868 追い上げ開始
うんうん、シロみたいな食いつきっぷりだから、きっと美味しいのだろう。
一足早く食べ終わったダリアさんが、熱心にパンで器の隅々まで拭っている。
「あの、おかわりあるよ? 必要な分入れてね」
大鍋はオレには持ち上がらないので、各自簡易コンロまで行っておかわりを入れてくる方式だ。
「「「なにっ?!」」」
言った途端、くわっと目を見開いた面々。その必死具合に、足りなくなるかもと不安になって追加のパンを各自に配っておいた。せいぜいパンでお腹を膨らませてほしい。
この隙に他のみんなの分も用意しておこう。
「――ふふっ! ちょっとはオレのこと、見直してもらえたかな?」
蘇芳の口を拭きながら3人の様子を窺い、くすくす笑った。
『絶対だぜ主ぃ! 俺様の主が世界一ぃ!』
『あうじ、ぜったいらぜ!』
お口の周りをシチューで染めて、小さな二人が調子のいいことを言う。
うーん、シチューにするとみんながシチュー色になるのが悩みの種だ。
『それでいいのか……』
『お料理だけは得意な幼児って評判になるわね』
チャトとモモだけは綺麗な毛並みをキープして澄ましている。シロなんて、せっかくの毛並みがあんなことになっているのに。
――ラピスは、もうデザートを食べるの! 冷たくて甘いデザートなの!
『ぼくも! 甘い匂いのパリパリしたやつ!』
交互にぴょんぴょん跳ねる小さいのと大きいの。急かされるままにアップルパイを取り出すと、きちんとアイスも添えておく。
そうだ、あの3人にもデザートを出さなくては。
そろってひっくり返っている3人を振り返り、はたして食べられるだろうかと苦笑したのだった。
「ああ……あれはまるで、初恋を塗り替えられるような衝撃じゃった。まだ、この身が覚えておる。甘く、切なく、狂おしいほどに求めておる……あの香り、舌に残るあの感覚」
うわごとのように呟くバルタザールさんが、虚ろな瞳で魔法を放つ。
見事穿たれた巨大コウモリを確認するでもなく、ほうと熱いため息をひとつ。
戦闘能力はむしろ上がっていて結構なんだけども……アップルパイを食べた後からずっとこの調子だ。
誰も起こしてくれなかったので、オレが起きた時、既にダリアさんの背中にいた。朝ごはんも作るつもりだったのに……。
平謝りしてシロの背中に乗り換え、一人もそもそパンなど囓りつつ先を急いでいる次第だ。
相変わらず、戦闘には参加しないし回復術士の出番もない。
弱小の新興ギルドって話だったけど、彼らってやっぱりギルドを背負える実力者なんだな。
『主、さりげなく爺さんを思考から追いやったな』
『正直、ポエミーで気になって仕方ないのだけど』
せっかく思考を逸らしたのに、余計なことを……。
「ね、ねえバルタザールさん、オレまたおやつ作るから! あれだけじゃないから、そんなに恋い焦がれなくても……」
とりあえず、もう階層を下りているんだから戦闘に集中してほしい。
「「「なぬっ?!」」」
こそっとバルタザールさんに声を掛けたはずが、前衛の二人まで思いきり振り返った。
「ちょ、ちょっと、前!!」
好機と見て……というか思い切り好機だけど、目の前の魔物が飛びかかってくる。
途端、ひゅうっと滑らかに空を切る音がした。
剣を振り抜いた二人が、何事もなかったかのように姿勢を戻す。
「……え、すごい!」
魔物を切り伏せたのは、さっきまでとは別格の動き。二人は今まで手加減していたのか!
瞳を輝かせたところで、三人が一気にオレへ詰め寄った。
「本当か?!」
「それマジ? あれっきりじゃねえっての?!」
「おぬし、二言はないのうっ?!」
わしっと肩を掴まれ、言われた言葉がそれ。
……咄嗟に理解不能で、しばし間が開いた。
「……何の話? もしかしてだけど、おやつのこと?」
高速で頷く様子に、思わず脱力する。
「そりゃあ、おやつもお料理も、良かったらオレが担当するつもりだけど……」
ダンジョン内に、歓喜の雄叫びが響き渡る。
「それより! さっきの凄かったよね! オレ、今まで手加減していたの知らなくてビックリしちゃった!」
手を取り合って踊っていた3人は、キョトンと不思議そうな視線を寄越した。
「手加減……ってほど手ぇ抜いてねえと思うけど」
「さっきのって何だ?」
無意識ー?! 思わずかくんと膝から力が抜けそうになる。
だ、だけど考えようによっては、この3人は今すぐにでも実力が伸びるってことだ。
「そうか……もしかして、ギルマスはこれを見込んであんな条件をつけたのかな」
回復だけに専念って、そういうことなのかも。
余所のギルドから泣きつかれたとは言え、わざわざウチが手を下してやる必要はねえ! 最低限だ! ……なーんて意地悪をしているのかもって、ちょっとでも考えたオレが悪かったよ! いくらギルマスが悪人面だからって、実際それほど悪人ではないわけだし!
