882 病人食
「……分かってるよね!」
視線を交わして、3人でにやりと笑った。
「やるか?」
「待ってました~!」
頷き合うと、さっそく地面に手を着き土魔法を発動する。
まずは、少々手狭なこの場をちょっと拡大しつつ、キッチン展開!
「なっ?! 何してんだ?!」
「大丈夫! ちょっとキッチン台を作ってるだけ!」
「え、キッチン……??」
戸惑うドースさんたちににっこり笑い、さっそく必要物品を取り出した。
「まさか、ユータの飯が、食える……!!」
「あれ、なんかここも悪くない気がしてきた!」
絶対に気のせいだけど。それでも、そう思ってもらえることが嬉しい。
「美味しいの作るからね! ちょっと待ってて」
期待にざわめく商人さんたちへ、胸を張ってみせる。
今回は胃腸にやさしいメニューにしなきゃね! 量も敢えて控えめにして、大丈夫なら、明日から少しずつレベルアップして食べてもらおう。
「ひとまず病人食だから……お肉はない方がいいかな」
呟いた途端、タクトが情けない顔をする。
「ええ……?! 病気の時こそいっぱい肉を食うべきじゃねえ?! 元気出ねえよ?!」
それは、カロルス様やタクトみたいな人外だけだ。人類は、内臓だって同じように弱るんだよ。
「「…………」」
……分かったから! その目をやめて。そこにはタクトと同じく、切ない視線を送ってくるドースさんとフシャさん。確かに彼らは今、とってもお腹が空いているだろうな。
「もう、じゃあ胃腸が元気な人用も作るから……というか、そっちはタクトたちで作って! どうせお肉焼くだけでいいんでしょう?」
「どうせとか言うな! いいに決まってんだろ!」
あ、そう……。
さあ、適当なお肉でいい人たちは置いといて、オレの方は……まず必須はお粥だよね! 米から炊き上げるお粥が理想だけど、今回は時短ということでストックご飯のおじやにしよう。
大鍋に準備しつつ、味のベースはどうしようか悩む。鳥のお団子にしようか……でも、彼らの状況を見るに、脂っ気はないに等しい方がいいかも。
「よし、今日は白身魚のお粥に決定! あとは、かぼちゃのマッシュと……」
先日入手した蕪っぽい野菜もあったはず。あれをあんかけにしたら美味しそうだ。
なんだか本当に病院食みたいだなと思いつつ、既にお腹が鳴りそう。
大鍋にお粥、中鍋に蕪、そしてカボチャ。
ことこと静かに鳴るお鍋、漂う蒸気。見つめる商人さんたちの瞳が、今までで一番穏やかに見える。お料理って、安心と安全を象徴するような気がするね。
カボチャが煮えるまでの間に、オレはナッツを煎って刻んでおく。あまりにも柔らかいものばっかりだと物足りなさもあるかなと思って。これはかぼちゃマッシュに入れる用。
タクトたちの方は、魔物にも振る舞うのかな? って量の肉盛りができつつあるので、あれは明日の食事にも使うことにしよう。
「ねえ~、僕ずっとここなわけ~?」
不服そうな声に目を向ければ、ラキが崖の縁でこちらを振り返っていた。
「だって、タクトが肉に夢中なんだもの」
「他にも冒険者いるじゃない~」
いるけど……だって、必要ないでしょう。また怪我してもいけないし。フシャさんとドースさんもお肉担当しているし。
言いながらも、崖下へ向かって2,3回砲撃魔法を放つ。悲鳴が聞こえたから、そろそろ崖下には獲物が折り重なっているだろう。あとで回収しておかなきゃ。
ラキは一歩も動かないままに、壁にとりついた魔物を容赦なく撃ち落としている。ここなら、ラキ一人で鉄壁防御だ。
「無駄に魔法使いたくないんだけど~」
「無駄じゃないでしょう?」
「シールド張ればいいだけじゃない~」
……それはそう。だけど、ほら、魔道具ってことにするんだから、それこそ無駄に使うわけにはいかないし? あと、ほら、向こうでラキを見る目が変わってるから。オレたちが頼りになる存在だってアピールになるわけで。
胡乱げなラキの視線を振り切って、柔らかくなったカボチャの身をこそげてマッシュする。もちろん、これはタクトの役目。生クリームやチーズを入れたら美味しそうだけど……今は牛乳くらいにしておこう。あとは砕いたナッツを入れて、蜂蜜も!
