875 祝宴
うおお、とすごい声がする。
オレたちが地面へ降り立って、ほっと息を吐いた一瞬の空白。
直後に湧き上がった歓声と、ものすごい勢いで駆け寄ってきた人たち。
「ま、待って待って! まだ回復が……」
即死しなかったのが不思議なくらいの大怪我だったんだから! むしろ、あれはほとんどタッチの差で即死?
もみくちゃになるリーダーさんに焦って声を張るけれど、勢いは緩まない。
「気にすんな! こいつはそうそう死なねえよ!」
「はぁ?! 今さっきまさに死んでたわ!!」
ばしばし叩かれて顔を顰めつつ、その口元には笑みが浮かんでいる。
本当に、頑丈な人だ。心身共に。
仕方なくぴったりくっついて回復を続ければ、早かった鼓動と呼吸は徐々に落ち着き、力の入っていた身体が弾力を取り戻した。
滝のように流れていた脂汗も止まっただろうか。
本当、見栄っ張り……。
くすっと笑って腕の中から飛び降りると、地面に足が着く前に捕まった。
「ま、待てよ俺の天使! お前が離れたら、俺死ぬとかねえ?」
はっしと抱えられ、メルヘンな言い様に思わず吹きだした。
「オレはただの回復役! もう回復したから大丈夫だよ! 痛くないでしょう?」
「え……マジか……俺、マジで生きてんの? そんな都合のいいことある?」
不安と期待に揺れる瞳は、まるでオレの答えが生死を決めると思っているかのようで。
「あるよ! だってオレが大丈夫、って言ったんだから!」
カロルス様になったような気持ちで、自信満々に。
黄みがかった橙の瞳をしかと見つめ返し、にっこり笑った。
ついでに、小さな飴を彼の口の中へ押し込んで、今度こそ飛び降りた。
「ほら、甘いでしょう? 生きてて、良かった……ね!」
リーダーさんは呆然と口内の飴を転がすと、大きな両手でゆっくり顔を覆ってしまった。
「――ああ、良がっだ……生ぎでて…………くそ甘ぇ」
おや、甘いの苦手だったかな。
ぼたぼた伝う滴を見て取って、パーティメンバーが苦笑して彼を囲んだ。
「お前はホント締まらねえな……」
「馬鹿、今だけ格好いいとこ見せとけよ……」
「も゛う゛見゛せ゛た゛!!!」
集う彼らも泣いているのは、きっとリーダーさんには見えないだろうな。
オレもぐいと袖で顔を拭って、後ろに控えている3人の元へ駆け寄ったのだった。
「――正体って言われても……」
胡乱げな視線を浴びながら、頃合いを見て油の中から唐揚げを取り出した。
どうやらここが最下層の最奥らしいので、調査と休憩を兼ねて野営をすることになり……そうすると美味しい食事を覚えたエリオットさんたちの視線が痛いわけで。
つまりは全員分の食事を作る羽目になるわけで。
まあ、道中で補給したよくわからないお肉もたくさんあるので、全部唐揚げにしてしまえ! と今に至る。
ちなみにラキの教えの元、ちゃんとお金はいただくけれど。
「ただの補助員のわけあるかっての! 誰がDランクだ! お前、実はAランクだろ?!」
「しかし、偽って補助員をやる理由があるか……?」
「まあ何でもよいわ、助かったのじゃからの」
さっきから詰め寄るエリオットさんは、段々衣をつけるのが上手くなってきた。
しきりと言いがかりをつけるもんだから、どうせ側にいるならと手伝ってもらっている次第だ。
「俺たちも非常に気になるが……。確か、聞いたことがある。すげえ有望株のちびっ子パーティがいるってな。特に、『幸運の黒髪』の噂は……」
銀髪のサブリーダーさんがオレの方へ流し目を寄越して、思い思いに寛いでいた冒険者さんたちまで、一斉にオレの髪に視線をやった。
「え、もしかして黒髪って、あの?!」
「はあぁ?! アレってただの昔話じゃなかったのか?!」
「な、なんじゃと! ワシはてっきり女神のような美女じゃと……!!」
どうしてみんな知ってるの! オレのくだらない噂……。
「ち、違うから! あれは、出張回復屋さんをやったり……そう、ほら今みたいに食事を分けたりしていただけなの! 尾ひれにツノと翼まで生えて飛躍しただけ!」
主にハイカリク周辺で広まった噂……。
回復も食事も、どっちも基本的に有料ですけど?! そんな都市伝説扱いされる意味が分からない。
「出張回復って、お前、一人で外に出てたってことか? そりゃ、どうりで……」
サブリーダーさんが呆れた顔で首を振った。
「でも! ガウロ様は回復術士だけどあんなだよ! オレは戦闘してないんだから、ずっとずっと普通!」
規格外はオレだけじゃない! と主張すると、『ああ……』と皆が遠い目をする。ガウロ様、便利だ。
「あのな、ガウロ様はAランクだぞ?」
エリオットさんがじとりと見下ろしてくる。
「あとお前、戦闘できるだろ。避けるだけがそんなに伸びるかよ」
