867 おままごとの結果
4人分と、あとはシロたちみんなの分だから……普段通りで大丈夫かな! タクトがいつも3人分くらい食べてるし。
「なんか、おままごとみたいだね」
オレはくすりと笑って手元を眺めた。
今日はキッチン展開できないので、収納にあったピクニック用小テーブルで作業している。
そうなるとスペースが狭いので、素材はカットをすませるなり収納へ放り込んでいた。
ちょこんと座って、小さなテーブルで包丁などとんとんさせている幼児。しかし処理済みの素材はない。
……うん? これって、『おままごとみたい』どころではなかったり……?
ふいに自分を客観視して不安になったオレは、そっと周囲を見回した。大丈夫、3人は各自の作業に忙しそうだ。
「お肉は豪快に切っちゃおうね! カロルス様の拳……はさすがに大きすぎるか」
せいぜいタクトかエリーシャ様の拳くらいにしておこう。
熱したお鍋に玉ねぎのいい香り。お肉を放り込んだらジャッと音がした。
「匂いはどうしようかな……」
だって、今まで活躍しなかった分、3人をびっくりさせたい。お料理の一帯だけシールド張っておこうかな。
『じゃあ、私たちの周りだけ張ればいいのね?』
「あ、ううん! そこはオレがするから、モモはこっちをお願い!」
オレは慌ててモモに別のシールドをお願いした。
『こっちって……お鍋? ここにシールドを?』
そう! オレは訝しげなモモに向けて、にんまり笑った。
時間がないからね、試してみたいなと思っていたことをやってみよう。
「今日はお鍋にシールドを張って、圧力鍋にしようと思います!」
胸を張って宣言すると、モモの緻密シールドでしっかりぴったりお鍋を閉じ込める。これで、蓋もしていないのに圧力鍋の完成だ。
『ふうん……何もかもを閉じ込める感じね。このサイズなら、なんとかなりそうよ』
さすがモモ! あとは、高まった圧力を自在に抜けるかどうか。
『それは大丈夫よ。少しずつ力を抜いていけばいいんだもの。ただ、匂いも当然出てくるわよ』
だ、大丈夫なんだ。器用だな……。
オレのシールドは、匂いを通したり通さなかったりなんて調整できないけれど。もちろん、空気を漏らさず圧力を高めるなんて無理。
多分、シールドを構成している密度や性質やらが違うんだろうな。たとえるなら、オレは常に木材でしか箱を作れないけれど、モモはありとあらゆる材料で作れるし、作る腕も違うって感じがする。
職人技に感心しつつも、万が一大爆発したら困る。オレが担当する周囲のシールドも強化して、距離をとっておく。
『シチューひとつに、リスクを取りすぎだろう……』
『いやいやっ! 美味いモンには古今東西命をかけるもんだぜ! なあ主ぃ!』
呆れ顔のチャトと、拳を突き上げるチュー助。確かに、美食は先人の命がけの挑戦によって積み上げられてきた宝。そう考えると、この世界にオレも一石を投じたのかもしれない。
『一石どころじゃない』
ぼそり、とこぼれた蘇芳のセリフは聞こえなかったことにして、次はアップルパイだ。
だけどこれ、管狐オーブンがないと焼けないのだけど……。
「ま、魔道具ってことにしたら何とか……」
オレは、法外なお値段だった魔道具キッチンを思い浮かべて、ぶんぶん首を振る。
あれは貴族用! 庶民用なら、もっと簡素でお安いものにできるはずだ!
『庶民は外で調理しないのよねえ』
モモの余計な発言を聞き流し、手元のキッチンツールを見てハッとした。
「そうだ! ウチには加工のプロがいるじゃない!」
オレ用キッチンツールしかり、踏み台しかり。
これらと同じく、パーティの加工師が作った試作品ということにすればいい!
素晴らしい思いつきにウキウキして、普段よりしっかり形をとった管狐オーブンを作り上げた。ラキの試作品にするなら、ある程度形を整えておかないと怒られそうだもの。
取り出したパイ生地は、実はジフ製なので間違いない。オレはリンゴを下ごしらえして管狐オーブンで焼くだけだ。これってオレが作ってるって言えるんだろうか。
何なら添えるアイスは、先日ロクサレンで作った残りものだし。
「でも! アップルパイなんだからリンゴがメイン!」
だから、リンゴを美味しく作ったらそれでよし!!
