865 残りものには福がある?
ダンジョン探索。それは、可能性の宝庫だ。その分、各ギルドの目の色も変わる。
ただし、発見された地方に有力なギルドがなかった場合、このような調整がされる場合があるそう。
『ダンジョン?! しかも、見つかったばっかりの?! 俺! 俺が行く!!』
そう言ってごねていたタクトを思い出し、くすりと笑う。
『ウチは参加ギルドに入ってねえっつったろが! わざわざそんなリスク取らんでも、懐はあったけえからな。ダンジョンが開けてから行きゃいい』
にやり、悪人面で笑ったギルマスは、案外堅実な考えを持っているらしかった。
「――遠いね。御者の人も野営しなきゃいけないよね」
あれから、既に遅刻寸前だからすぐさま向かえと無茶を言われ、追い立てられるように集合地の村へ向かう羽目に。それ、オレじゃなきゃ無理だからね?! 何もかも全部収納に突っ込んでるオレだからできる芸当だからね!!
……なんてぷりぷりしながら到着したけれど、もう既にダンジョン参加メンバーは誰も村に残っていなかった。
『えっ?! ハイカリクからは補助出せたら出すって話だったので……もう来ないものだと! なら、過不足なく希望が叶えられる!』
『よしっ! じゃあ早く……え、でも、君、本当に冒険者?! これ、行かせていいの?!』
なんて混乱の中、とりあえず現地に送り出せ! と慌てて馬車に詰め込まれた次第だ。正直、確実に間に合うシロ車で行きたかったけれど。
そもそも集合地まではシロ車で来たんだから、普通だったら絶対に遅刻じゃない!!
今回見つかったダンジョンは村からも町からも遠く、発見された際にはそれなりの年月が経っていたらしい。
魔物の数は相当多く、地図もなく、危険度の判定ができないとのことで、高ランク編成のパーティでまず様子見……兼、お宝の回収作戦ってとこだろうか。
当然、各ギルドはお宝入手率を上げるために厳選された最高ランクを送り込んでくるのだとか。
「つまり、カロルス様みたいなランクの人たちってことか……」
そんな人たちがたくさんいれば、ダンジョンなんて跡形もなくなったりしない?
どうして補助要員が必要なことがあるんだろう。
『俺様思うんだけどさ、主のAランクの認識って狂ってると思う!』
「狂ってるも何も……オレの周りには結構いるよ?」
偉そうにふんぞり返るチュー助に首を傾げる。
むしろ、他の誰よりも正しく知ってると言えるんじゃない?
『そこ! 問題はそこなんだって! 主の周りは言わば「特A」ランクだから! 同じ人外でもゴブリンとドラゴンじゃ全然違うわけ』
「ああ……まあ……それは、そう、かも」
そもそも、カロルス様たちはSランクを断っているみたいだし。
あとガウロ様は近衛隊の副隊長だし、メイメイ様は最強の盾の対を担っているし。
ふむ……。じゃあ、Bランクがキースさんたち『放浪の木』だから……それより上あたり?
そうか、一般の冒険者として活躍しているAランクの人たちを見るのって、初めてだ。
どっちにしろ、ギルマスからも厳命をもらっているし、オレは気楽な見学係だ。
まだ見えないダンジョンを彼方に探しつつ、オレはわくわく胸を弾ませていた。
「楽しみだね! Aランクの戦闘、しっかり目に焼き付けておかなきゃ!」
――なんて思っていた時もありました。
オレは、ダンジョンに入る前から危機に陥っている。
目の前ではいかにもただ者ではない冒険者たちが、静かに火花を散らしていた。
「あの……回復なら、オレも一応、A判定で……」
おずおず手を挙げてみるけれど、一瞬こちらを向いた顔は舌打ちせんばかりに逸らされる。
現在、補助要員の選抜をしているところなのだけど。
人気は集中しがちで、毎度不穏な気配が漂ってはギルドスタッフが割って入っていた。そして、当然ながらというか、オレは人気ゼロなわけで。
「これ、ダンジョンに入れなかったりするんじゃ……」
あまりの不人気っぷりに落ち込んでいると、もう残るはマッピングの若い男性とオレだけ。
「くそっ! 仕方ねえ……」
コイントスで負けたらしい最後のパーティが憤りながらやって来て……マッピングの人と立ち去った。
あの、もう誰もいないんですけど。オレ、もしかして余り?
