885 探索
「――っ邪教の神殿って、元々こんな風に魔物がっ、いるものなの?」
右へ躱しざまに左の魔物を切り伏せ、返す刃で先の魔物を貫いた。
突如飛びかかってきた魔物を危なげなく仕留め、二人を振り仰ぐ。さっきまでは遠巻きにしていたのに、どうやら魔物側もライトの光に慣れてきたみたい。それにしても、魔物はいつだってオレを一番に狙ってくる。まったく、人は見た目じゃないってこと、ちゃんと周知していただきたい。
「……ユータくん? 魔法使いじゃなかったかな? せめて、召喚じゃ?」
「……底知れんな」
「魔法使いだって、魔法以外を使うよ! オレの知ってる魔法使いは、魔法がなくても強いよ!」
執事さんの体術、暴漢に取り囲まれたって余裕で叩きのめせるくらいだったんだから。
『だから主ぃ、ロクサレンを例に出してもダメなんだぜ』
「僕は魔法がないと何もできないな~」
オレは胡乱な目から視線を逸らし、返答を促すようにドースさんたちを見上げた。
「まあな、魔物は増えたんだろうが、元々いるぞ。特に贄の間周辺はな」
「何というか、ね。後片付けが楽だし? 万が一、僕らみたいに生きて落ちてきた場合の対処になるし?」
魔物まで利用しているのか……。今はそうでもないけれど、全盛期ならここは随分邪の魔素が漂っていたんじゃないだろうか。不思議だな……魔物がいるだけなら、邪の魔素は溜まらないんだな。むしろ、邪の魔素が魔物の元となるなら、魔物が生まれれば生まれるほど邪の魔素は減るのかもしれない。
「戦闘は俺らが担当するからさ! なんかこう、頭使うやつは頼むぜ!」
魔物の襲撃が増えてきたので、不謹慎なタクトが嬉しそうだ。
「僕は頭使う方を担当したいんだけど~」
不服そうに言うラキだけど、地下には普段出くわさない魔物も多いから、満更でもなさそう。砲撃魔法を使うなら、とライトの範囲を広げておく。
右翼のタクトが力業で魔物を吹っ飛ばし、左翼のラキが速射で鉄壁の守りを築いている。中々に、安定感のある護衛と言えるんじゃないだろうか。
「オレも、探索の役にはあんまり立ちそうにないし……護衛に回るね!」
まあ、彼らはそもそも戦えるから、護衛は不要かもしれないけれど。
にっこり微笑むと、二人は複雑そうな表情で見下ろしてくる。
「すげえ安心感だな……確認したいんだが、お前ら俺らに何を聞きたいって?」
「そうね~。なんか、ちょっぴり切ない気分? 僕らもわりと腕のいいパーティのつもりだったんだけど?」
「つもりって……だからこそ、二人にCランクのことを聞きたいと思ったんだよ!」
ぐっと拳を握って力説したけれど、二人の視線は生ぬるい。
……オレ、何もおかしなことを言ってないのでは。小首を傾げたところで、ラキがこちらへ視線を向けた。
「それで~、今は何を探してるの~? 闇雲に歩き回ってるわけじゃないんでしょ~?」
表情を戻した二人が、頷いて口を開く。
「ここが贄の間なら、祈りの間が続いてあるはずだ」
「あの高さだから、贄の回廊と贄の間が一体化しているタイプだと思うんだよね。つまり、強力なヤツはいないと思う……多分」
分かってない顔をするオレたちに、二人は周囲に目を配りつつ説明してくれた。
邪教の神殿は、主に関係者が使う祈りの間と、生け贄の間に分かれているらしい。今回みたいに一撃死みたいな神殿は珍しくて、大抵は何らかの手段で生け贄となる人を『贄の回廊』へ誘い込む造りなのだとか。出口を求めた生け贄が自ら『贄の間』へ歩いて行く……そういう造り。
「趣味悪ぃ」
タクトは端的にそう言って肩をすくめた。
「強力なのがいないのはどうして~?」
