886 溢れる血潮
範囲は絞って、上の空間を念入りに……。
閉じた目の奥で、立体的な空間が描かれていく。
瓦礫の層の奥、本来の壁があるはずの場所。
「ある……多分」
脳裏に浮かんだ図面を重ねるように、うっすら目を開けた。
「どこだ、ユータ!」
「あるの~?」
期待のこもった視線を受けて、まっすぐ指さした。
「この……奥、地面よりカロルス様二人分くらい高い場所!」
「カロルス様でたとえるなよ……気が抜ける」
「想像しちゃったじゃない~」
文句を言いつつ、タクトが瓦礫撤去作業を始めた。
「こっちだって~!」
「何っ? 何か分かったのか?!」
「本当~に君ってヤツはさー!」
喜び勇んで駆け寄ってきた二人が、積み上がった瓦礫に顔を引きつらせた。
目印として青いライトを配置したら、あとはひたすら本来の壁が現れるまで単純作業をするしかない。タクトが。
「ぬああーーめんどくせえ!!」
『ぼくも手伝うね!』
重機が二台、地響きをたてて瓦礫を撤去していく。
「えええ……僕の知ってる身体強化じゃない……って言うかそれ犬?!」
「なんでこんな狭い範囲にトンデモが集まるんだ……?!」
やっぱり、タクトの身体強化レベルもトンデモ仕様らしい。そうだよね、マリーさんクラスだもんね。
「お前も見てねえで手伝えよ?!」
「え? オレが?」
思わぬセリフにキョトンと瞬くと、汗と砂まみれなったタクトが指を突きつけた。
「魔法があるだろが!」
……あ、そうか。力仕事はタクトとばっかり。
――ラピスが手伝ってあげてもいいの。ラピスならイチコロなの。
うん、そうだよね。多分イチコロでオレたち生き埋めになっちゃう未来が見える。親切心を発動させる前に丁重にお断りして、少し考えた。
「派手にやると崩れてくるかもしれないし……」
ラピスみたいにぶっ飛ばすなんてもってのほかだし、土魔法でこれだけのものを移動させるってかなり難しい。水流で押し流すとか……でも、それだって結構崩落のリスクがあるよね。
「そうだ、動かそうとするから大変なんじゃない?」
そう言う間にもかなり通路ができてきた。このくらいなら、いけるかも。
「シロ、タクト、あとはやってみるよ!」
戻って来た二人に回復魔法をかけて、進み出た。ぺたりと地面に手をついて、思い切りよく魔力を流す。
「よし、行くよ~……ダストボックス!!」
すさまじい音と共に、瓦礫が沈む。思いのほか激しい地響きで、周囲の壁からバラバラと新たな瓦礫が落ちてきた。ダストボックスに収納された瓦礫の山は、頭だけ出して地面の下へ。ちょうどいい足場になったかもしれない。
思ったより振動があるな……。これはこれで、結構危なかったかも。
「……だけど、何とかなったね!」
オレたちの前に姿を現わしたのは、土壁にぽかりと四角く口を開けた、人工的な穴。
『なぜ英語で言った』
『俺様、格好いいと思うぜ! 必殺! ダァストボックスゥー!!』
ツッコミは聞こえなかったことにして、にっこり振り返った。
「やっぱりあったよ! すごいね、大当たりだよ!」
さすが、探索のプロ! 尊敬を込めた眼差しは、二人の無言の視線に遮られたのだった。
「こんな半端な位置に……。壁面か柱の中に隠されていたんだろうな。これは崩れていなくても分かるかどうか……」
「ホント、手も目も届かない位置だし、巧妙じゃない」
しきりと感心している二人を急かして、瓦礫を足場に登っていく。
『怖いのがいたら困るから、ぼくが先に行くよ!』
扉1枚分のその空間へ入り込もうとした時、シロがするりと先に立った。
「気をつけてね!」
シロなら何か居ればすぐ分かるはず。
浮かべたライトに照らし出されたのは、ごく狭い階段。ぐるりとらせんを描くように回り込んで、上階はきっと、贄の間の天井部分。贄の文字のちょうど『頭』部分になるだろう。
「狭っ……行き止まり? シロ、何かありそう?」
順番に連なって階段を上ったものの、一見何もない。
『うーん、多分、こっちにお部屋が……えいっ』
