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877 ギルドを背負う人

こっそりギルマスの部屋までやってきたオレは、半ば開いている扉からそっと顔を覗かせた。

ギルマスは……いた。書類仕事をしているカロルス様と似たような格好で、いかにも面倒そうにだらけつつ何かを書き付けている。

「覗いてんじゃねえよ」

不機嫌そうな声に首を竦め、一応ノックをしてから滑り込んで扉を閉めておく。

「おう、お前か。大活躍だったらしいじゃねえか」

今回は大きな出来事だったから、ギルマスの方へは既に詳細連絡が行っているはず。

にやりと笑った大男が、これ幸いとばかりに書類を放り出して手招きした。

「大活躍じゃないよ、大変だったよ!」

「だろうなあ」

人ごとみたいにそう言って伸び上がり、首など鳴らしている。


「ギルマスは、予想してたの?」

だから、オレを回復役として送り込んだんだろうか。貴重な高ランクたちを失わないために。自分のギルドではないとはいえ、彼ならそう考えてもおかしくない。

「ンなもん予想できるワケねえだろ」

呆れたようにオレに視線をやって、デスクまで歩み寄ったオレをさらに引きずり寄せた。

オレは! コップか何かじゃないんですけど!


「ま、助かったのには変わりねえ。あいつらも存分に成長したろうし、考え得る最良の結果ってヤツだな」

むにむにオレの頬を揉む手つきにしろ、声にしろ、セリフと合ってないと思う。これ、傍から見たらどう見ても脅迫現場じゃない?

「知り合いじゃないのに、どうしてそんなに気に掛けていたの?」

「『そんなに』気に掛けてはいねえだろ。お前が行くついでに、気をつけてやれってだけだ」

確かについで、とは言われたけど。だけど、そもそも補助要員としてウチのギルドから参加する予定はなかったんでしょう? あの時、オレならば、そう思ったんでしょう?

ギルマスはきっと、知っていたんだろう。ギルドを背負った彼らが、退かないということを。


「知り『合って』はいねえけどよ、知ってはいんだよ。クソ真面目でなあ……師弟でいらん所まで教え込みやがって。ギルドへの貢献なんざぁ、クソ食らえだ」

どこか懐かしむように細めた目は、複雑な色をしていた。

「それで得た栄光も名誉も、邪魔にしかならねえんだよ」

「じゃ、邪魔に……?」

きっぱり言い切ったギルマスは、むしろ腹立たしそうな顔で頷いた。

「伝えるしかねえだろうが、華やかな最期ってヤツを。てめえらはいいだろうがよ、どうすんだよ、後続はよ」

ああ、そうか。

だから、彼らもあんな風に。

だから、『邪魔になる』のか。


少し感傷に浸っていたというのに、揉んでいた頬をそのまま掴んで引き寄せられた。

「だから、なァ。俺がお前に期待してんのは、そこだ」

どう考えても因縁つけている様相で、地を這うような低い声で、ギルマスが額の触れそうな距離でそうささやいた。

……期待? 今、期待って言った?

乖離する言葉の内容と態度に混乱しつつ、その瞳をのぞき込む。


「命だけは持って帰れ。他全て捨てていい、それだけは持って帰れ。お前は、それを守れるだろう」

当たり前だと思っていた。

オレの住んでいた世界で、時代で、それは当たり前のこと。

だけど、違うんだろうな。オレの世界でだって、きっと。

乱暴に捕まえる手を振り払い、オレはお返しとばかりにギルマスの両頬をつまんだ。

「オレはギルマスの言葉なんて守らないよ。オレは、オレが思う通りにするんだよ」

「け、言うこと聞かねえガキが……俺を守ろうなんざ100年早ぇんだよ」

一挙動でオレの手を振り払い、ギルマスがじろりとオレを睨み付ける。

ふふ、バレちゃった。ギルマスだからって、そんなに何でも背負わなくたっていいのに。なんでも自分のせいにさせようとしなくていいのに。


「ま、てめえは早くランクを上げろ。タラスクゴア戦闘の要になっておいて、Dランクはねえだろ」

「そ、それについては前向きに検討をしており……」

そもそも今回だって回復術士としての活躍だったから、それほど異質感はないはず! 得てして回復術士のランクは低いものだ。

「……てめえの甘っちょろさにも、いい薬になるかと思ったがな」

呟かれた言葉を聞き逃さず、むっと唇を尖らせた。やっぱり、オレの訓練を兼ねていた!