「うん、正式な造りだと贄の間には生け贄を捧げるためと、防衛を兼ねた強力な呪具か魔物が据えられているはずなんだけどね。だけど、そういうのって先立つものがいるわけで。全部の神殿を、そんな豪華な造りにすることはできないってこと」
……なんだか、不気味で底知れない邪教の神殿が、一気に世俗的なものに思えてきた。邪教の信者も、お金のやりくりに頭を悩ませていたんだろうか。
「強力なのはいないのか……」
「じゃあ、その祈りの間を探してるんだよね」
残念そうなタクトは放っておいて、オレも周囲を見回した。剥がれた壁、崩れかかった柱。どこまでが本来の神殿で、どこまでが自然洞窟なのかも分からない。これは、中々に難しそうだ。
「ああ、だがこう崩れていると……。恐らく、上だと思うが」
「上?」
「そう。位置的に贄関連は地下側、祈りの間はそこから階段上って……って感じになってることが多いからさ」
それなら、構造的に地図魔法で分かるんじゃないだろうか。ここはダンジョンじゃないんだし、きっと地図魔法を使えるよね。
「オレ、索敵の応用で調べられるかも。だけど、その間――」
ちらり、ラキとタクトへ視線を滑らせると、二人はにっと笑って頷いた。安堵して微笑むと、目を閉じる。
「じゃあ、オレ無防備になるから。守ってね」
「はあ?!」
「いやいや、守ることに異論はないけどね?! 何やってんのさ?!」
騒ぐ二人の声も徐々に遠く、集中していく。ゆっくり歩くシロの歩みにつれ、ここの造りが浮かび上がってくる。
どこまでも空間が広がっているような錯覚があったけれど、思ったほど広くない。ただ、天井が高いだけ。中央がくびれた砂時計のような長方形の空間で、真ん中辺りが祭壇だ。
だけど正直、階段が入りそうな小さな空間はあちこちにある。だって、方々崩れているから。
ふう、と息を吐いて一旦目を開けると、4人へ声をかけ歩みを止めた。
「多分、こんな……形。オレたちはここ。ここまでで、何か分かる?」
地面へ簡単に書いてみせると、ドースさんたちが目を見開いた。
「まさか……空間自体が文字を象っていたとはね」
「これ……何で分かった?! ここだ、ここに何かないか?」
ドースさんが、長方形の右上をカットするように斜めの線を入れた。
「そう言われても……もう少し近付いてみれば分かるかも」
「これで何が分かるの~?」
のぞき込んでいたラキとタクトが首を傾げた。
「これは、文字だよ。それも、『贄』を指す文字だね」
フシャさんが、くびれた長方形とその真ん中に小さな四角を、そして右上に斜めに線を引いてみせる。な、なるほど……この文字は、まさにこの空間と同じ。担当者、お金がなかったから、こういう所にこだわったんだろうか。せめてもの努力が涙を誘う。
『俺様、そういう雰囲気ぶち壊しなこと言うのってダメだと思う!』
『浪漫がない』
チュー助と蘇芳に怒られた……理不尽! おどろおどろしく怖い雰囲気なんて、ぶち壊していいじゃない。
「で、ここが贄の『頭』を示すから、ここに何かあるんじゃねえかってな」
とん、と太い指が示したのは、右上の角。
「じゃあ、ひとまず行ってみようぜ!」
幸い、オレたちがいる場所からそう離れていない。張り切るタクトに急かされるように、オレたちは贄の『頭』へと向かった。
「――この辺り、だね」
足を止めると、期待の籠もっていた各々の視線が落胆を帯びる。
「んー、何も分かんねえな」
「崩れちゃってごちゃごちゃだね~」
ラキの言う通り、目の前には崩れた瓦礫の山。扉らしきものも、通路らしきものも見当たらない。
無言で調査を始めたドースさんたちを横目に、オレは、再び目を閉じて集中する。ここから続く祈りの間があるなら、分かるはず……!
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