878 富の集中
さく、さく、木べらを握った小さな手は、力を入れすぎて関節が白くなっているほど。
「ふう、手が重い……こういう作業をタクトやカロルス様がやってくれればいいのに」
ブツブツ言いながら生地をひとまとめにして、一息ついた。
「タクトなら、そこにいるけど~?」
振り返ったラキが不思議そうな顔をして、訓練場の方へ視線をやる。
「そうなんだけど……クッキーって、適当に混ぜると食感が変わっちゃうから」
「へえ~加工みたいだね~」
そうなのか。加工の上手下手には、そういうところもあるのか。
今日は、秘密基地でのんびりの日。
ほんの数日なんだけど、ダンジョンでの日々はすごく長かったような気がして。
だから、こうしてゆっくりお菓子を作っている。
ロクサレンで、料理人さんたちに手伝ってもらえば早いのだけど。今日はゆっくり丁寧に作りたかったから。
大急ぎで大量生産するんじゃなくて、作る過程を楽しみたかったから。つい愚痴を言ったけれど、そもそも今は誰にも手伝ってもらわなくていいんだ。
状態を見極めながら、無心でお菓子を作っている時間。なんだろうな、心地良い。
ふとラキの背中が目に入って、少し笑った。
なるほど、加工と似てるのかもね。だったら、ラキのことを色々言えないなあ。
先に作って休ませていた生地から、ぐいぐい平らに引き延ばしていく。
「はい、いいよ!」
オレの作業はここまで。にこっと笑うと、今か今かと構えていた面々が飛び出した。
『俺様いっちばん!』
『あえはも!!』
――ラピスは模様をつけてあげるの!
黙々と端からきっちり型抜きしていく蘇芳と、思うままに型を抜くチュー助とアゲハ。
ラピスは足跡スタンプ(極小)係らしい。
型抜き用の生地をいくつか残して、あとは円柱と棒状に整え、アイスボックスクッキー用にしておく。量産体制をとる時は、もっぱらこの方法だ。ショクラを手に入れたから、市松模様のクッキーもお手の物。簡単なのに凝って見えるのがありがたい。
クッキー作業はもふもふ達に任せ、オレは鍋の方へ移動した。
「……うん、いい感じ。多分」
正直あんまり善し悪しは分かっていないけれど、味はいいと思う。
並んだ大鍋は、それぞれ鶏ガラや豚骨と香草などを煮込んでいる。こういう機会に、手間暇掛かるだしの素となるものを作っておくんだ。こういうのは、いくらあっても困らない。残念ながら粉末だしの開発は、まだまだオレの構想段階でしかないし。
「あとは……飴でも作るか、ナッツのキャラメリゼにするか……。そうだ、パンやおにぎりってまだあったかな」
収納の中もそろそろ魔窟になりそうな気配なので、この際色々把握しておかねば。ひとまず貯肉はまだ結構残っている。というか減らす端から増えていくから全然減っていかない。
むしろ買わないと追加されないパン類や調味料が、すぐに減っていく。
「お布団とか、案外使うんだよね……追加しておこうかな。テーブルセットも置いてきちゃったし」
高ランク魔物ひしめくダンジョン、最奥で目にするものがアレでよかったんだろうか。まあ、休憩するにはいいかもしれない。
「テーブルはともかく、布団の追加ってどういうこと~? ユータ結構持ってたよね~?」
伸びをして振り返ったラキが、呆れた視線を寄越した。
「そうなんだけど、これが結構使うんだよ。大勢だとまかないきれなくて不公平が出ちゃうから、どうかなと思って」
魔族の子たちの時も、テーブルクロスまで引っ張り出してなんとかしたんだもの。10セットはそろえておきたい。
手元のメモに、次々必要なものを書き込んで吟味する。少ないより多い方がいいし、油とパンはもう少し増やそうかな。布団も余裕をもって20セットくらいはあった方がいいのかも。
