874 大丈夫
「回り込め! まず遠距離を潰せ!」
「でけえよ、尾っぽの付け根は無理だ! 端から刻め!」
ただただ、すごいな、と思う。
これが、Aランクパーティ。こんなにたくさんいるのに、各々パズルのピースのように、ぴたりとそれぞれの役割を担っているのが分かる。
魔物の前に陣取って、他のメンバーへの攻撃を防ぐ赤髪のリーダーさんたちと、尾を狙う銀髪のサブリーダーさんたち。
厄介な尾を潰そうと、前方は少数精鋭として、後方に戦力が割り振られているみたいだ。
「きゃああ!」
「任せてくれ!」
掠めた尾に吹っ飛ばされた人が、控えていたエリオットさんたちに瞬く間に運び出された。もっぱら運搬役として活躍する彼らには、モモと蘇芳をつけてある。
「ユータ、頼む!」
「うん! 大丈夫!」
回復だけは、存分に。シロに乗って駆け回っていたオレは、すぐさま戻って回復する。
「す、ごい……」
言葉を詰まらせて自分の身体を見る冒険者さんへ、にっこり笑って戦線へ駆け戻った。
「しまった、来るぞ! 気ぃ付けろ!!」
傷だらけになった尾が高々と掲げられ、エリオットさんたちがさらに距離を取る。
至近距離であのトゲを受けきれるか……。ぐっと身構えた面々と、攻撃のキャンセルを狙って正面から剣を振るうリーダーさん。
激しい衝突音と、悲鳴。そして、魔物が吠えた。
「なっ……構えろ!!」
トゲの射出と同時に振るわれた尾で、シールドが突破された。吹っ飛ばされた人もいる。
だけど、一振りした尾は、再び持ち上がった。
射出と悲鳴、さらに――
「まだ来る! 散れ! 受けきれねえ!」
不利を悟ったのだろうか、魔物の方も必死の様相を呈してきた。まるで駄々っ子のようにひたすらにトゲの射出を繰り返そうとする。
既に半数ほどが地に転がる中、充填の速度は落ちたものの、震える尾はまだ射出の体勢をとろうとしていた。
「回復が必要な人は手を挙げて!」
吹っ飛ばされたものの、大体は皆起き上がる。一度に回復するにはばらけていて数が多い。起き上がらない明らかな重症者へ回復を施しながら、駆けた。
右に、左に。飛来したトゲを避け、今にも踏みつけられんとする人を引きずりながら回復する。少々乱暴でも、許してほしい。
半身を赤く染めて立っていた銀髪の人が、弱々しく手を挙げている。そこへさらなるトゲの射出を見てとって、避けようと足をよろめかせた。
「来たよ!」
シロにしか出来ない芸当で、飛来するトゲが弾き飛ばされた。 弾道の途中で体当たりなんて、トゲだって想定外だったろう。
「……とんでもねえな」
下げていた盾を持ち上げ、礼を言った銀髪の人が苦笑した。
「お互い様だと思うけど」
割と、この人もとんでもない。巨大なトゲを盾で逸らせるなんて。
「俺はAランクなんだが?」
言いながら駆け戻り、振るわれた尾から仲間を守る。ついでに切り付ける様は、彼の地に着いた確かな腕を感じさせた。
大丈夫、この人たちなら倒せる。
傷だらけになった巨大な足は、もう容易に身動きがとれない。少しずつ、少しずつ弱っていく魔物を感じる。
飛来するトゲへの対処がみるみる上達するのは、さすがとしか言い様がない。
Aランクへ同じ攻撃を繰り返すのは、悪手なんだろうな。
ふいに、魔物の悲鳴が響いた。
水音と共に、地面を揺らすような重い音。
そして、ささやかながら力強い歓声。
激しく振り回される尾は短く、断端からは大量の飛沫が散っていた。地面でひくついている長大な塊は、先ほどまでの脅威。
「――避けろ!!」
油断があったとは思えなかったけれど。
それでも、尾の脅威はなくなったと。
誰もがそう思った時、リーダーさんの声が響いた。
瞬時に身構えた中で、それでも後衛たちが遅れを取った。
身を投げ出すような勢いで激しく後退した魔物に、数名が弾き飛ばされる。だけど、下敷きを防いだだけでも、儲けもの!
