866 密命
「放置ダンジョンって、こんなに魔物増えんだな……キッツぅ!」
「けど、私らより先のパーティは? もっと派手に活躍してるかと」
「そこじゃな。あやつら、可能な限り戦闘放棄しておるんじゃろ」
3人が武器を納めながらため息を吐いた時、場違いな声が聞こえた。
「ね、ねえ! そろそろ回復する?」
視線を下げると、心配げに眉尻を下げた幼子と視線が絡む。
「大丈夫大丈夫、まだ怪我っつう怪我してねえからサ!」
「でも……血が出てるし、疲れたでしょう」
エリオットは素早くユータの全身に目を走らせ、にっかりと笑った。
「いやいやっ、冒険者がそのくらいでいちいち回復してたら、あっという間に魔力スッカラカンだぞ?」
「だって、それじゃオレがいる意味ないよ」
困った顔で中々引かないユータに、ダリアも苦笑して頭を撫でる。
「安心感が違うだろ? それにユータが獲物を収納してくれるから、私らとしては大助かりだ」
「それは間違いないわい。おぬし、回復としてよりポーターの方が、需要あったんじゃないかの」
「「バル!」」
鋭い声にバルタザールが肩をすくめ、一方の幼児は気にした風もなく何か考えるように唇を結んでいる。
「……じゃあ、せめてこのくらいはOKかな? シロ!」
何かに呼びかけるように呟いた途端、どくりと彼らの心臓が跳ねた。
瞬きの刹那、まるで夢のように、白銀に燐光を帯びた獣がユータの傍らへ出現している。
「ウォウッ!」
ハッと我に返った3人は、躊躇なく獣の首を抱きしめるユータへ視線を移した。
「大丈夫、この子召喚獣だから。大きいけど大人しいよ! でも犬だから、戦闘はできないんだ……犬だからね! あ、犬だから召喚にあんまり魔力使わないし!」
どこか言い訳がましく聞こえるのは、気のせいだろうか。嬉しげにしっぽを振る姿は、確かに犬に見える。だけど……
「「「犬……?」」」
身体にひしひし感じる気配が、絶対に犬ではないと訴えているよう。
ついこぼれた言葉に、ユータはしっかりと頷いた。
「そう、ちょっと大きい犬。戦わない犬。だけど、移動にはとっても役に立ってくれるよ! オレがシロに乗ったら、ゆっくり進まなくてもいいでしょう?」
「お前、そんなこと気にしてたのかよ……」
絶句したエリオットに、ユータはにっこり笑った。
「オレも、冒険者なんだよ。エリオットさんこそ、あんまり気にしないで」
「ほっほ、これは一本取られたの。中々どうして、毎回戦闘で目をつぶるチビ助とは思えん」
「そ、それは……見てると手を出――じゃなくて、すぐ回復したくなるから!」
むくれつつそう言うと、ユータはシロに跨がって、きりりと表情を引き締めた。
「とりあえず、これでオレの足や体力の心配はいらなくなったよ! 気にせず進んでね!」
「お、おう……」
「正直、助かる」
3人は、もう一度犬だという獣を見つめた。
にこにこ、としか言いようのない表情、大きく振られて光が舞うように見える尻尾。どう見ても楽しげに、嬉しげに見つめ返すその水色の輝き。
「犬、でいいのか……」
「犬、なんだろう……」
「犬、ということじゃな!」
彼らは頷き合って足を速めたのだった。
*****
よかった。
困ってたんだ、オレが完全に足を引っ張っちゃってるから。
シロをあらかじめ登場させておけば、万が一の場合もシロが助けられる。
今のところ彼らの戦闘に不安はないけれど、だけど見ているだけはあまりにも心身に悪い。
「でも、案外もうひとつの目的も果たせそうだね」
こっそり呟くと、シロが小さくわふっと鳴いた。
オレは真剣な眼差しで進む『暁の盟友』へ視線をやった。
彼らがギルマスの言っていたパーティと知った時は、本当に驚いた。
まさか、そんなうまい具合にオレが補助につけるなんて。
『一番立場が弱いなら、必然的にそうなる』
『残るのも、必然。あとはスオーのおかげ』
さすがはギルマス、全てお見通しというわけか……なんて感心したところで、そんな辛辣な台詞。
お、オレは一応A判定という肩書きがあるんだから、最後まで残らない可能性だってあったと思うんだけど! きっとそれも蘇芳のご利益だったんだよ!
『なんにせよ、ギルマスの手のひらの上ってわけね』
今日はオレの中にいるモモが、やれやれと言いたげだ。
偶然か必然かはさておき、首尾よくことが進んでいるのには間違いない。
今回ギルドからの依頼はあくまで補助要員として参加すること。だけど、ギルマスからはついでと言わんばかりに余計な『お願い』……というより『密命』を課せられていた。まあ、そもそも遅刻やら売れ残るやらで、それどころじゃなかったけどね!
