880 魔寄せを求めて
「……えっ?」
耳を疑うセリフに、思わず動きを止めた。
――けっこういるの。でも二人は元気なの!
それって、それってもしかして。
もしドースさん達が遺跡の入り口を開いて、入り込むことに成功したのなら。
つまりは。
『……先に失踪していた商隊の人たちも、そこにいるってことかしら? まさか無事で……無事とは言い難いわね』
思案するように揺れたモモが、ふよりと頬に触れる。
そうか、商隊がいなくなってから……1ヶ月経つかどうか。当然旅装で野営の用意はあるし、護衛もいるはず。運ぶ荷には食料もあったはず。ただ閉じ込められただけなら、十分に生存の可能性がある。
全員を助けられるかもしれない。一気に希望が出てきたところで、チュー助が遠慮がちに言った。
『でも主ぃ、結構弱ってるって……』
――そう言ってるの。怪我してる人が、結構マズいの。二人が持っていた回復薬を使ったらしいけど、ダメみたいなの。
「‼ それって、一刻を争うってヤツじゃないの?!」
――もう争ってないかもしれないの。みんな静かに座って俯いてるから、もういいのかもしれないの。
良くない! それ、絶対良くない‼
「オレが行けば、助けられるのに! 近くにいるんだよね⁈ 魔寄せを入手してる時間なんてないよ……他の方法はないの⁈」
「魔寄せ以外で何が鍵になるか、なんて探す方が時間がかかるよ~」
「なら、てっとり早く魔寄せを手に入れればいいんじゃねえ?」
事情を聞いた二人も、一緒に頭を悩ませる。
「オレ、『魔寄せだったもの』は持ってるんだけど……それじゃあきっとダメだよね」
正確には、呪晶石だけど。それが魔寄せの元だから、同じものだろう。
「一か八か、置いてみりゃいいじゃねえか」
「開いたら、もうけものだよね~」
じゃあ、と取り出した呪晶石。禍々しさのなくなった、静かな結晶。
テントから抜け出して岩場の前までやってくると、深呼吸する。
「危ないかもしれないから、離れてて」
「なら、離れねえよ」
「僕は二人の後ろにいようかな~」
むしろ側へ寄ってきた二人に虚を突かれ、ちょっと笑った。
「じゃあ、置くよ? ラピス、二人が指輪を置いたのはどの辺りか分かる?」
――ちょっと待つの。……OK、そこの大きい岩が重なる所の……そう、その辺りなの。
キリスと同調したラピスの指示に従い、そっと呪晶石を置いてみる。
「――ダメ、か」
「反応ないね~」
しばし息を詰めていたものの、二人が肩から力を抜いた。
だけど、何か兆候でもあれば見逃すまいとしていたオレは、ほんの些細な揺らぎを感じていた。ただ、足りない。そんな感じだ。
「呪晶石自体じゃなくて、やっぱり中身がいるってこと……?」
つまりは、邪の魔素。だけど、そんなの付近に大量にあったらむしろ問題だ。もしかして、最近邪の魔素が吹き出すなんてことがあったせいで、遺跡が不安定になったんだろうか。
「だけど吹き出した邪の魔素は……ラ・エンが浄化したはずだし」
「ピピッ」
ふいにツン、と硬い物が頬に触れた。
「ティア?」
手に乗って目を瞬いたティアが、何か言いたげに尾羽を上下させた。
行こう、と言っている気がする。
「ええと……ラ・エンの所に?」
「ピッ!」
確かに、ラ・エンなら何でも知っているかもしれないけれど……だからこそ、簡単に行っちゃいけない気がする。
「でも……悠長にしてられない! ねえ、オレ、ちょっと行くところがあるから!」
二人へ声をかけると、苦笑と共に手が振られた。
「詳細は、言わないでもらえるとありがたいな~」
「とんでもないことはすんなよ?」
こくりと頷いて転移すると、一気にラ・エンの元へ走った。
ふわふわ燐光が浮かぶ幻想的な光景の中、何事かと驚く幻獣たちが見えた。
「ラ・エン! ごめんね、こんな時間に!」
勢いのままに冷たい身体に縋り付くと、温かい翼がオレを包み込んだ。
「私は、いつでも構わぬよ」
いつも通りの穏やかな声で、ラ・エンはオレを見る。深い深い金の瞳で、何も言わずにオレが選ぶ言葉を待っている。
「あの、ね! 遺跡の鍵が開けられなくて……今なら、助けられる人がいるのに!」
「ふむう。そなたはいつも何かに心を砕くのだなあ。難儀なことよ」
はぐらかすようなラ・エンの言葉がもどかしい。だって、ラ・エンは知っている。ティアを通して、きっと事情を把握している。
それでも。オレが、自分で望まなければ、決して手を貸さないだろうと思う。
オレは、必死に考えた。ラ・エンに何を望めば良い?
