883 スイーツ会議
お代わりの途中からうつらうつらし始めた――のは、オレじゃあないんだよね。
方々でスプーンを取り落とし始めたのは、商人さんたち。
そうか、ずっとろくに眠れていなかったんだろうな。シールドの魔道具はあったけれど、想定外の連続使用により随分不安定になっていたらしい。
「明日も美味しいごはん作るから、もうみんな寝た方がいいよ!」
近くにいた商人さんの背中を撫でると、霞の掛かった瞳がオレを見上げた。
「……そうか、今は夜なのか。やっと、『明日』が来る……」
「‼ うん、今は夜中だよ。寝ていい時間! 朝ご飯、楽しみにしていてね」
素直にこくり、と頷いた商人さんは椀に残った粥を一息に掻き込んで、不安定に揺れながら壁際へ戻って行った。
「あっ、お布団! ちょっと待ってて! 簡易寝所作るから」
寝ててもいいけど少し揺れるよ!
急いで両手を着くと、この狭いスペースの奥側を寝所にして、周囲を土壁で覆っておく。元々壁があるから簡単だ。あとは少し内部に段差をつけて、雑魚寝スペースにするだけ。
「簡易……とは」
「知ってたけど! 魔法が凄いって知ってたけど! ここまではちょっと想定外だよね?!」
ドースさんたちが大騒ぎするから、ほら、商人さんたちや冒険者さんまでぱっちり目が開いちゃってる。
お言葉ですけど、今回この上なく簡易だと思うのだけど?! むしろこれ以上があれば教えてほしい。
『主ぃ、作らないって選択肢がさぁ……』
『天井が必要って意味なら、タープでも張ればいいんじゃないかしら』
そう、人は天井があるだけで安心する生き物だから。分かっているなら、モモも賛同してくれればいいのに。
だって雨が降るわけでもないし日が差し込むわけでもないのに、こんなところでタープ張っても仕方なくない? むしろタープを張る方が手間。つまりは土壁の方が簡易、というわけだ。
『わけだ、じゃないとスオーは思う』
『お前、天井も壁もない場所で寝るだろう』
オレはオレ、よそはよそ!! 相変わらずの辛辣組を聞き流し、まだ残り物を求めてうろついているタクトを捕まえた。
「ねえ、お布団敷いて! 寝ちゃってる人は移動してあげて! 終わったらこっそりデザートタイムにしよう」
「よし、分かった!!」
これだけで、二つ返事で尻尾まで振る勢い。どっさり取り出すお布団がみるみる敷かれて、合宿所みたいな雰囲気になってきた。タクトは便利だな。
「ほら、こんなこともあろうかと! たくさん用意していたお布団がさっそく役に立つね!
備えあれば憂い無し。まさに、だよ!」
悦に入って一人頷いたところで、怒濤のツッコミが入る。
『こんな事態を想定しているなら、憂いばっかりねえ……』
『さすがだぜ主ぃ! こんなことが日常茶飯事だもんな!』
『さすがらぜ! とやゆゆめーめーなんらぜ!』
……それは何かな? アゲハ、もしかしてトラブルメーカーって言いたいのかな? そんな悪い言葉、誰が教えたのか……。
「布団……布団が」
あんなに眠そうにしていた人たちが、一面の布団を見てしきりと目を擦っている。大丈夫、幻覚じゃないよ?
