869 忘れていたこと
結局、何だかんだと魔道具はオレに押しつけられたまま。
だけど、考えてみればオレが使うことはないんだから、持っていても良いのかもしれない。彼らからしてみれば、何かあってもオレが逃げられると思えるのは、安心材料なのだろう。
「だけど、その場合は全員で逃げればいいのに……」
オレに戦闘能力がないなら、1階層であっても放り出されれば無事ではすまないと思うのだけど。
ギルドのエースとして、そんな浅慮でいいのだろうか。
『主ぃ、分かってないな。ギルドのエースだから、だぜ!』
チッチッと指を振るチュー助が、腹立たしい訳知り顔でうんうん頷いてみせる。
聞き返そうとした所で、前方から『あっ』と声が上がった。
「ダリアさん!」
ぱっと散った赤に、すぐさま駆け寄ろうとして首根っこを掴まれた。
「離して! 回復しなきゃ!」
オレ、回復要員なんですけど! 見上げたバルタザールさんは、呆れた顔でオレを見下ろした。
「小童、普段戦闘に参加しておらんな? 大パーティの後方支援か? 回復要員が前線に出てどうする!」
「で、でも! 回復しなきゃどうするの?!」
「あの程度、不要と判断しておるから戻って来んだけじゃ。動けんならワシが引きずって来る。あそこで回復なんぞできんじゃろが」
そ、そうか。回復要員はそういう戦略をとるのか。
確かに、戦えないのに最前線へ行くのは邪魔だし無駄だ。
表情も変えずに前線にとどまっているダリアさんだけど、左肩あたりから滴る赤が、素早い身のこなしの度に周囲へ散っている。見ているオレの方が痛々しくて辛い。自分が怪我するのは我慢できても、他人の怪我って本当に辛い。むしろ、怖い。
早くなる呼吸を意識して落ち着け、万が一に備えて全身を緊張させる。
どこまで? どこまで見守ったらいいの? 命だけ拾うって……本当に、本当に無理難題だ。
と、悲鳴と共にもんどり打って――転がった魔物が動かなくなった。
しばらく睨み付けていた二人が、やがて剣を振って鞘へ収める。
「ダリアさん!」
「お、おう。なんだ? すまないな、怖かったな」
終わったとみるや駆け寄ったオレの勢いに、ダリアさんが若干身を引いている。
「回復! オレ、回復要員だよ? 戦闘中でも回復するから……!」
「そうだったな。だが、左腕だから構わない」
「右でも左でも上でも下でも! 構わなくないよ! 痛いでしょう!」
「私の腕は左右しかないが……」
そういうこと言ってるんじゃないから!
オレはかぎ裂きに開いた傷へ手をかざして、ふわっと回復の光を灯した。
暗いダンジョンの中に、柔らかな明かりが生まれ、闇ににじむように消えていく。
そして、傷もきれいさっぱり消えていた。
「す、ごいな……?! 嘘だろう……?!」
「おわ~、マジか。一瞬じゃん。そりゃ、助っ人に呼ばれるわけだ! ユータ本当に凄腕なんだな?!」
「やるではないか、小童! こりゃ思わぬ拾いモンじゃ」
沸き立つ3人に手放しに褒められながら、重い息を吐き出した。
これは、しんどい。
そろそろ、魔物の脅威度も上がってきて、目を塞いでいるわけにもいかなくなってきた。
他人の怪我を許容するのは、自分の怪我を厭わないのとはワケが違う。いくら、彼らのためだと言っても……。
「……もしかして、ギルマスはオレの訓練も兼ねたのかな」
ふと、そんな気がして唇を結んだのだった。
「は~~っ! 美味い!! 今の俺、幸せ~!」
小さな明かりの中で、大きな声が響く。
「こんなダンジョン攻略なら、何度だって構わんくらいじゃ!」
「賛成。明日も美味そうなの狩ろうって気になる」
今日は、巨大モグラことビッグモルモルの照り焼き丼。少々土臭さのあるお肉だったので、味付けの濃い照り焼きにしてみた。生姜もどきを強めに効かせれば、土臭さも一種の風味みたいに感じる。
「食料の心配がないどころか、楽しみになってんだもんなあ……余所はカワイソウってな!」
「違いない」
「しかも、じゃ! ワシ、飯を食うたびに元気になる気がするんじゃ!」
口々に褒め称えるのをくすぐったく聞いていたオレは、慌てて手元のスープに視線を下げた。
『ハズレ、ね!』
『料理の方じゃないもんな!』
