884 おはよう
『起ーきーないのよ! 本当に!! ちょっと、チャトはどこ行ったかしら?』
不愉快。ぶんぶん身体は揺れるし、まふまふ顔に何かが当たるし、べたべた生ぬるいものが舐め回……ああ、これはシロだな。
とにかく、色々ひどく邪魔だ。呻いて布団を引っ張り上げようとして、逆に思い切り引かれて身体が回転する。
「お前……起こせって言ったよな?! いい加減起きねえと――痛っ?!」
「ちょっと、うるさい~。僕は起きるつもりないんだけど~」
「口で言え!! 俺のせいじゃねえだろ! つうかお前、威力間違ってねえ?!」
「間違ってないよ~。そのまま眠りに落ちればいいと思っただけ~」
本当、うるさい。
『うるさい……スオーが起こす』
不機嫌な蘇芳の声がして――
「…………ぶはっふ?!」
涙目で飛び起きたオレは、鼻と口を塞ぐ蘇芳を引き剥がした。し、死ぬかと……!!
「蘇芳! それやっちゃダメだって言ったでしょう? すっごく危ないからね?!」
『じゃあ、やる前に起きればいい』
『正論中の正論だわ』
ぜいぜい息をしながら、そう言えば絶対起こしてって言ったことを思い出した。
そして、不満げなモモとタクトを見れば、何があったかは一目瞭然。
「えっと……暗いとやっぱり起きるの難しいね! 起こしてくれてありがとう?」
一同へにっこり微笑んで、そそくさと視線を逸らした。
テントの中はまだ真っ暗。と言うよりいつまでも真っ暗だ。
「アゲハ、ごめんね、起きられる?」
申し訳なく思いつつ揺さぶると、ほやほやしたつぶらな瞳がオレを見て、ばちっと覚醒した。
『あえは、起きらえる! あうじと、お仕事する!』
「うん、ありがとう」
即座にエンジン全開な様子を微笑ましく思いつつ、何か言いたげな周囲の視線は気にしないことにする。
外は、相変わらずの暗闇。ほぼ真っ暗だけれど、苔類だろう微かな燐光が壁や障害物に沿っているせいで、なんとか周囲が把握できるだけだ。人は、暗闇が怖い生き物なのに。
「まだ、誰も起きてこないね」
お外はちょうど、日が昇りきった頃。彼らの体内時計など、きっととうに狂ってしまっているだろう。
ずっと、ずっと明けない夜を過ごしていた彼ら。
ねえ、それはどれほどに……。
オレは息を吸い込んで、アゲハを肩に乗せた。
「じゃあ、行くよ? アゲハ、一緒にやろう」
『あえは、準備ばんばん! せーーの!』
「『おひさま作戦!!』」
目を閉じて、両手を上に突き出して。
カッ! と音を感じるほどの、光の圧。雲間から現れた、お日様の光。
高い天井に生まれたのは、温かな小さい太陽。
「な、な、な?! なんだ?!」
「何事?!」
テントで寝ていた二人が飛び出してきて、光に手をかざした。
「ま、まさかとは思うが……」
「なあ……ユータ?」
ぎこちなくこちらへ顔を向けた二人へ、にっこり笑う。
「おはよう! お日様作戦だよ!」
二人が、信じられないものを見る目でオレを見る。
「お前、まさか太陽まで作り出せるのか……?」
「一体、何をどうすれば太陽なんて……」
フシャさんだって魔法使いでしょう?! できるできる!!