だけど、そう、オレが期待の星ならば仕方がない。


ふふんと胸を張って、真っ直ぐ強面を見上げた。

「甘くないよ! 犠牲を払って簡単に事を成そうなんて、甘っちょろいこと考えないんだよ!」

「言うじゃねえか」

にやっと浮かべた笑みが極悪だ。

分かってる。実際、それだけでは乗り越えられない事がたくさんあるだろうってこと。

だけど、順番だけは間違えないようにしたい。

一番大事なものを削って、二番三番を得ようなんて、おかしなことだもの。

世間知らずで、経験不足で、だけど、だからこそしっかり立てられるオレの柱。

オレは、改めて自分の中にある柱を大切に撫でたのだった。



「ぐああ~~!! うぐう~~~!」

転げ回る彼を、淡々とした声が一刀両断する。

「タクト、うるさい~」

「だって!!! 俺も行きたかった!!」

がばっと起き上がったタクトはもはや半泣きで、枕を抱え込んで呻いている。どうやらうらやましさの限界を突破したらしい。


「それで~? タラスクの素材が手に入ったの~?!」

当然、ラキの興味はそこに尽きる。

「う、うん。ゴアは折れたトゲくらいだけど、タラスクは途中にいたから」

ゴアは丸ごと国へ提出になったので、オレたち冒険者の取り分は破片や金銭になる。

戦闘以外にも『超大容量の収納袋』という触れ込みで協力したオレは、報奨金が弾まれるそうだけど……。そんなもの、オレ個人宛にされちゃたまらない。しっかりロクサレン宛てにしておいた。広がる噂もきっと、『ああ、ロクサレンか……』ってたいした騒ぎにならないに違いない。


「こ、これがタラスクのトゲ……」

正確にはタラスクゴアのトゲだけど。恍惚とした表情でトゲを撫でるラキは、怖い以外の何物でもない。

「あれがいくつも高速で飛んでくるのか……俺、受けられんのかな」

やや真剣な顔をしたタクトが、じっとトゲを見つめて思案している。タクトの身体強化は相当なレベルだけれど……。

「オレもね、ダンジョンって楽しいと思ってたんだけど」

つい、呟いた言葉に二人がこちらを向いた。


「長かったなあ。暗くて、狭くて、ずっと、ずっと続いているような気がして。それで……怖かった」

誰かが、いなくなってしまうんじゃないかと思った。

「あのね、冒険者パーティって本当に大事だよ」

何を伝えればいいか分からず、ただそう言ってにこっと笑った。

彼らは、彼らだから前だけ向いて進めた。

オレも、タクトとラキがいてくれたら。何度そう思ったかしれない。それでも、オレにはシロたちみんながついていたから。

だけど、一緒にいたら。そうすれば誰かがいなくなるかもしれない恐怖は、もっと強くなるんじゃないだろうか。それだって、安易に選んだ『犠牲』なんじゃないだろうか。


「……まだまだ、ってとこなんだね~」

「え、何が?」

苦笑したラキのセリフに目を瞬いて、何か聞き逃したかと首を傾げる。

「迷っちゃうんだね~。もっと、頑張らなきゃ~」

「まあ、そうだけどよ。遠いよな」

二人が意味ありげな視線を交わして、二人がかりでオレの髪をかき回した。

「何のこと……?!」

憤慨したオレに、タクトがにやっと笑った。

「カロルス様はさ、きっと連れて行く面子を迷わねえってことだよ!」

言われた言葉を反芻して、ハッとした。

「ち、違う。そうじゃなくて……そうじゃなくて!」

「分かってるって」

「そうじゃないのも、分かってるよ~」

可笑しそうに笑う二人が、妙に大人びて見える。

オレは安堵と共に、色々混ざった心の内を丸ごと飲み干した。

今はまだ、迷うけれど。

だけどその時は随分近そうだと笑ったのだった。

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