879 いなくなった二人
「どういうこと……?」
オレの困惑顔に、二人がもどかしそうな顔をする。
「なんだ? 連絡があったんだろ? 二人とダンジョンに行く話じゃねえの?」
「ラピスは何て言ってるの~?」
さっきラピスからフシャさんとドースさん、『探求の灯火』に貼り付いていた部隊に動きがあったと聞いて。それなら、彼らがダンジョン探索に向かっているという連絡のはず。
それなら、なおさら物資はあった方がいい。ラピスも急がないと言うので、超特急で買い物をすませて戻って来たわけだけれど。
「ダンジョンに向かった連絡じゃないの?」
――違うの。連絡が取れなくなったの。いなくなったの。
「えっ?! 二人が?! 部隊と連絡もとれないの?!」
彼らはCランク。そして管狐たちが交代でついている。強力な魔物や盗賊に襲われたなんてことがあれば、嬉々として管狐ネットワークが発動して、破壊神が降臨するはず。
「それがどうして急がないの? 大変な異常事態でしょう?!」
あっけらかんとしたラピスを前に、オレの方は徐々に鼓動が早くなって汗が噴き出してくる。
――ラピスはキリスが無事って分かるの。大丈夫なの。
そ、そうなんだ……眷属だもんね?! でもそれって無事が分かるのはキリスだけだよね?!
相変わらず人間への気遣いが皆無。しまった、こんなことならもっと二人にも気をつけるよう伝えておくんだった……! 唯一良かったのは、今日ついていたのはキリスだってこと。生まれてから結構経っている古参側の管狐だもの、それなりに判断力がある。
「とにかく! キリスの居場所は分かるんだよね?!」
二人は堅実派のCランク。そうそう滅多なことはないはず……!
オレたちは、取るものも取りあえずシロ車で現場へ向かったのだった。
「――つまり、ダンジョン以外の何らかの依頼へ向かって、消息を絶ったってこと~?」
「それって、フツーの生活してて居なくなったってことじゃね? 情報なんもねえよ」
それはそう。だけど、現場に到着してギルドでも話を聞ければ、何か分かるはず!
あとは、シロの鼻で……そう思っていたのだけど。
ラキ、タクトはシロと共にギルドで情報収集、その間にキリスの気配を追っていたオレたちは、ラピスの案内に従って森の中で足を止めた。
「あれ……? ここって……」
肝心のキリスも、二人の姿もない。だけど。
オレは、記憶を辿るように見回した。とても、覚えのあるこの場所を。
――この辺りなの。メーデーメーデー、キリス、お返事するの。
ちょっと違うんじゃないかと思いつつ、そんなことを言っている場合じゃない。
手の平にちょこんと座ったラピスが、大きな耳を上下させて小首を傾げている。
――分かったの。無事ならいいの。
「!! 連絡がとれたの?!」
ぐっと顔を寄せると、小さなふわふわが鼻先に顔をすり寄せ、当たり前のように答えた。
――とれたの。ちゃんと無事なの。だけど、そこへ行くのが難しそうなの。
「どういうこと……? 二人は無事なの?」
ラピスの『無事』に二人が入っていない気がして、念を押す。
――二人も無事って言ってるの。
やっぱり入ってなかった。今確認したらしいラピスがしっぽを振って頷いてみせる。
ひとまずホッと胸をなで下ろし、よく分からない状況を整理していく。
「でも、行けないってどういうこと? この近くにいるんでしょう?」
――近いけど、行けないの。空間が閉じてるの。頑張ったらキリスだけは出てこられるかもしれないの。
ますます分からない。だけど、少なくとも唯一繋がった糸であるキリスは、申し訳ないけどそこに居てほしい。
オレは、周囲を見回して気になった物を拾い上げた。
どうして、ここなんだろう。何も分からない事が、怖い。
『ただいま~! あれ? 二人は見つからない?』
そうこうするうちに、合流したシロ組が駆け寄ってきた。
「その様子じゃ、まだ見つかってねえんだな」
「ギルドで聞ける範囲では聞いてきたよ~。ユータが関わっていたから、なんとか詳細聞けたね~。そっちはどう~?」
二人の登場に、知らず緊張していたオレの身体から力が抜ける。
「それが――」
オレたちはシロの身体に包まれるように身を寄せ、集めた情報を交換した。
「――え、じゃあその商隊が失踪した場所ってのも……」
目を瞬かせるタクトに、こくりと頷いて自分の膝を引き寄せた。
「そう。あのとき辿れた最終地点は、ここ」
以前より長くなった草が全てを覆っているけれど、ここは、商隊が休憩していたと思われる場所。あの岩場、そして街道からの距離からしても間違いない。
そして――
「さらに、これもあったってわけ~?」
さっきオレが拾い上げたもの。岩の近くに転がっていた、既に効果を失った魔寄せの指輪。
ペンダントより劣るもののようだけど、確かに魔寄せだったのだろう気配がある。
