881 落ちた先
思わずシールドを張ったオレ、そしてタクトの腕はオレとラキをまとめて抱え込む。少々加減の間違った力に、ラキと二人ぐえっと変な声が漏れた。
『――びっくり、したねえ』
一塊になってしがみついたところで、呑気な声が聞こえた。
シロ……そうだ、オレたちはシロに乗っている。
安堵と同時に、シロが四肢のクッションを効かせて空を蹴る。落下から跳躍、そして、ほぼ垂直の壁を駆けた。
やがてタタン、と軽い衝撃とともに身体が安定する。
見上げても、光はない。深すぎるということじゃない、実際は岩場の前からこの空間へ転移したってことだろう。ただ大穴が開いただけなら、簡単に出られたのに。
『暗いねえ。あ、魔物』
「どこ?! そういえば魔寄せ! ラピス、回収できた?」
『ぼくが落ちてきたから、ビックリして逃げていったみたい』
――任務完了なの。ラピス、ユータの繋がりがあればそっちへ行けると思うの。
懸念がどちらも解消されて、少し思案する。
「ラピスまでこっちに閉じ込められたら困るけど……じゃあ後でキリスと交代しようか」
キリスが本当にここから出られるなら、ラピスだって出られるだろう。
そう言うか言わないかのうちに、『きゅっ』と嬉しげな声が響いた。
胸元に飛び込んできた小さなもふもふを受け止め、お礼を込めてしっかり撫でる。
「キリス、任務ご苦労様。ありがとう、おかげでとっても助かったよ! じゃあ案内してくれる?」
とにかく、まずは助けられる人を助けてからだ。
少し離れてしまった落下地点まで戻って、張り切るキリスについて歩く。夜の森にいたというのに、周囲はそれよりもさらに暗い。ただ、真っ暗闇ではないようで。
「なんか……洞窟じゃねえよな。人工物って感じだな」
「だけど、大分崩れてるね~」
シロに乗っているのでライトをつけていないけれど、二人も少しずつ周囲が見えてきたらしい。
ここは多分、遺跡に間違いないんだろう。壁はかなり崩れて土が剥き出しになっているけど、残っている部分はほのかに燐光を帯びて、ささやかな光源となっていた。
今登っている崖のような場所も、壁や装飾が崩れてできたものだろう。
ただ、オレたちが落ちた部分は最初からがらんどう。真下にあったのは四角い台座のようなもの。あんなの、遺跡の鍵を開けた途端死んじゃうよ。
「あ、もうすぐだね!」
オレにも人の気配が感じられ、どうやら彼らは崖の上に籠城する形で身を守っているらしいと分かる。
「じゃあさ~、明かりがあった方がいいんじゃない~?」
あ、そうか。きっと暗闇の中にシロの姿だけが浮かぶことに――
「誰だッ?!」
ライトを付けようとした途端、鋭い声が聞こえて微かなざわめきが伝わってくる。
「ドースさん? オレだよ。久しぶり!」
覚えのある声にホッと頬を緩める。
そして、この暗闇を考慮して、蛍のような明かりを浮かべた。ひとつ、ふたつ……九つ、十。ささやかな明かりが徐々に増えて、オレたちを淡く照らしていく。
「…………ユー……タ? なぜ……?」
完全戦闘態勢で構えていたドースさんから、力が抜けた。抜けすぎじゃない? と言いたくなるような呆けた顔で、オレたちを順繰りに眺める。
「本当に? 幻術の類いじゃ……?」
ああ、用心深く顔を覗かせたのはフシャさん。良かった、ちゃんと無事だ。
「幻術でも何でもねえよ! 怪我人がいるんだろ? どこだ?」
「え? なんで知って……」
タクトが前へ出ると、戸惑いと困惑が広がるのが分かる。
徐々に光の輪を広げると、狭い範囲に身を寄せるように、商人さんらしき人たちが固まってこちらに目を凝らしていた。
「君たちは……?」
狐につままれたような顔で呟いた商人さんに、オレたちは顔を見合わせてにっこり笑った。
「オレたちは『希望の光』、冒険者だよ! 怪我してるのは誰? 助けるから!」
ハッとした彼らの視線が、自然と一方へ向いた。
「……そっち? 分かった! 任せて!」
駆けだした先には、なけなしの布や服を敷いて横たわる人たち。
側で座っている人も、怪我をしている。だけど、まずは。
隅に追いやられるように隔離されている一人……ひどい外傷。だけど、きっとそれだけじゃない。伝わってくる、外傷よりも深刻だと思われる内臓の障害。