『スオー、フォローになってないと思う』
『なってないわねえ、これは』
まあ、いいじゃない! とりあえず、オレは見守りに専念しようって決意を新たにできたわけだし。
じゃあ、実力を伸ばしてもらうためにもう一声!
「美味しい魔物が狩れたら、それが今日のごはんになるからね!」
にっこり笑うと、3人の瞳はぎらりと鋭く輝いたのだった。
「――なあ、俺らって今どの辺りにいるんだ? 結構なスピードじゃね?」
「どういうことだ? 5階層だろう?」
「攻略順位のことかの? 他のパーティに会わんから何とものう。じゃが、ドンケツってことはないじゃろ」
時折戦闘の気配がするので、ニアミスしていることはあるようだけど、はっきり他のパーティを見かけたことはない。
どうもダンジョン内では、他パーティに遭遇するのは避ける傾向にあるらしい。獲物の取り合いや、攻撃範囲に入ってしまうリスクもあるからだって。
「(ラピス、どう?)」
ダンジョン内偵察中のラピス部隊情報はどうだろうか。
実際オレたちのパーティは、序盤のスロースタートを補って余りあるほど、一気に追い上げている……と思う。
――どのくらいかは分からないけど、上の階にも人がいるの。ドンケツしてないの。
ああ……また変な言葉をお気に入りしてしまった。
――ドンケツじゃない方は、2階層下にいるの。
『そういう場合は、ぶっちぎりって言うんだぜ!』
チュー助、余計なことを……。まあ、ドンケツよりは上品な気がするけども。
地図がない中、もう2階層も下にいると思うべきか、それともまだ2階層しか差がないと思うべきなのか。
「俺らなりに、いい線行ってんじゃねえ? これならギルドに顔向けできるだろ!」
「途中退場、なんて事態にならなければのう……」
「うっ……。けど私らが名誉を取って命を捨てるわけにも……」
オレの方へ集まった視線に、キョトンとする。
「大丈夫、何かあってもユータだけは抜け出せるように……ほら、コレ渡しておけばいいんじゃね?」
ごそごそ懐を漁ったエリオットさんが、魔石の嵌まった円盤状の道具をオレに押しつけた。
「これ、見たことあるような……あ! ダンジョンを抜ける魔道具!」
確か、繋がりを逆行して一気に1階層まで行けたはず。それをオレに預けちゃダメじゃない?! 慌てて返そうとする手を、彼らは軽い調子で押し返す。
「お、さすが! じゃあ大丈夫だな。ひとまず使わずに持っていてくれよ?」
「ユータが持っているのが一番安心するから」
「もしもの時は、遺言を届けてくれるかの」
「「バル!!」」
バルタザールさんのとんでもない台詞に、二人からの叱責が飛ぶ。
だけど肩を竦めたバルタザールさんは、じっとオレを見つめて続けた。
「なんじゃ、こやつも冒険者じゃて。今回ワシらがそれを使う時は、無事に最終地点までたどり着くか、頃合いで調査終了命令が出た時じゃからの。小童が持っていて問題ない」
涼しげな顔で言ってのけた言葉に首を傾げる。
それは予定通り順調に進んだ場合じゃない? じゃあ、危機的状況の時は? 怪我をして戻らなきゃいけない時は? むしろそういう事態のためにある魔道具でしょう。
当たり前のリスクを無視したような発言に、きっとまた二人が怒るだろうと思ったのに。
だけど見上げた二人は、困ったように口をつぐんでいたのだった。
17巻書影も出ましたね! ゴーールデンもふしら!!!
特別版として、妄想膨らむキャラ紹介や、いくつも書いた書き下ろしストーリーもあります! 今回の書き下ろしはちょっと変わったテイストも入れてみたんですよ!ぜひお楽しみに!!