「なんか、アイスみたいだな!」
「確かにね! 丸く盛り付けたら素敵だろうね」
ちょっとお洒落にワンプレートっぽく盛り付けてみようか。汁気のあるものばかりだから、小さい器の集合体みたいになるけれど。
「さあ、そろそろいいかな?」
半透明になった蕪はまあるく角が取れ、鍋の中で重たそうにとふとふ揺れている。
粒の崩れたおじやも、いい頃合いだろう。仕上げにチャチャチャ、と勢いよく溶いた卵を回し入れ、やさしい黄色の花を咲かせた。
それぞれを取り分けつつ、少し冷ましておく。オレの予想では、みんながっつこうとして火傷すると思うから。
「よし! お待たせ~! ごはんだよ!」
並んだワンプレートを満足して眺めると、にっこり振り返って宣言したのだった。
思わず、といった体で立ち上がった人たちが、夢遊病のように頼りない足取りでやってくる。その視線は、ワンプレートの並んだローテーブルに完全に固定されている。
「お代わりはここね! 自由に食べて! あっ、あっちのお肉もセルフだけど、お腹壊すからやめた方がいいかも……」
むしろ、さっき回復魔法かけた人は大丈夫かもしれないけれど。そうか、今日は寝る前にうっすら回復魔法をかけておこう。そうすれば明日から普通食が食べられる。
「シールドは張っておくから、安心して食べてね。夜中もちゃんと張っておくから!」
ところで、一生懸命説明するオレの声、聞こえているだろうか。
どこかぼんやりした人たちを尻目に、タクトたちがじゅうじゅうバチバチ言わせながらお肉を焼いている。当たり前のようにワンプレートも確保して、なぜかおにぎりまでプレートに詰められていた。
「ユータ、これ何~? アイス~?」
「これはカボチャ! アイスじゃないけど、甘く仕上げてるからおやつっぽいかもね」
「じゃあ、後に食べようかな~。あ……これ美味しい~。いつもの雑炊と、ちょっと違う感じ~」
「お魚のおじやだから、普段の鳥とは雰囲気違うかな」
ラキの『これ美味しい』が始まった。どれを食べてもそう言うんだから。
くすっと笑ってお椀を両手で取り上げると、じんわり温かい。
とろり、木のスプーンに絡んで重いおじやをひと混ぜ。現れた白身魚のかたまりをつつけば、繊維に沿ってきれいに解れていく。
敢えて小さく崩した身とおじやをスプーンへすくい取り、そっと小さなひとくち。このおじやは、小さく、少しずつ食べるのがいい。
魚に感じる塩と、包み込むおじやの甘み。
飲み込む喉で感じる優しさ。こっちのとろけそうな蕪も、滑らかなカボチャも。
……じん、とする。
料理は、伝えられるんだな。何だろう、作ったのはオレなんだけども。オレがたくさん説明するよりも、何かやってみせるよりも。それよりもずっと、伝わってくる。
あたたかいな。
安心、なのか、思いやり、なのか。形ある言葉にしてしまえば、どうも違うような気がするけれど。
あちこちで、すすり泣く声がする。
おいしい、と零しながら泣く声が。
不安だったろうな。じりじり迫る死が、もう目に見える形でそこに。それでも、自棄を起こさず耐えてきたんだな。
「……がんばったね」
浮かぶ涙を誤魔化して、オレはそっと呟いたのだった。
皆様!17巻SSやブロマイドのネットプリント始まりましたよ!!
活動報告に内容等載せてますので、要チェックですよ!!