サブリーダーさんに指摘され、ぎくりと肩が震える。
「た、短剣とか使えるだけ! あのデカい魔物に短剣じゃ意味ないでしょう?」
魔法もあるけど、あの硬質な皮膚相手ではどうだか。
結果的に回復に専念したからこその、全員無事だと思っている。
「それに、バルケリオス様だってそうでしょう? 全然戦えないけどシールドは凄いよ?」
『ああ……』と再び皆が遠い目をした。バルケリオス様、便利だ。
「あとオレ、回復はA級だから!」
A級とAランクは違うけれど、それも回復術士がランクを上げることが困難だからこその判定制度。つまりは、回復術士としてならAランクと言っても過言ではない! ……という雰囲気にしておく。
「あのな、バルケリオス様はSランクだぞ?」
見下ろすエリオットさんのセリフは、跳ねる油の音で聞こえなかったことにする。
さて、山盛りの唐揚げは収納の中を含め……カロルス様6人分くらいになったかな。これだけあれば大丈夫だろう。
あとはただ焼いた肉と、スープやらパンやらおにぎりやら。決して豪華ではないけれど、普通外で食べられないご馳走だ。訳あって、とにかく嵩張る肉を消費するための食事。
「さすがにすげえ量だな!! なんだこれ、むちゃくちゃ美味そうな匂いがすんだけど!」
「っつうか、いくら入るからってテーブルセットまで持って来るやつがあるかよ……」
何を言う。こんなこともあろうかと長テーブルが二つあったからこそ、こうして並べられるんじゃない。備えあれば憂い無しだ。
『備えてないわよね。何でもかんでも突っ込んで忘れてるだけでしょ。むしろ憂いの元になるんじゃないかしら』
『備えなしの憂いあり、だな』
チャトの辛辣なセリフに、プスーっと蘇芳が吹きだしている。い、今は役に立ったからいいの!!
さあ、テーブルの周りをゾンビのごとくウロウロする冒険者さんたち、席についていいよ!
「――おいいっ! 放置すんじゃねえよ! 構えよ!!」
そこへ、リーダーさんが大層ご立腹の様子でテントから飛び出してきた。
「おお、ちょうど拗ね終わったか! お前、いいタイミングだな」
「え? マジで? うわ、なにこれ美味そう!!」
いそいそ席に着いたリーダーさんは、その……格好悪いところを見せたのがショックだったらしい。『いつも通り』いじけタイムに入ったそうなので、皆に言われるままそっとしておいたのだけど。
『正しい対処法だったみたいね』
『さすが、Aランクの絆だぜ!』
そ、そうかな。これも絆のなせる技かな……。
「――お前、すげえな! 料理できんのか! ますます俺らのパーティに入らなきゃな?」
「入らないってば」
料理できる人なら、いくらでもいるよ。そろそろ雑になってきた勧誘に苦笑して、オレも適当に返事する。
「いいから、早く食おうぜ。さっさと乾杯って言え!」
耳と尻尾を垂らすようにシュンとしていたリーダーさんは、サブリーダーさんに小突かれ、今回も速攻で立ち直って立ち上がった。
「よしっ! 困難を乗り越えたこの勝利に感謝を! 共に戦い抜いた仲間たちに、栄光と祝福を! 次なる冒険と伝説へ、乾杯ッ!!」
「「「乾杯!!!」」」
……ああ、良かったな。
勝利の祝杯は、こうじゃなきゃ。
恐る恐る口に運んだひとくち、そして始まったAランクとBランクによる壮絶な唐揚げ争奪戦。
オレはたまらなく楽しくて、目を細めて顔を拭ったのだった。
「――しかし、金ならいくらでも払うが……本当に、こいつが収納に入るのか?」
そろそろ落ち着いてきた祝宴の席で、サブリーダーさんが困惑気味に後ろを振り返った。
そう、この大量消費は、タラスクゴアを収納魔法で運ぶための、ささやかな言い訳。
テーブルセットも含め、収納袋を可能な限り空けるっていう名目だ。だって、あまりにも巨大でどうしようかって皆途方に暮れていたから。
「うん、多分大丈夫じゃないかな……。この収納袋はAランクの人からもらったやつだから!」
「ほう? 誰だ? 随分と太っ腹な……ああ、親か?」
こくり、と頷いて少々照れくさく、もそもそパンを口に詰めながら続けた。
「オレの……その、パパだよ。カロルス様っていう……」
……ブフーーッ!!
一瞬の沈黙の後、なぜか全員が口に入っていたものを吹き出して、その場はまさに阿鼻叫喚のごとく大騒ぎに包まれたのだった。
知らなくても大丈夫だけど噂は15巻SSがベースだったり。
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17巻はどうだったでしょう……キャラ紹介に一部間違いがあって若干凹んでます(^^;)間違いって分かりやすい部分でよかったけども……