可愛いかけ声とともに、ドゴッと可愛くない音がして、壁の一部が向こうへ倒れ込んだ。多分、隠し扉になっていたんだろう。
「おおっ……! 凄いぞ、祈りの間だ!」
「初めて見た! 結構綺麗に残ってる!」
探索組の反応がちょっと違うと思う。興奮した二人が拓けた空間へ飛び込んだ時、わずかな魔力の動きを感じた。
「ねえ、罠はない?! 何か、変な感じあったよ!」
曲がりなりにもCランクの二人。そうそう心配することはないと思うけれど……。
続いて飛び込んだオレたちも見回してみたけれど、特に何も起こらない。
漂うライトを増やしてみると、奥に祭壇らしきものが見えた。
そして、その手前に何か落ちているのが。
「なんだろう、あれ――っ?!」
身構えたオレたちの前で、硬質な音が響く。まるで今スイッチを入れたように、落ちていた何かが動き始めた。
「もしかして、これが呪具っ?!」
ぐっと姿勢を低くしたところで、タクトの小さい声が響いた。
「……けど、なんかちっちゃくね?」
……うん。まあ、そうなんだけど。
多分倒れていたんだろう円筒形の何かは、ゆっくり身体を起こしてぎこちなく動き始めた。
予算……なかったんだろうか。サイズで言うと、蘇芳くらい。
「呪具……ではないね。単純作業用のゴーレムだろう」
「恐らく、あの扉をくぐることが発動条件だったんだろうな。……うん? あれは……。おい、俺はケツから読むぞ」
「了解」
祭壇の手前に、何か刻まれた石碑がある。二人がそう言って目を凝らしているところを見るに、多分文字なんだろう。
オレたちは一応、ゴーレムの動きを見張ってはいるけれど、ソレはあまりこちらを気にしたそぶりがない。
ガタガタしながら石碑に近寄って――
「えっ?!」
石碑の隅にはまり込んだ途端、ゴトン、とどこかで大きな音。同時に、激しい振動が伝わってきた。
「しまった、あれ自体が鍵か!」
「崩れる?! 戻るよ!」
ハッと顔を見合わせた二人がオレたちを扉の方へ押しやった。
「な、何~?」
「あれ、何か書いてあったのか?!」
狭い階段を必死に滑り下りながら、二人が口を開いた。
「『贄を捧げる。その首より溢れる――』」
「『――溢れる血潮で聖域を満たさん』」
おどろおどろしい言葉が紡がれ……オレたちは揃って首を傾げた。
「「「つまり?」」」
「ここが、頭だ!!」
「首が、切られる!!」
途端、示し合わせたように天井が崩れた。
「シールド!!」
オレの全力シールドを、凄まじい圧力が軋ませる。
何、これ? ただの天井の崩落じゃない……?
「水~?! どこから~?」
水……? 確かに、シールドを叩く瓦礫に飛沫が混ざっている。
狭い通路は、みるまに内側からの圧力に負けて崩壊した。シールドごと贄の間へ押し出されたオレたちの目に、さっきまではなかった滝が飛び込んできた。
「え、え、こんな大規模な罠?!」
亀裂から天井が崩れ始め、どどうと大量の水が流れ込んで滝となっている。
予算、なかったんじゃないの?! まさか、この空間を水で満たすつもり?!
「そんな大魔法、ありっこない! ハッタリだ! きっとすぐ収まるはずだ!」
ドースさんが水音に対抗するように声を上げるけれど、水の進入口は水圧で広がっていくばかり。ほとばしる水の勢いもどんどん増している。
フシャさんが、ハッと顔色を変えた。
「違う、海水だ! ここ、海の底なんじゃないか?!」
『うん、これ海のお水だよ』
シロの呑気な声が聞こえる。それって……流入する水が枯れることはあり得ないってことで。
ははあ……なるほど? 血液を海水に見立てたってわけだ。成分が似ているって言うもんね。とんちがきいているというか何というか、やはり予算がない担当者の努力が……
『スオー、今抱くべき感想はそれじゃないと思う』
『主ぃ! 悲壮感!!』
ちょっとした現実逃避にもツッコミが入り、まるで桃太郎の桃のごとく流されていくオレは、どうしようかなと乾いた笑みを浮かべたのだった。
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