「うわ~本当に買うつもりだ~。もっと冒険に必要なものを買ったら~?」
「……そうしてるつもりなんだけど」
いつも適当に買って、適当に収納に放り込んでいたもの。今こうしてリストアップしていることで、とても堅実でデキる冒険者の気分に浸っていたのだけど。
「その買い物リストだと、せいぜい宿屋だよね~」
「冒険者は野営するんだから、当たらずとも遠からずって所じゃない?」
「うん、当たらず遠すぎるね~」
哀れむような視線にムッと唇をとがらせる。
「じゃあ、たとえばどんなもの?!」
「普通はまず消耗品の補充だから~、回復薬系とか~、次の地図とか~」
オレはぽんと手を打った。
「そっか! 魔法薬ほとんど持ってないもんね! オレ、ついでに買ってくる!」
「そっちがついでなんだ~」
すかさず入るツッコミを聞き流し、オレはメモを手に秘密基地を飛び出したのだった。
「――そんなに買って、一体どこで宿屋をやるつもりだい?」
さっきパンを買ったお店でも、どこで食堂をやるのかと聞かれてしまった。ここで堂々と冒険者として! なんて答えないのが成長の証。オレは、空気を読める子なのだ。
「ロクサレンの方に新しい宿ができたんだよ!」
ついでに新しい宿の宣伝までする有能っぷり。自分に惚れ直していると、店主さんが感心したように口を開いた。
「へえ……最近ロクサレンを聞かねえ日がないみてえだな。英雄の隠居地でしかなかったはずなのによ、どうしたってんだろな」
「昨日も聞いたよ、またロクサレンが何か仕出かしたんだってさあ! すごい額の褒賞が贈られるとかでさ! こりゃ、また移住希望者が増えちまうよ」
ロクサレンで盛り上がり始めたお店の中、オレは一人でだらだら流れる汗を感じていた。
噂が早い……もう褒賞の話まで?!
「しっかし、ロクサレンにあんまり金が集まんのもどうだかなあ。貴族サンに目ぇつけらんねえといいが」
「カニも、天使も、カレエもだろ? 王都で話題の大魔法だって関わってるらしいぜ。その褒賞の件だってそうだ。カロルス様の話題以外でソレだもんなあ。やっぱ天使の加護ってやつなのかねえ」
流れる汗が滝のように感じる。
『そうねえ、天使様はロクサレンが好きだものねえ』
『主ぃ、カロさんより目立ってるぜ!』
こ、これは由々しき事態。ロクサレンに富が集中するのは確かにいらぬトラブルを生みそうだ。それでロクサレンがどうにかなるとは思っていないけれど、ちょっかいをかけてきた側はどうにかなると思う。
何か、他人の目を誤魔化せるような……敵対されにくそうな何かがあれば……。
「そ、そうだ! お金は使っちゃえばいいんだよ!」
こういう時こそ、慈善事業じゃないか!
『慈善事業ってそういうものか?』
『慈善、とは』
せっかくのいい思いつきに茶々が入ったけれど、オレは素晴らしい思いつきに目を輝かせた。
「あんまり多額の寄付も微妙。だけど、現物なら!」
そう、ついこの間話題に出てたじゃない!
『ああ、教会ね……』
モモの呟きに大きく頷いてみせる。
慈善事業の一環として、天使教の教会を建てる。これには莫大なお金がかかるもの!
さっそくカロルス様たちに急いでもらおうと思ったところで、管狐ネットワークから連絡が入った。
「――え? 向こうに動きがあった? よし、すぐ向かおう!」
オレは素早く買い物リストに目を通し、急いで買い物をすませるべく走った。
『すぐに向かうんじゃないの?』
だって、せっかく買い物に来ているのに。
オレはモモたちのぬるい視線を感じつつ、買い物に勤しんだのだった。
皆様本日「もふしらファンアートコンテスト」結果発表しました!
もふしら閑話・小話集の方へ掲載していますのでどうぞご覧下さい!そしてありがとうございました!!