しょんぼりと傍らのギルドスタッフを見上げると、彼は慌ててリストをめくった。
「ま、まだ一組希望していたパーティがいますので! そこで決まりです!」
「決まっちゃうんだ……」
それはそれで、結構お気の毒なんだけども。
できれば、怖い人たちでなければいいな。オレはそう思いつつ、眠い目をこすっておにぎりを頬張ったのだった。
*****
「……あの、こう見えて彼は回復にかけてはA判定の超一流でして。ハイカリクの期待の星、だとか」
視線に堪えきれなくなったか、ギルドスタッフは何やら書類をめくりつつ早口でそう言って、そそくさと立ち去って行った。
これ、『彼』なんだな。そんなどうでもいいことを考えつつ、『暁の盟友』はサッと円陣を組んだ。
「おいおいおい! アリか?! ナシだろ?! 私、こんなお綺麗な子初めて見たんだけど!」
「だよな?! 手ぇやわやわで傷一つなくてさ、石掴んだだけで傷になるんじゃね?!」
「ハイカリクなら、大手ギルドじゃろ?! 選定も厳しい優良ギルドのはずだったんじゃが?!」
3人は、そろりと幼児へ視線を滑らせた。
ぱちり、と瞬いた瞳の美しいこと。このすすけた場所で、まるで今風呂から上がったような瑞々しい肌と、清潔な服。そして、光を反射する髪。
あまりにも、そぐわない。
「あのさ……俺たち、これからダンジョンに入るんだよね……」
「うん、そうだね……? オレも回復要員として頑張るね!」
おずおず口にしたセリフに、訝しげな声と眩しい笑顔が返ってきた。ダメだ、完全に行く気だ。
3人は再び円陣を組んだ。
「ま、まあ無理そうなら、私らもそれを理由に引き返すとか!」
「ワシらはギルド代表じゃぞ! 引き返すなど言語道断! 小童もハイカリクを背負っとるんじゃ、下手はせんじゃろう!」
「いや、そうは言ってもサ! けど、あんだけ高ランクの冒険者が入ってんだし、普通のダンジョンより低リスクって可能性も……」
「――次、48番! 入り口へお越し下さい!」
ちっともまとまらない話し合いの最中、無情にも彼らの番号が読み上げられたのだった。
「ワシの側を離れるでないぞ?! 死ぬよ? マジ死ぬんじゃよ?!」
「う、うん。大丈夫、オレダンジョン入ったことあるよ」
いつも破天荒なバルタザールが、本当に年長者みたいに見える。
「暗いけど、大丈夫そ? 俺ら3人しかいないからなあ……キツいな」
「しょうがないだろ、いつも以上に気合い入れるしかないな。私らの後ろには一匹も通さないようにしないと」
先に入っているはずのパーティは、既に影も形もなく、洞窟タイプのダンジョンは用意した明かりがないとかなり暗い。
ただ、泣き出すんじゃないかと思われた幼児は、案外けろりとしている。
「もしかして、本当に結構場数踏んでんのかも」
「だな、ハイカリクの高ランクは参加してないんだろ? じゃあ普段は高ランクのパーティメンバーなのかもな」
ささやき声も反響する洞窟の中で、ユータは曖昧に微笑んだ。
ふいにその笑みが消えた瞬間、ギャン、と鋭い悲鳴が響く。
いつの間にか抜いていた剣を一振りして、エリオットが暗闇に目を凝らした。
「え、これ入り口付近で出る魔物にしちゃ本格派じゃね?」
「ロッキロックじゃな。多いぞ? なんじゃ、先に入ったヤツら何しとるんかの」
コウモリの顔に多脚を足したような小さな魔物。しかし、鋭い牙を剥いたその数は数えるのが面倒になるほど。
「バル、その子を任せた!」
言うなり、群れへ飛び込んだダリアが剣を振るう。
「前へ出すぎるなよ!」
先ほどまでとは打って変わって、危なげない戦闘はやはりBランク。ロッキロックは見る間に数を減らしていく。
「魔法は……必要なさそうじゃの」
バルタザールが呟いた時、残り数匹となったロッキロックは、背を向けて逃げていった。
「ふう、こんなもんか」
「序盤からこれじゃ、下層の魔物ランク的には私らキツイ方かもな」
剣を納めて振り返った2人は、その光景に顔を見合わせて肩をすくめた。
「お主、曲がりなりにも冒険者じゃろ、しっかり見い!」
「だ、だって見てるだけってスリリングすぎて……」
そこにはしっかり両手で目を塞いだ幼児がいたのだった。
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