じゅわじゅわ沸き立つバターと果汁が、徐々に減っていくのを真剣な瞳で見つめる。
甘酸っぱい香りで、口の中が唾液でいっぱいだ。
おいしいだろうなあ……熱々のアップルパイと、とろけはじめるアイス。真逆を行く食感と温度が、口の中で調和して……。甘く煮詰めたリンゴのささやかな酸味が、アイスの冷えた甘みが、パリパリ香ばしい中を通り抜けていく感覚。
垂れそうになったよだれを拭って、オレは手早くパイ生地にリンゴフィリングを敷き詰めたのだった。
*****
「……はあ、腹減った~。そういや、支給品に食事も入ってんだっけ?」
「ああ、保存食系統はあったはずだ。そろそろ戻ってやらねば、ユータも腹を減らしてるだろう」
ダリアが気遣わしげにテントの奥を見やった。
一時はどうなることかと思ったけれど、ユータはなかなかの当たりだと言うべきだろう。
「あやつ、ちょっと覗いたら大人しくままごとして遊んでおったぞ。手の掛からん子じゃ」
「ま、こんだけ獲物があったんだ、保存食だけじゃなくていいだろ! ユータのおかげでもあるし、肉焼いてやろうぜ!」
「まったくじゃ、あんなにすさまじい収納袋、初めてみたわい」
回復要員としては今のところ機会がないけれど、それ以上にポーターとして最高の働きをしている。戦闘でも邪魔になるでなく、泣くでも騒ぐでもなく、犬に乗れば移動速度のデメリットも解消された。
「……なんか、気のせいか? いい匂いしねえ?」
ある程度血のりと汚れを落としてテントの方へ足を向けると、今の今まで解体の臭いで潰れていた鼻が、ふいに息を吹き返したよう。なんとも腹の虫が落ち着かない香りが、周囲に漂っている。
「気のせいではなさそうだの……もしや、あの小童、本当に料理しておるとか……?」
慌ててテントを回り込んだところで、思わず声をあげた。
背を向けていたユータが、振り返ってにっこり笑う。
「あ、ちょうど良かったよ! シチュー、できたよ!」
大鍋をかき混ぜていた手を止め、シチューは湯気と共に大きな器へ注がれた。
「はい、どうぞ。そこ、座ってね! おつかれさま!」
ふくふくした笑みが惜しげもなく向けられ、両手で伸び上がるように差し出された、温かい器。鼻孔をくすぐる、こっくり濃厚な香り。
『おつかれさま』そんな何気ない言葉が、こんなに胸へ響くのは、この香りのせいだろうか。
「いっぱいあるからね! はい、みんな座って! テーブルがないんだけど……」
弾むように鍋へ戻ったユータが、再びいっぱいにシチューをよそって差し出してくる。
人に迎えられるというのは、こういうことか。
「結婚してえ……」
「奇遇だな、私もだ……」
「なら、そこでくっつけば良いと思うんじゃが」
じっとりしたバルタザールの視線に、二人は揃って『違う、そうじゃない』なんて首を振る。
「冷めないうちにどうぞ! どう? 食べたかったシチューで合ってる?」
楽しげな声にハッと我に返り、3つの視線が手元へと集中した。
「これ、これって……まさかとは思うけど、ユータが持参したとか? す、すげえ美味そう」
ごくり、喉が鳴る。
「違うよ! 食材は持ってきている分を使ったけど、今作ったんだよ! オレ、いつも料理当番してるんだから!」
もはや、ユータの言葉も上の空。
拳のような塊は、期待通りであるなら塊肉のはず……。崩れた形は、いかにも煮込まれた風合いで誘い込むようにてらりと光っている。
食っていいのか、とは誰のセリフだったのか。
どうぞ、と差し出されたスプーンをひったくるように、3つの手がシチューへ向かった。
「「「――あっ!!」」」
なぜ、フォークでなくスプーンなのか……。しかし交換するのももどかしく、塊肉を力任せに突こうとした瞬間、3種類の声が上がった。
カツン、と陶器なら割れていたであろう勢いをもって、スプーンは塊肉を通り抜けていた。
「な、なっ……柔らか……!!」
崩れるように分かたれた断面から、透明な肉汁が溢れて褐色の中に混ざり合う。
そこからは、無我夢中だ。
こんな大きな塊肉が、ほろほろとほぐれていく。
どこか苦みすら感じるような奥深さは、ワインのせいだろうか。それともじっくり煮込まれた野菜やハーブによるものだろうか。
口の中でほどけて消えそうな肉を勿体ないとばかりに噛みしめ、感じる弾力に安堵する。
おかしい、シチューとは、こんなに美味いものだったか。
一心不乱に掻き込む3人を見て、ユータは会心の笑みを浮かべたのだった。
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