「大丈夫!!」
不自由な足で勢いのままに尻をついた魔物が、個別にトドメを刺そうと動き出す。
短くなった尾を振るう、その、前に。
戦場を駆け回り、最前線で回復をする。
回復さえすれば、Aランクだもの。勝手に動いてくれるだろう。
「ユータ、こっちだ!」
無事だったエリオットさんたちも、素早くけが人を離脱させてくれる。
一時離散した後方部隊を庇うよう、前方部隊の攻撃が激しさを増す。
けれど、少々の傷は厭わないとでも言うように、魔物が後方へ姿勢を変えようとした。
「くそ、お前はこっちだ!」
前方の精鋭たちが、さらに距離を詰めた瞬間。
後方に視線を固定していた魔物が、ふいに形を変えたように見えた。
周囲の人を抱えて飛びすさったリーダーが、投げ飛ばすように彼らを放り投げて――機敏に転がった魔物の下に、消えた。
甲羅のトゲが折れる激しい音の中、瞬時に体勢を戻した魔物が、首を伸ばして何かを咥えたように見え――
呼吸を止めたそれぞれの視界の中、顎の隙間から見えた、赤い髪。
口腔へ誘うよう真上を向いた顎が開いて、何かが、一瞬宙に投げ上げられるのが見えた。
ほとんど装備の崩れた力ない身体と、それでもまだ握っている剣と。
それと、簡単にひと呑みにできる巨大な口。
そして、そして、一直線に飛び込んだ小さな影。
*****
――剣だけは、握っていよう。腹の中で、刺さりゃあいい。
それだけを考えていたのは、覚えている。
急激に薄れる意識の中、それはおそらく、刹那の間。
多分、勝てるだろう。俺抜きでも。
あんな、化け物回復役がいりゃあ、尚更。
走馬灯よりも、直近の出来事が脳裏に浮かび、彼の唇が微かに笑みをかたどった。
閉じようとする顎は、随分ゆっくりに見える。どんなに脳みそが高速回転しようと、もうどうにもならねえよ、と自分の身体に言ってやりたかった。
まぶたを閉じるのも億劫で、顎が閉じるのと、自分が死ぬのどっちが先なのか……なんて半ば呑気なことを考えて。
もう灯が消えると思った瞬間、動かないと思っていたまぶたが、思い切り見開かれた。
身動きひとつままならない身体に突っ込むように、凄まじい速度で飛びついた小さな身体。
「だいっ……じょうぶ!!」
闇と、光と、急激に早くなる時間と、閉まる顎。
――あ、と声を漏らすのがやっとだった。
声にならなかった名前が微かに唇で紡がれ、エリオットたちは呆然と立ち尽くす。
いち早く武器を構え直したAランクたちが、歯を食いしばって攻撃を再開しようとした時。
魔物の足が崩れた。
どん、と落ちてきたのが魔物の上顎だと気付くより早く、糸が切れたように魔物の全身から命が抜ける。
頭のあった部分から飛び降りてきた男の腕の中には、ぴたりとしがみつく幼児がいた。
*****
さすがに、怖かった。
シールドは張れるけれど、こんな巨大魔物の咀嚼に耐えられるかは分からない。頼みのモモは、エリオットさんたちと一緒にいる。
そしてオレは、回復をしなきゃいけない。重症者の回復に集中するには、シールドは張れない。
回復が、間に合うかどうか。
だけど、何かあっては信じてくれたシロに申し訳が立たないから。
大丈夫、咀嚼されるより先に腹の中へ飛び込んでやる。そこで、シールドを張れば良い。
まず、回復を。
だって、リーダーさんは『今は』まだ、生きていたから。
「だいっ……じょうぶ!!」
リーダーさんに、自分に言い聞かせるように口にして、思い切り魔力を込めた。今はただ、命を繋ぐだけの回復でいい。
閉じる顎の中、すぐさまシールドに切り替えようとした時、思わぬ力で抱き寄せられた。潰れるほどに密着した身体に、ぐっと力が入ったのが分かる。
真っ暗になろうとする口腔内で、Aランクの剣が振るわれた。
ぱっと明るくなった視界に目を瞬いて、オレを抱える人を見上げる。
まだ、ちゃんと回復してないのに。
折れてるでしょう、潰れているでしょう、あちこち。
よくも、まあ。
魔物と共にぐらりと落ちそうになった身体に慌て、ぎゅうとしがみついて回復を施した。
「…………俺、死んだろ? 今のはさすがによ」
倒れ伏す魔物から飛び上がった彼が、まるで不服かのように呟いてオレを見下ろしている。
「生きてるよ、大丈夫!」
くすくす笑ったオレは、着地してまもなく、彼と一緒にもみくちゃにされたのだった。
発売されましたね!17巻!!
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