893 慈善事業
森人の薬膳料理ってすごい。
「本当に平気なの?」
オレは、疑り深い目でタクトを見上げた。
朝の鍛錬をすませてきたらしい彼は、被ったタオルで汗を拭いながら、呼吸を整えている。
「おう、全然問題ねえよ」
にっと浮かべた笑みが、本当に嬉しそうで。
タクトにとって身体の自由が利かない数日が、どれほどストレスだったのかうかがえる。
「プレリィさんに習ったんだろ? あれ、ユータも作れんの?」
簡単に言ってくれる。
「タクトが、習っただけでカロルス様の剣技を使えるなら、オレも頑張ろうかな」
「え、そんなに?!」
うん、そんなに。
一応、考え方の基本だとか、主に使う薬草だとか、諸々聞きはしたけれど。
「あれ、森人くらいの寿命がないと無理じゃないかな……」
膨大な知識と、経験。料理だなんて言えない……あれは、緻密な治療薬の調合だ。
オレの方は薬膳の知識って言ったって、おばあちゃんの知恵袋的な内容でしかない。薬膳なのかすらアヤシイものを提供して申し訳ない限りだ。
「だけど、この世界でもちゃんと栄養とか、バランスいい食事だとか、そういった考えがあるんだね」
使われる言葉は違えど、プレリィさんの説明する端々にその片鱗を感じる。だから、彼の料理はバリエーション豊かなんだろう。
だけど、肉、肉、そして肉! の世界にも理由がある。
活動量が違うし、体格が違うし、何より寿命が違う。
健康に気を付けた食事をしたところで、外的要因での死亡リスクが高すぎるから。
「それでも、美味しく食べられるなら、バランスいい食事だって広まるといいよね」
ロクサレンが食の発信地なら、そういった考えも広められるといいな。
「そんなに何もかも、ロクサレンから広めなくても~」
ラキがくすりと笑って、オレはハッとした。
「そ、そうだよ! あんまり儲けていると思われると困るから! だからここらでどーんと慈善事業でもして、世間の目を逸らそうと思って!」
「随分不純な慈善事業だね~」
「い、いいの! 結果的に人の役に……役に立つかな? 天使教の教会って」
ふと、考え込んだ。
天使教って御利益が望めないのだけど……あの、それって、いわゆる……詐欺、に当たったりなんて。
ロクサレンの教会はいい、だって一応御利益あるもの。天使像に生命の魔石が入ってるから、ほんのり体調がよくなったりするかもしれない。
じゃあ……入れればいいってことだ! こっちの天使像にも生命の魔石を!
幸い、と言っていいものか、次の召喚に備えて生命の魔石は暇を見つけては作り貯めているから。
もったいないけど、詐欺になるよりはいい。
「あ! もしかして、カロルス様たちがもう天使像を作ってたらどうしよう?!」
まあ、床下に埋めるとかでもいいんだけど、どうせなら天使像に入れた方が気分的にも格好いい。
「もしかして教会を建てるの~? 天使像、これから作るの~?」
ラキの瞳が鋭く光った気がする。
「天使像の製作者、募ってない~? ここに、ユータをよく知る適任がいるんだけど~?」
「どうしてオレを知る必要が? だけど、ラキならちょうどいい!」
互いの視線が、探るように交差する。
「……オレ、天使像にちょっと内密の細工をしたくて!」
「……僕、天使像が作れるなら、ちょっとした細工なんて気にならなくて~!」
オレたちは柔和な笑みを浮かべ、しっかり握手を交わした。
「なあ……それって慈善事業なんだよな……?」
タクトだけが、薄ら寒そうにオレたちを眺めていたのだった。
さっそくロクサレンへ転移したオレは、執務室に飛び込もうとして踏みとどまった。
「――ですが、我々はもう限界です! 私に落ち度はあれど、少しの支援くらい……!」
「ご事情は拝承いたしましたが、今後の対応につきましては後ほど書状にてお知らせいたします。本日はお引き取りくださいますよう」
縋るような声と、対する淡々とした声。