「――ユータ、下がれ! バル!」
シロのおかげでさっきより格段に移動は速くなったものの、いくらも行かないうちに、また魔物に遭遇した。
タクトだったら大喜びだな、と思いつつしっかり両手で目を覆う。
「手は出さずに気に掛けろとか、無茶だよ~!」
もはやオレは半泣きだ。
『手ぇ出すな。手が飛んでも足が飛んでも、経験だ。命だけ拾え』
当たり前のように言われたけど、割と無茶苦茶だからね?!
そもそも彼らBランクなんだけど、なぜDランクのオレが助ける前提なのか。彼らが大怪我するような状況で、オレにそんな余裕があると思えない。
怪我は治せるよ、治せるけど! 万が一ってことだってある。絶対なんてないのに。
『だけど、命さえあれば回復できるってものすごいアドバンテージよね。ギリギリを攻めるって、確かに最高の訓練ではあるのよねえ』
『しかも、相手は大けがを治せるって知らないわけだ! あのギルマス、さすが悪どい!』
思案気にモモが呟いて、チュー助が感心したように悪口を言う。
そもそもオレ、目の前でそんな大怪我するところ、黙って見てられないんだけど! つまり、目をつむるしかない。Bランクがこの辺りで即死するような事態にはならないはず。万が一はモモとシロ頼みだ。
結局、オレは自分で戦うよりよほど消耗する羽目になったのだった。
「――おお、ここちょうどいいんじゃね? ちょっと早いけど、そろそろだろ」
「ワシはもう腰が痛うなったわ。賛成じゃ」
少しばかりうつら、としかけた時、そんな声で慌てて顔を上げた。
「ユータ、野営の経験はあるか? 君くらいなら、私らのテントに入れるだろう」
少し気遣わしげな顔をしたダリアさんが、オレの頭を撫でてくれる。
「大丈夫、経験あるしテントも持って……あ、でも一緒に入れるならその方がいいかな!」
うん、テントはバッチリ地面ごとセッティング状態で持ってきているんだった。土魔法も使うわけにはいかない。あと、起こしてくれる人が必要。
「今から野営? だったら……オレ活躍してないし、お料理するよ!」
ここだ! とばかりに主張して、シロから飛び降りた。だってこのまま活躍せずに過ごしたとしたら、オレのこの苦労など彼らは知る由もなく、『幼児冒険者の面倒をみながらダンジョンを攻略した』って事実だけが残るんだよ?! 不名誉極まりない!
『どうして料理がその不名誉を雪ぐのかしら?』
それは……! そ、そう! 役に立っているからだよ! 少なくとも役立たずって噂されることはなくなるからね!
「ふふ、じゃあお湯でも沸かしてもらおうか。かまどは作れるか?」
「……。だ、大丈夫! 結構色々グッズを持って来ているから」
地面に手をつき、今にもキッチン展開しようとしていたオレは、何事もなかったように浮かんだ汗を拭った。
危ない……どこに罠が潜んでいるか知れない。
魔法に慣れると、本当に手足を使うように自然に使おうとしてしまう。
ただ、各自担当があるらしくテントの設営やら周囲の警戒アイテム設置やら、オレへの注目は薄れているのが幸いだ。
「ねえ、3人はどんな食べ物が好き?」
ひとまず肉は必要だろうと思いつつ問いかけると、各々自由な答えが返ってくる。
「好きなモンか~。俺はシチューかな! でかいブルの肉がほろっほろになったヤツ!」
「ワシはアップルパイじゃの。王都で食べた時のあの味、あの光景……」
「へえ。そんなパッと出てくるもんなんだな。私は……肉であれば美味いと思う。ユータは何が好きなんだ? ダンジョンを出たら、お礼にごちそうしよう」
何というか、雑談と思われている気がするけれど、まあいいか。
「ありがとう! オレはみんなのおススメを食べてみたいから、美味しいお店を教えてほしいな!」
「なるほど、ハイカリクだったな。近辺で考えておこう」
オレはにっこり笑って、大きい鍋を取り出した。
さて。本日のメニューはお肉ごろごろワイン煮です! シチューってここらではクリーム煮じゃないし、ブルのお肉ならこれがきっと正解だろう。
あとは、デザートのアップルパイだね! よし、ビックリさせられるようにこっそり作ろう!
「そうだ! 今日獲った獲物の解体とか必要部位の切り出しとか、しておく?」
「おう、手元にねえから忘れるとこだわ! バル、魔物避け大丈夫か?」
「大丈夫じゃろ。小童、向こうに積んでおいてくれるか。手が空いたモンから取り掛かるのじゃ」
「バル、サボる気満々だろ……。ああ、ユータは近寄らない方がいい。気分が悪くなるかもしれないからな」
素知らぬ顔で頷いて、オレの作業スペースが目に入りにくい位置に獲物の山を取り出しておく。これで、料理の時間を確保できるだろう。幼児設定はこんなところで便利だ。
「さて、限られた調理時間で、お肉ほろほろの赤ワイン煮込みにしなきゃ!!」
オレは戦闘時とはうってかわって、うきうき腕をまくったのだった。
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