不規則な呼吸が、今にも止まりそうで不安を煽る。
だけど、大丈夫。
タラスクの下敷きになったあの人よりは、ずっとマシ。
「回復するよ! 目を閉じていて」
「回復? でも……もう」
仲間なのだろう、暗い顔をした女性が、くしゃりと表情を歪めて言葉を詰まらせた。
オレは構わず手をかざし、目を閉じる。
暗闇の中、回復の光が眩いほどに辺りを照らしていく。闇になれた目に、それは強烈すぎるほどで。
「おお……」
何も見えないだろうに、どよめく声が聞こえる。
「――はい、次!! あとの人たちも、並んで!」
やがて光が収まった時、オレはふうと一息ついてにっこり振り返ったのだった。
「――何なんだよ、お前ら……。本当に、俺まで泣ける」
一通り回復を終えたところで、ドースさんたちがやって来た。怪我をしていたのは、どうやら護衛の冒険者パーティだったらしい。今、そこで大泣きしているので、オレはもらい泣きしないよう必死に見えないふりをしている。
「こんなことってある? なんかもう、大丈夫な気がしてきちゃったんだけど?! どこにいるわけ? その連絡をとれる召喚獣って?!」
フシャさんまでそんなことを言って、なぜかオレの頬をつまんだ。事情を把握しているオレたちが怪しすぎるので、仕方なくそういうことにしてある。
「もっと素直に褒めてくれてもいいんだけど!」
頬を膨らませてみせたら、『ありがとよ!!』と思い切りもみくちゃに撫で回された。言わなきゃ良かった……。
「ところで~、これからどうする~? 探索系のお二人の見解は~?」
ラキは改めて周囲を見回して、彼らに視線を合わせた。
「ああ……ここは、邪教の神殿遺跡だろう。ここが、生け贄の祭壇だったはずだ」
「「「生け贄?!」」」
物騒な単語に、オレたちは揃って声を上げた。
「本当、タチが悪いのが残っていたもんだよ……」
腹立たしげに頷いたフシャさん曰く、邪教がまだ盛んだった頃の遺跡が、稀に見つかることがあるとか。危険なので概ね潰されたらしいのだけど、そもそも見つからないよう隠されているらしい。多くは『贄』を捧げる様式になっており、その方法は様々。
「だから、あんな風に……」
鍵を開けた途端、落下する仕様は、あれで合っていたということか。現に一人、『鍵』を持っていた人は……。
岩場からやや離れた位置で荷物整理をしていたおかげで、彼らはこの位置に落ちることができたよう。
「けど、ドースの兄ちゃんたちはさすがだな! どうやって助かったんだ?!」
興味津々で目を輝かせたタクトに、二人が苦笑した。
「君らに言われてもねえ……。一応、用心はしていたんだよ」
「遺跡だと、モノによっちゃあいきなり罠がある時もあるしな。けど、まさか邪教神殿とは……抜かった」
全然抜かってないと思うけど。即座にフシャさんを抱え、ロープの繋がった杭を投げたらしい。落とし穴対策用だという話を聞いて、タクトがひどく感銘を受けている。タクトなら、そのまま落ちても死にはしないだろうに。
「僕はその邪教神殿について、詳しいことを聞きたいな~」
「いいよ、恩人だからね! いくらでも伝授してあげよう!」
「まだ、恩人になってないよ~」
張り切るフシャさんに、今度はラキが苦笑している。
オレは、その隙にドースさんへこっそり耳打ちした。
「……回復は、後の方がいい?」
一瞬言葉に詰まったドースさんが、とても小さな声でささやき返した。
「…………頼む」
本当に、冒険者は見栄っ張りが多くて困る。
さて、今後のことは話し合わないといけないけれど、オレが寝てしまうその前に、やらなきゃいけないことがあるよね!
『話し合いに参加する気はないのね』
『寝るな寝るな』
それは言葉の綾ってやつだ。オレが参加するつもりでも、ままならないこともある。
暗闇に浮かぶ幽鬼のような人たち。疲れ果て、やつれきった表情に胸が痛む。
オレはぐるりと見回して、タクトとラキを振り返った。
活動報告に文学フリマ大阪12のお品書きなど書きました!
リュウとリトのイラストありますよ?!
ちなみに気付いた人もいらっしゃるかな?今回のは若カロルス様たちのお話でも出てきましたよね!