モモとチュー助が同じように腰(?)をふりふりそんなことを言っている。
……だって、下手に回復をかけるわけにいかないし。だから、ちょっとだけ、お水に生命魔法を流しているだけだ。傷が治るほどじゃない、ちょっとばかり疲労回復効果があるだけだから。
「ええと! あの、この調査っていつまで? このダンジョン、結構深くない?」
それ以上突っ込まれまいと、咄嗟に話題を変えたものの、これは正直聞いておきたかったこと。3人も、途端に真剣な顔をした。
「だよなあ。せいぜい5,6階層かと思ったんだけどな」
オレたちが居るのは、現在7階層。魔物が大分手強くなって、回復要員の出番が増えてきた。そして、オレの精神がごりごり削られている。
既に8階層への転移場所には目星をつけていたけれど、今日は敢えて7階層に留まって早めの休息をとっていた。
ラピス情報では、もうオレたちは真ん中より前の方にいるらしい。ルート選択の運がいいのはもちろん、収納が使えることと、おいしい食事効果は確実にあるだろう。
「ワシらが先頭ってことはないじゃろうし、10階層くらいあってもおかしくないのう」
バルタザールさんのため息に、二人もうんざりと顔を顰めた。
「みんな、ダンジョンは好きじゃないの?」
深ければ深いほど喜びそうなタクトを思い浮かべ、ついそう尋ねてみる。
「好き、か……。なるほどな、以前はそういう感覚があったはずだが」
「な、なんか俺ら老けた?! いや、バルは最初っから老けてんだけど!」
「何を! ワシの心は、枯れとるおぬしらより若いわ!」
そっか、大人になるとあんまり好きじゃなくなって……いやいや、そうでもない。脳裏に浮かんだブルーの瞳に、くすっと笑った。
「……今回は特に、責任がな」
苦笑したダリアさんの台詞に、バルタザールさんも難しい顔で頷いている。
「帰りてえな」
小さく呟いたエリオットさんの声が、妙に耳に残っていた。
「今日は8階層……」
オレはくりくり動くシロの耳を見ながら、こっそり3人を盗み見た。
無言になりがちなのは、これ以上先は厳しいと分かっているからだろう。
さっき、生々しい戦闘の形跡と――散らばった荷物を見た。
きっと、きっと、無事に逃げたはず。そうは思うけれど……。
「ユータ、どうする?」
階層の繋がりを前に、エリオットさんがふいにオレを振り返った。
「どうするって?」
「ワシらとしちゃ、ギリギリまで居てくれれば助かる。じゃが、お前はあくまで補助要員じゃからの、ここで命を張る必要はないわけじゃ」
思わぬ台詞に目を瞬いて、即座に首を振った。
「もちろん、行くよ!」
「しかし……」
眉をしかめたダリアさんに、むっと唇をとがらせて胸を張る。
「オレがいないと、回復できないでしょう!」
今のペースでは、手持ちの回復薬なんてすぐ尽きてしまう。彼らがこの先進むなら、オレは必須だと思うんだけど。
「悪い。でも、本当に無理する必要ねえから。魔道具、使えるな? それで帰るんだぞ」
使わないけど。帰らないけど。でも、頷いておく。
「はあ~調査終了連絡、来ねえな」
「仕方あるまいよ」
「行くか……」
二人が剣を抜いた状態で、階層転移の光へ踏み込んだ。
「ワシは行くぞ」
二人の姿が揺らいで消え、バルタザールさんがすぐさま続く。
「え、オレも行くよ?!」
出遅れたオレも、慌てて飛び込んだ。
浮遊感が収まったそこには、ちゃんと3人がいた。ホッとしたオレよりも、彼らの方がずっと安堵した顔で笑う。
「来ちまったな。じゃ、行こうか!」
少し眉尻を下げて、エリオットさんはオレの頭を撫でた。ゴリゴリするほどの硬い手の平は、鍛錬の証。
オレの補助が、少しでも彼らの力になれば……。今のところ、食事以外は普通の回復術士レベルのことしかしていないのだから。
今回のことが、彼らの評価に繋がるように。
手を出さない。回復は最低限。そう頭の中で反芻していたオレは、忘れていた。
今まで、ひとつもなかったから。
ダンジョンには、罠もあるってこと。
もふしら名言コンテスト、ご参加ありがとうございました!
結果発表と共に、先日こちらに載せていたエントリー名言たちは活動報告の方に移しますね!