「鍵は、きっと邪の魔素。空になった魔石じゃダメなんだ、ちゃんと邪の魔素が必要なんだ」
そうだ、邪の魔素が必要なのに、真逆の聖域に来てどうするんだろう。
ラ・エンは邪の魔素を浄化する神獣なのに。
「ピ?」
ティアが、くりりと首を傾げた。その瞳は、『そうだった?』と言っている。
そう……でしょう? ルーが言っていたもの、最強の神獣が抑えて……あっ。
「そっか、神獣は集めて、抑えて。世界樹が浄化しているんだっけ」
なら、ラ・エンはできるんだろうか。
「ねえ、ラ・エン。この呪晶石に、邪の魔素を集められる?」
差し出した空の呪晶石に目を細め、巨大な竜は――頷いた。
「造作もないことよのう。それを担うのが、我らが故に」
オレは、パッと表情を明るくした。
「じゃあ……! お願いできない⁈」
「そうさなあ。『モノ』として存在してしまえば、私にはどうしようもなくなるよ。邪の魔石となってしまえば、我らに集める術はなくなるからなあ」
「大丈夫! オレが、ちゃんと浄化するから!」
ラ・エンができなくても、オレはできる。
胸を張ってそう言うと、眩しそうに目を細めたラ・エンが、くつくつ笑った。
「簡単に言うてくれる。ならば、任せようか。ほら、それをこちらへお持ち」
頷いてラ・エンの前に呪晶石を置くと、竜は翼を高々と上げ、不自由な身体で天を仰いだ。
「では、いくよ」
長く細い吐息が、呪晶石に向けられる。まるでそっとそっと注ぎ込むように。
そして、見る間に周囲に不快な気配が満ちてくる。
「浄化!」
呪晶石には掛からないよう、オレはシュッシュと浄化の魔法を振りまいていく。世界樹の根元で、邪の魔素なんて簡単に浄化されるだろうけれど。だけど、これはオレのせいだから。それに、ラ・エンを安心させたいから。
「ふふ、なんとも、ユータの浄化は奇抜で滑稽よなあ」
静かに笑う声に振り返ると、呪晶石を充填したらしいラ・エンが面白そうにオレを見ていた。それ、どう取り繕っても悪口だからね⁈
「これは! 空間を浄化するのに便利なの! 目立たないし」
スプレー方式だから、やたら光が満ちたりしないのだ。その代わり、効果も低めではある。
呪晶石の方は、と言えば――
「うっ……間違いなく呪晶石になってる! ラ・エンありがとう!」
ちょっと強力すぎやしないかと思うけれど、ラ・エンにとっては誤差の範囲なんだろう。
「また、カレー持って来るからね!」
「うむうむ、『おんせんたまご』も忘れるでないよ」
じっと見つめるラ・エンに手を振って、オレは再び転移した。
「――いい? もし、遺跡が開かなかったら開かなかったで、魔物が押し寄せると思うから油断しないで!」
「どんな魔寄せを持ってきたんだよ……」
「入手方法は聞かない方がいいよね~」
さっそく遺跡に臨むべく、オレたちは岩場の前に集合した。強力な魔寄せは、下手に取り出せない。直前まで収納に入れておかなくては。
魔物が大挙して押し寄せた時のために、3人でシロに乗ってスタンバイ。
「じゃあ、いくよ!」
ごくり、3人の喉が鳴る。
絶対に開く、その確信があった。だって、呪晶石を取り出した途端に、周囲が揺らめいたから。
一体、どんな風に遺跡が現れるのだろうか。扉が出現するかもしれないし、転移罠のように飛ばされるのかもしれない。
そうだ、呪晶石がこの場に残されたら危険だから、オレが回収できなかった場合はラピスに頼んでおかなければ。
緊張しながら呪晶石を岩場へ――
「「「……え?」」」
途端、大地の底が抜けた。
何の前触れもなく消えた地面。
オレたちは重力に引かれるまま、声もなく闇の中へ落ちていったのだった。
2024/9/8文学フリマ大阪12に参加予定でして、もうめっちゃ切羽詰まってたので昨日の更新は計画スキップさせてもらいました!
おかげさまで印刷所さんには出せたので、あとは初めて作った本がちゃんと形を成しているかどうか……。ちなみに、デジドラのSS集的なものを出します! 多分、もふしら好きさんは好きだと思うので、良かったら読んでみてね~(本編を)
また詳細は活動報告に書くようにしますね!