「僕たちが聞いてきた情報とも合致するよね~」
彼らが受けていた依頼は、先の商隊の代わりに魔寄せを届けるというもの。他に運んでいたはずの食料なんかは他の商隊が代わって届ける手はずになったものの、情報の早い商人たちは失踪の状況を聞いて魔寄せを拒んだそう。
それなら、と『探求の灯火』二人が名乗り出てくれたらしい。なぜ率先して彼らがその依頼を受けたのか分からないけれど、乗りかかった船だったんだろうか。
暗くなってきた森の中、オレたちはテントの中へ引っ込んで今後の相談を続けていた。
「空間が閉じるって聞いたことあると思ったらさ、ほら、これじゃねえ?」
タクトが教科書のあるページを開いて指さした。教科書を出してくれなんて、一体何事があったのかと思ったら。
「ホントだ~! タクト、まだ習ってないのによく読んでたね~!」
どうやら退屈な授業の時に、ダンジョンについて書かれていたページを先読みしていたらしい。そこには確かに、『ダンジョンは閉じられた空間』という記載があった。
だから転移による出入りが困難で、通常とは違った空間になるのだとか。
「じゃ、じゃあ、二人はダンジョンにいるってこと?!」
「でも、ここらにダンジョンなんてないよね~?」
「キリスは分かんねえの?」
もっともなセリフに、うつらうつらしていたラピスに声をかけた。
「ねえラピス、キリスに詳しい話を聞ける?」
――聞けるの。何を聞くの?
「その閉じた場所ってダンジョン? 今、安全なんだよね?! あと、二人の会話で覚えていることとか、どうやってそこへ行ったのかとか、キリスが任務についてからの全部!」
小さくあくびしたラピスは、都度、キリスとやりとりを始めた。
――キリスは、分からないって言うの。ダンジョンみたいだけど、『流れ』がないから違う気もするって言ってるの。今は安全なの。どうやって行ったのか分からないの。急に行ったの。
『流れ』って階層を繋ぐ魔素の繋がりのことだろうか。ダンジョンがダンジョンたる大動脈のような、魔素の流れ。それがあるなら、ダンジョンの1階層まで抜ける魔道具が使えるかもしれないのに……。
安全を確保できていることに安堵しつつ、キリスが思い出す彼らの会話と、状況の断片を拾い集めていく。
あれからも、何かを気にした二人はちょくちょくここを訪れて調査していたらしい。
ものすごくうろ覚えなキリスの話では、何かしらの目星をつけて可能性を探っていたよう。『魔寄せ』と何度か聞いたらしいので、それが関わっている事は間違いない。だから、彼らは二つ返事で魔寄せを運ぶ依頼を受けたんだろう。魔寄せって中々入手できないものだから。
「それで、運ぶついでに調査を兼ねてここへ寄って――いなくなったってことか」
彼らは、何を知って何をしたんだろう。
テントの中で、3人の影がゆらゆら揺れている。いつの間にか、周囲は真っ暗になっていた。
もしかして、と呟いたラキにオレたちの視線が向いた。
「彼らって探索系なんでしょ~? 遺跡調査なんかが得意なはずなんだよ~。だから、もしかしてなんだけど、そっち系~?」
「「そっち系って?」」
タクトと声をそろえ、身を乗り出した。
「え~と、だから、昔の遺跡って隠されているものも多くって~。もし、万が一ここに入り口があったとして……『鍵』とか『必要条件』があったりするんだって~」
オレたちは、ごくりと喉を鳴らした。
「……じゃ、じゃあ、もしかして、魔寄せが?!」
「キリスに聞いたら分かるんじゃね?! その条件ってやつ!」
オレたちはがばりと起き上がった。
――指輪、持ってたの。何か話しながら岩の上に置いたの。その後、急に違う場所に落ちたの。
ほとんど夢の中にいたラピスは、こっくりこっくりしながら通信してくれた。
オレたちは、期待に満ちて視線を交わした。
それなら……! ギルドに魔寄せを取り寄せてもらえれば、もう一度入り口を開けるかもしれない!
「だけど、帰りは~? 入ったはいいけど出られないなら意味がないよ~?」
言われて、ハッとラピスへ視線をやった。
――出られると思うの。だけど、二人が動かないからキリスも出口を探せないの。
簡単に返ってきた答えにホッとしつつ、首を傾げた。
「どうして二人は脱出しないの? すごく居心地がいいってこと?」
――居心地はよくないと思うの。魔物がいっぱいいるからだと思うの。
「……え? 安全、なんだよね??」
心臓が、再び嫌な早鐘を打ち始める。
――今は安全なの。シールドの魔道具があるの。
あれ? 二人はシールドを羨ましがっていたから、持っていないと思ったのだけど。不思議に思いつつ続く言葉に耳を傾け……絶句した。
――多分、弱った人がいっぱいいるから、二人はそこから動かないんじゃないかってキリスは言ってるの。