888 ズルをする
眩しくて何も見えない。だけど、きっと空中に放り出されたはずで。
「モモっ!」
『もう! スライム使いが荒いと思うわっ!』
ちゃんと返ってきた返答に安堵する。これで、みんな大丈夫だ。モモが、ちゃんとシールドで受け止めてくれる。
オレの方も空中で身体を捻ったところで、サラサラした毛並みにすくい上げられた。
「シロ? ありがとう」
『どういたしまして! ねえ、噴水止めなくて大丈夫? ここも水浸しになっちゃうかも』
「大丈夫じゃないと思う!」
徐々に慣れてきた目をうっすら開けて、地面に手をついた。ほとんど手探り……魔力探り? でオレたちの飛び出てきた穴を塞ぐ。
「う、うううう~! 穴開けるよりずっと魔力使うぅ……!!」
ちょっとやそっとじゃ水の勢いに負けて、閉じようとした土が吹っ飛ばされてしまう。
「ふんぬうー!!」
もうヤケクソで叩き込むような魔力を込め、一気に数十メートル単位で塞いでやる。
土では心もとないので、そのまま石に近い硬度に。……これをやると、結構な魔力消費になるんだよね……。
「ピッピ」
「うっ……はあ、はあ……ティア、ありがとう」
繋いでくれた回路が心地いい。立て続けに魔力を失ってふらふらしつつ、ぺたんと尻をついて仰のいた。
「空……」
ああ、まだ日中だったんだ。
少し傾き出した日が、柔らかな光で周囲を満たしている。
丈の低い草が一斉に揺れて、しゃあっと音を奏でていく。
どこまでも広がる空間の中、ゆっくり、たっぷり、息を吸い込んだ。
濡れた土の匂い。踏まれた草の匂い。光にさえ、匂いがあるような気がした。
縮こまっていた肺が膨らんで、しぼむ。
身体がどこまでも広がっていくよう。知らず、閉塞感に息を詰めていたんだろうか。
「きれい、だね」
こんなに、きれいだったのか。
ふと見回すと、周囲の人たちも黙って目を開けていた。
そうだよね。きれいで、ビックリするよね。
邪魔をしないようそうっと立ち上がったオレは、倒れ伏している二人の元へ歩み寄ったのだった。
ことさらゆっくり走るシロ車が、不自然にガクリと揺れる。
海水に浸かった上に、水流に揉まれたり空中に放り出されたりしたシロ車は、相当ガタが来ていそう。逆に、シロが振り回しても壊れない強度だからこそ、もっているとも言える。
布団を敷き詰めた中、気だるい身体を起こして傍らの顔をのぞき込んだ。
「――大丈夫?」
「……全然」
目を閉じ横たわったままのタクトが、即座に返した。
寝ていなかったのか……目を開けもしないなんて、相当だ。
「ちょっと……シンドイよね~」
半身をクッションに預け、脱力していたラキが苦笑した。
周囲を見回してみたけれど、当然ながら見覚えのない土地。ここ、どこなんだろう。
人影も見当たらないし、そもそも人工物がない。元の場所にたどり着くまで、どのくらいかかるんだろう。
「休んでいろ」
「ユータ君、せめてこの道中くらいは任せて!」
目ざとくオレの様子に気付いたドースさんたちが、そう言って油断なく周囲を警戒している。
あれからビックリするくらい泣いた面々は、疲れ切ったオレたちの代わりにテキパキ出立の用意をして、あの場を後にした。
そして功労者兼、現負傷者(?)のオレたちは特別措置として、布団を敷いたシロ車でゴロゴロしている。
ゴロゴロ、というか動けないというか……。
まあ、オレはある程度大丈夫。舞の疲労感なんかにも慣れているし、みんなを召喚する時の方が魔力消費は激しい。
一番重症なのが、タクト。無茶したもんね……相当負荷がかかったろう。
もちろん、オレの体調がある程度回復してから点滴魔法はかけたけれど、怪我をしているわけじゃないし。
冒険者さんたちも、何なら商人さんたちもオレたちの代わりと言わんばかりに気合をみなぎらせているけれど、そんなに警戒しなくても、魔物は出ないと思うよ。
――鉄壁の包囲網を築いてるの! 安心して休むといいの!