「オレたちはテントがあるから、ここで寝て!」
と言いつつ、こんな魅力的な光景、堪らない! 誰よりも先に布団畑に飛び込むと、ごろごろ転がり回った。
オレの満面の笑みが伝わったのか、戸惑っていた面々が吸い寄せられるように次々布団に捕まっていく。この魔手に捉えられたら、もう朝まで離れられないよ。
布団に釘付けになっている冒険者さんたちも、ぐいぐい奥へ押し込んだ。
「シールドがあるから、みんな寝ていていいよ! オレたちも寝るけど、シロたちがいるから見張りはいらないよ!」
「本当か……?!」
「うん、ひとまず今日くらいはゆっくり寝て、疲れを取らなきゃ!」
そう言うと冒険者さんたちも納得したように表情を緩めた。まあ、明日も明後日もずっとゆっくり寝てもらうつもりだけど。
「ユータ、デザート!」
寝所を出ると、瞳をきらきらさせたタクトが待っていた。
苦笑しつつドースさんたちにも声をかけ、オレたち3人と2人で小さいテーブルを囲んだ。
「二人はまだ寝なくても大丈夫でしょう? 色々話を詰めなきゃいけないかと思って」
ことり、と皆の前に配った湯気の立つハーブティー。柔らかい香りは、もしかして今後の話をするシビアな場面には不向きだっただろうか。
『紅茶よりも不向きは、そっちじゃないかしら』
やや呆れたモモの、柔らかな身体が頬に触れる。
それは、確かに。手元の皿に目をやって、くすりと笑った。
『俺様はいいと思う! いつだって甘いものは正義なんだぜ!』
そう、最近は会議でスイーツを出すなんて試みもあるみたいだし。スイーツ会議、いいと思う。
「それ、なに~?」
オレの手には、小さな丸いスイーツが並ぶお盆。
ラキは興味深そうにためつすがめつ眺め、タクトの視線は『ヨシ!』を待ってひたすらスイーツとオレの顔を往復している。
「これは、スイートポテ……ええと、スイートカボチャ?」
少し言い淀むと、フシャさんたちが訝しげな顔をする。
「なんでユータが疑問形なわけ? それってユータが作ってんだよね? とりあえず、すっご……!!」
「食ってねえが美味そうな気がする……!」
マズくは作りようがないくらい簡単だから、美味しいと思うよ。スイートポテトのカボチャ版。食事の方には入れられなかったから、こっちには中にチーズを仕込んでみた。簡単なスイーツだからちょっと一工夫、クリームチーズに生クリームとお砂糖を混ぜ込んで滑らかなチーズクリームに。熱々になったら、きっとフォークを入れた途端とろけ出すと思うんだ。
……残り物利用だとか、そういうことは言わないでいただきたい。
さて、せっかくここには魔法というものがあるんだし。
艶やかな表面を軽く炙ると、香ばしく甘い香りが立ち上る。
やっぱり、焼き立ての香りは格別だ。大きく吸い込んで、ほう、と一息ついたところで、じっとこちらを見る4対の視線が痛いことに気がついた。
「――で、これからと明日からのお話も……」
聞いてないよね。誰もね。
ただのスイーツ会じゃないんですけど。食べながら話そうっていう趣旨でね?
言いながらオレも自分のスイートカボチャに手を伸ばした。
一人二つ配ったスイートカボチャは、小さなフォークで少しずつ。
外側はしっかりと焼き上がり、中身はまるでカボチャ餡。中心からとろりととろけるクリームチーズに思わず笑みが浮かぶ。
小さいひとくちを大事に口へ運んで、口内に含むようにじっくり味わった。
良い香りで、甘くて、さらには温かいハーブティー。
ああ、まるで温泉みたい。ゆっくり身も心も解れて、吐息が漏れるような。
「ユータ、もうねえの?!」
「足りない~!」
「まだあるのか?!」
「何なのこれ、美味すぎ?!」
オレの至福リラックスタイムは、まだひとくち目で終わりを告げてしまった。
「まだあるけど……食べながら話すの! 食べる方に集中しないの!」
オレを見る召喚獣たちの視線が生ぬるい。た、確かに、オレだって今遠くへ行っていたけれど!
「何話せば良い?!」
「何でも話すから!!」
身を乗り出した二人の勢いにのけ反りつつ、違う、そうじゃないと首を振る。
これは尋問用のカツ丼じゃないんだから。
結局、思わぬスイーツ効果のおかげで、その後の話し合いは実にサクサクと進んだのだった。
ちょっと、思ったスイーツ会議とは違うなと……そう思わないでもなかったけれど。
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