これは、今入ってはいけないやつだ。
「ま、待ってください! せめて、領地の様子を見てもらえれば! そうだ、息子様はどうです? 視察を兼ねて――」
「書状にて。どうぞ」
ノブにかけた手を引っ込め、そろりと方向転換しようとした時、扉が開かれた。執事さんが退室を促しているのだろう。そして、オレの方は室内の見知らぬ男性と目が合ってしまった。
見つかってしまえば逃げるわけにもいかない。
「こんにちは。お取り込み中失礼いたしました」
招かれざる客のようなので、愛想程度に微笑んでそそくさと退散……できなかった。
「君、君は?! ご子息かね? どうか、君からも――」
必死の面持ちで両肩を掴まれ、少し驚いた。
途端、びりりと冷気が走る。
「……お引き取りを」
あくまで『冷淡な執事さん』だった人が、一気に魔王の気配を漂わせた。
蒼白になった男性は、がくがく頷くと、供と一緒に一目散にまろび出て行ってしまう。
「ユータ様、すみません。お見苦しいところを」
「はあ……やっと行ったか」
適温に戻った執事さんが眉尻を下げ、一言もしゃべっていなかった割に、大仕事を終えたようなカロルス様が背もたれにのけ反った。
「どうしたの? あれは誰? 何を支援してほしいの?」
「マウーロの領主だな。ついに自らやって来た部分は買うが」
聞いたことあるような……。あ、学会の辺りで援助希望のお手紙を寄越してた人だ。あのときも、カロルス様は全然真面目にお手紙読んでなかったもんね。
「支援、してあげないの?」
何の理由もなく方々へ支援はできないだろうけども。でも、頑なに拒む理由は何だろうか。
「まあな、領民が実際困ってんなら、支援はいるだろうと思うんだが」
カロルス様が、ちら、と執事さんを窺った。
「そのような理由で支援する領主などおりません。仲良しこよしではないのです、きちんとメリットを提示できないような男を支援しては、依存するだけです。国中の領主を支援するつもりですか」
ご、ごもっともだ。
そうだよね……思わぬところで、オレにも被弾して少し項垂れる。
「ユータ様が個人で行動することまで、損得重視でなくとも良いのですよ? それは個々の行動原理次第でしょう。ただ、領主がそれでは困ります」
「じゃあ俺が個で動くから、お前が領主をやればいいじゃねえか。そっちの方がずっと向いてんだろうが」
「いいえ、私には向いていません」
「俺にも向いてねえわ!」
きっぱり言い切った執事さんに、カロルス様が不服そう。
「でも……随分必死だったけど大丈夫なのかな?」
「あれは半分演技ですね。あの男自身は悠々自適なようですから」
ええ……大人って怖い。どうも、確かに領民は苦労しているようだけど、領主自身の生活水準は変えていないらしい。だから困窮しているんじゃ……。
「そういうことですね」
オレは、はっきり悟った。領主にはなれないなって。
カロルス様より酷いことになりそうだ。
*****
衝撃を受けた様子で退室するユータを見送り、室内の二人は視線を交わした。
「で? 実際どうすんだよ。放っておくのも後味悪いだろが」
「まったく立て直す気がなさそうですからね。以前の調査よりも状況は悪くなっているでしょうし、領民を救う手立ては必要でしょうね。ただ、半分は演技ですが、残り半分が気になります」
「エリーは?」
「念のため、お手紙をしたためていらっしゃいます」
「じゃあもうお任せでいいんじゃねえ? 領主、めんどくせえ……」
ぼやくのを聞き流し、グレイはそういえばユータは何の用で来たのだったかと首を傾げたのだった。
プレゼントSS第二弾、もふしら閑話・小話集(N8399GE)の方で更新してます!
またもや長くなってしまった……!
あとデジドラの方(N9707IK)のSS集「りゅうとりと まいにち」はBOOTH倉庫に送ったので数日後に販売開始されると思います!通販はこれで終了しますね!