「ち、違うよ! ただのライトだよ! ちょっとお日様っぽいライト!」
強く強くお日様をイメージした、火の要素を持ったライト。以前、坑道が崩れた時に使ったやつ。
「おー、朝って感じ」
タクトも出てきて、うんと伸びをした。ラキは、きっとまだ出て来ないだろう。疲れ切っている彼らも、きっとまだ。このために、窓のない寝所にしてあったのだから。
「さて、じゃあオレはもう一眠り……」
一仕事終え、満足の大あくびをして踵を返――
「寝るな。っつうか、よくこの光を浴びて寝ようと思うよな」
襟首を掴み上げられ、むっと唇を尖らせる。
「意味が分からないよ! 明るくて安心して眠れるじゃない」
「意味分かんねえよ。とりあえず、寝るな」
断固として襟首を離さないタクトに連れ戻されてしまい、仕方なく朝食の準備でもやろうかとキッチン台に向かった。
「爽やかな朝食って、どんなのかな? ああ、朝だな~ってなるものって、定番な朝食ってことだよね」
つまりは、パンとスープ、サラダに卵。あとは……フレッシュジュースとか? それなら簡単だし、おにぎりの作り貯めでもしておこうかな。
そうこうしているうちに、やっとラキも起きてきた。そろそろ彼らも起きてくる頃だろう。朝食をテーブルに並べる時間だ。
パンの焼ける香ばしい匂いが漂う中、ラキが目玉焼きを、タクトがゆで卵を担当している。オレはスクランブルエッグ! 溶けたバターの中へじゃっと卵を流し込み、手早く火を通していく。
寝所へ目をやった時、恐る恐る顔を覗かせた人影と、ちょうど視線が合った。
「おはよう! 朝が来たよ! そろそろ朝ご飯にしよう!」
フライパンから大皿へスクランブルエッグを移しながら、オレはにっこり満面の笑みを浮かべたのだった。
「――じゃあ、罠はないの?」
オレたち3人とフシャさん、ドースさん。5人分の足音が、案外騒々しく遺跡の中に響いている。
「そうだな、基本的にはあの高さから落として生け贄にって寸法だからな」
「純粋なダンジョンってわけじゃないしね。そのうち本当にダンジョン化しそうだけど」
あの状況で商人さんたちの側を離れるわけにもいかず、探索は進んでいないらしい。あと、内部がほとんど崩壊しているのも探索を困難にさせているのだとか。
オレたちは朝食後、退路を探るべくこうして探索に乗り出していた。
残される商人さんたちは大分不安を訴えていたけれど、お日様ライトを置いていくし、シールド(モモ)もあると言えばアッサリ引いてくれた。
シールドよりも、きっとお日様ライトの効果だ。あと、お腹いっぱいの朝食かな? 久々に互いの顔を見た彼らは、大笑いしていたもの。
『なんだ、お前、あんなに肥えてボタンを外していたくせに!』
『あんたこそ、娘に痩せろと言われたんだろ? 良かったじゃないか。ほれ、その卵は私に寄越せ』
やつれた顔を涙に濡らして笑う彼らは、やっと、元の彼らに戻ってきたようで。大げさなほどに笑い合う声が、わんわんと響いていたのだっけ。
――ラピス、頑張ったらユータは一緒に出られると思うの。
無事交代したラピスがそう申し出てくれるけれど、オレだけ出てもしょうがない。
「出口は、あるよね?」
もしかして、生け贄を落とすだけの装置なら……なんて怖いことを考えちゃったけれど、フシャさんが首を振った。
「隠されていることが多いけれど、信者が出入りするための出入り口があるはず。……ただ、これだけ崩れてるのが不安かな」
「出口が『あった』なんてことにならなければいいが」
「崩れちゃってるってこと~? だって通路もこんなだもんね~」
オレたちに追随する複数のライトが、朽ち果てた遺跡内部を照らし出す。ほとんど原型を留めていないと言えるほどのこの状況では、それが現実味を帯びてくる。
「ダンジョンじゃないんだろ? ここが地下なら、最悪地上に近い場所をぶち抜いたらいいんじゃねえの?」
「ち、力業だねえ……でも、まあ一つの希望ではあるかな。普通、岩盤をぶち抜くなんて無理な話だけど、これだけ強力な魔法の使い手がいるならさ」
肩をすくめたフシャさんが、ちらりとオレを見る。ま、まあ……ラピスもいるし? 最悪はその案が採用されることだろう。
ただ、地上側に村なんかあれば大虐殺間違いなしだ。オレは魔王になりたくない。
『え? 主のこと魔王って言ってたぞ?』
『あうじ、魔王さまなんらぜ?』
……忘れてくれるかな?! その不名誉な二つ名は!! 『天使様』の方がかわいく思えてくる。
――ユータ、格好いいの。脳ある方はツメを躱すの。
うん、違うね。確かにそれオレが教えた言葉だけど、圧倒的に違うね。
「……なんだろうな。邪教の神殿、それも贄の間に居るって言うのに、この楽観的な空気」
「なんかさ、悲壮感、もうちょっと持ってた方がいいんじゃないかなって僕思うわけ」
二人がぼそぼそ言うセリフも、とてもよく反響して聞こえている。悲壮感あるよりない方がいいに決まってるよね?!
「ユータがいるとね~」
「お前、悲壮感に嫌われてるからな」
全てをオレのせいにする視線が4対、揃ってこちらへ注がれたのだった。
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