと思うでしょ? 父上だって踊れるよ?」
カロルス様のダンスか……それも見てみたい。練習していたら、そのうち見せてくれるだろうか。
「貴族ならいずれ絶対に必要になるから、今覚えれば早いでしょ?」
確かに今後、貴族とも関わる高ランク冒険者となれば、ダンスのひとつやふたつ、覚えていなくては話にならないかもしれない。
「ユータ様は何でもすぐ覚えてくださいますから! ダンスもすぐできますよ」
どこからともなく出現したマリーさんにビクッとしつつ、オレは胸を張った。
「オレ、いろんな舞を覚えてるからね! 一般的なダンスくらいなら、きっと覚えられるよ! セデス兄さんより上手になっちゃうかも」
「へえ? 僕だってダンスは結構褒められるんだから。ずっと踊っていればいい、って言われるくらいなんだよね」
それは、褒め言葉だろうか。ご友人はセデス兄さんのことをきちんと理解できているらしい。
「マリーは楽しみでなりません! さあさあ早く始めましょう! まずはユータ様にお手本をお見せしますね」
「うん! ばっちり覚えるから」
ちなみに、オレが覚えるのはセデス兄さんの方だからね? マリーさんの方は覚えないからね?!
見よう見まねしながら覚えようと、オレも向かい合った二人に倣ってポーズを取った。
ちらりとオレを見たセデス兄さんとマリーさんが何やら視線を交わし、すっと手を移動させ――
「わあ……」
真似するのも忘れ、つい見入ってしまった。
マリーさんの手がささやかにセデス兄さんを支え、くるり、くるりとまわる。
彼の肢体のしなやかさを見せつけるように逸らされた背中、そして捧げるように晒された喉が扇情的。
腰から下はぴたりと寄り添い、難なく踏むステップが寸分の狂いもなく互いの足を追いかける。
「――と、こんな感じ。かなり久々だけど、覚えてるもんだね」
思わず拍手していたオレは、思ったよりも高い難易度にみるみる自信がしぼんでいくのを感じた。
一人で舞うものと違って、相手がいる舞って難しい。相手に合わせなきゃいけないんだもの。
「さて、じゃあユータも練習しようか」
「パーティまで、あんまり日にちないよね? そこまで完璧にできるかな……」
「練習相手ならここにいるわよっ!」
ばーんと扉を開いて飛び込んできたのは、案の定エリーシャ様。まあ、来ると思ったけれど。
「ユータちゃん、心配いらないわ。マリーと私が交代で練習相手になるから、床がすり減るまで練習できるわよ!」
満面の笑みで告げられた言葉に、思わず頬が引きつった。そ、そんなの床より先にオレの足が、いや心がすり減ってしまう。
「えーと、ほどほどでいいからね? 今回はそれなりに踊れればいいから……」
とりなすセデス兄さんに感謝の目を向けたところで、マリーさんが難しい顔をする。
「そうですね、ユータ様とセデス様ですと身長差が大きいですから、かなり独自のスタイルを入れる必要もありますし……完成度は徐々に高めていくしかないですね」
そうそう、いきなり完璧を求められても――えっ……独自スタイル? そして今回で終わりじゃないの?
「そうね。ユータちゃんとの身長差、そして身体能力を活かしきった素晴らしいダンスにしなくてはいけないものね!」
深々と頷く二人が、くるりとオレたちの方へ向き直る。
「「さっそく、始めましょう!」」
その『圧』に、オレたちは思わず一歩後ずさったのだった。
「――なんでこう毎回色々なことが、『大変度合い倍』になって降りかかってくるのかな……」
シロに抱きついて顔を埋めていると、優しいシロが一生懸命慰めてくれる。
『ゆーた、いっぱい頑張ったね! 上手だったよ! ぼく、一生懸命応援するからね!』
冷たく濡れた鼻が、毛並みに埋まったオレの頬を掘り出した。フシュフシュ鼻息が耳にこそばゆく、大きな舌は、やたらめったら頬を舐めにかかる。
「あ、ありがと! でも、べたべたになっちゃうよ!」
くすくす笑いながら大きな鼻面を押しやって、ごろりと向きを変え水色の瞳を見上げる。
「ユータだからしょうがないね~」
「大体お前が発生源だからじゃねえ?」
「そ、そんなことないでしょう! 特に今回なんてさ!」
疲れ切って寮に戻ってきたというのに、同居人たちのこの冷たい仕打ち。いつも優しいのはシロだけだ。
「で、ダンスってどんな感じなんだ? 大体覚えてきたんだろ?」
暗に見せろと瞳を輝かせているけれど、一人ではできないもの。
「タクトが覚えるなら、見せてあげられるけど?」
「じゃあいらねえ」
あっさり興味をなくしたタクトに、思い切り頬を膨らませた。ランクアップしていくなら、こういうことだって必要になる……時もあるって!
「この機会に、タクトも覚えれば良いよ! 高ランク冒険者には必須だよ?!」
「なんでだよ!」
ふむ、案外いいアイディアかもしれない。巻き添えは多ければ多いほどいい。オレだけが苦労するなんてつまらない。
「よし、今ならマリーさんたちが教えてくれるから! 二人も一緒にやることに決まり!」
「決めるなよ! マリーさんたちなら、いつでも教えてくれんだろ!」
それは、間違いなくそう。いつ何時でも喜び勇んで教えてくれるに違いないけれど。
「ふふ、僕はある程度踊れるよ~?」
言い争うオレたちの横で、さらっと流れたセリフ。
「「え?! なんで?!」」
だってラキ、貴族でもないし……そんな機会ある?!
「パーティに参加してって言われたことがあって~。その機会に教えてもらったんだよ~」
いつ?! 誰に?!
愕然とするオレたちに苦笑して、加工関係の作品展を兼ねたパーティだと言う。
そ、そうか……それなら、まあ……。
と思ったところで、さらなる爆弾が投下される。
「だからそれ以来、ちょこちょこ相手役頼まれるんだよね~。相手を探すのって案外大変みたいでね~」
どこで僕が踊れるって知ったんだろうね~なんてのほほんとしているラキ。
それって……それって、やっぱり相手っていうのは……その、女の子、なわけで。
だ、だってあんなぎゅうっとくっついて踊るんだよ?!
思わずオレの方が赤面してしまう。
「え……じゃあ、踊れねえの俺だけ?」
戸惑うタクトが揺れている。
「一人だけ踊れないとか、格好悪いよね! Aランクの冒険者がパーティに呼ばれて、みんなの前で踊れなかったら恥だよね?! カロルス様だって踊れるんだよ?!」
ここぞとばかりに揺さぶりをかけたオレは、まんまと全員でダンス特訓する約束を取り付けたのだった。
コッソリ……!!
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