頼もしい破壊神が、オレたちの周囲に広く円陣を組んで死のサークルを形成しているから。
包囲網ではないよね、なんてツッコむ気力もないオレは、もちろん今夜の夕食だって作れそうにない。
ああ、あったかいスープ……。冷たい果実水……。あと、今日はとろり、優しい卵粥がいい。
「腹減った……」
呟くタクトにくすりと笑った。お腹が空くなら、大丈夫そう。
だけど、夕食が侘しいと余計に重症化してしまいそうだ。
オレは暗くなってくる空を見上げ、ちょっとズルしてもいいだろうかと考える。
だって、オレたち十分頑張った。
「ねえ、チュー助――」
小さな耳にそっとお願いを吹き込んで、そわそわする胸の内を抑え込んだのだった。
「あまり、いい場所とは言えないがそろそろ野営の準備をしよう。しかし……不思議なほどに魔物が出ないな」
「なんかさ、ユータ君? 何かしてない?」
じとり、向けられた視線にビクッと肩を震わせ、首を振る。オレじゃない、ラピスだから。決してオレじゃない。
商人さんたちがなけなしのテント類を広げようとしたところで、唐突に呑気な声がした。
「愛の奴隷、アッゼさん登場ってな? お前、何やったの?」
覚えのある声に思わず笑みが浮かぶ。
「なっ……?! 誰だ?!」
「その目……魔族?!」
仰天するドースさんたちに慌て、アッゼさんに飛びついた。
「大丈夫! オレの知り合い!」
「保護者で~す。えーと、ロクサレンから厄介者の回収に来ただけなんで」
身構える面々の前で、アッゼさんがへらりと笑った。
「相当な実力者、だよね。ロクサレンからって……あっ、もしや連絡の取れる召喚獣ってやつで……?!」
「だとしても、どうやってあんたはここに?!」
そうか、そういうことにしていたんだった。オレは大きく頷いて話を合わせる。
「そう、一か八かだったけど、その召喚獣でロクサレンの家に連絡を取ったの。成功したみたい! このアッゼさんが転――」
「貴重な転移の魔道具を持ってきてやったってわけ。なんせ魔族なんで? 一人で扱えちゃうんだよねえ、優秀だから」
……そういうことにするのか。転移の魔法を使えるってバレるよりはマシってことかな。
「てことで、ちょっとチビたちだけ回収していくんで」
「本当に、大丈夫なのか?!」
不安げな二人へ、にこっと笑う。
「うん、だってオレが頼んで来てもらったんだよ?」
視線を交わした二人は、頷いて警戒を解いた。
「そうか。なら、頼む」
「彼らは、僕たち全員の命の恩人だ。ロクサレンか……探しに行くよ」
一歩引いた彼らが、アッゼさんに真摯な目を向ける。周囲の商人さんたちも、涙すら浮かべて頷いていた。
……うん? なんだかここでお別れみたいな雰囲気だな、と小首を傾げたところで、アッゼさんがラキとタクトも抱えて踵を返した。
「じゃ、そういうことで」
え、と零した時には、既に視界が変わっていた。
「ユータちゃん! ビックリしたわよ?! 何かあったんじゃないかって!」
「何かって……何があったかネズミが話してったじゃねえか」
「マリーは、マリーは心配で……!!」
「今度は一体何があったのさ? 聞くのが楽しみだね~!」
えーと、今オレをぎゅうぎゅう締めているのは誰の腕だろう。とにかく、それどころじゃない。
「ちょ、ちょっとアッゼさん! あれじゃ、オレたちがみんなを置いて行ったみたいになるよ!」
もちろん、みんなもロクサレンにと思ったんだけど。
来てくれるのがアッゼさんじゃなくても、カロルス様でもマリーさんでも執事さんでも、誰でもいい、誰か来てくれれば格段に事がスムーズに運ぶはずと思って。
当たり前のように最適解を寄越してくれたわけだけど。
「ユータ様、一旦はそれでいいのです。どのような人物か、見定めてからでも遅くはありません」
「執事さん、みんないい人だよ?」
「そのようですね」
にっこり微笑んだ執事さんの温度が変わらないから、彼らは合格だったみたい。何をしていたら不合格だったんだろう……。
「いい人っつうか、そんだけ恩を売ったんだろ。あの状況で、誰も一緒に連れて行けって言わねえもんな」
そうか……みんな、あんなに辛い思いをしていたのに。
あの場にどんな危険があるか分からないのに。
やっと助かった命なのに。
それでも、転移できると聞いてオレたちを送り出してくれたんだな。
それは、頭で思うよりずっと、ずっと難しいこと。
執事さんの合格ラインは、ものすごく厳しいな。
「とりあえず! 大丈夫なら早く迎えに行こう?!」
オレはもみくちゃになりながら、必死にアッゼさんへ訴えたのだった。
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