864 いい依頼
「タクトくんは、もう討伐をやめて同じペースで町中依頼をやっていけば何とかなると思うわよ? すごいハイペースじゃない! よくもまあ、こんなに討伐ばっかり……若いっていいわね」
サブギルマスのジョージさんは、そう言って嘆息した。
若いからじゃないよ、タクトだからだよ。そんなに一日に何件も討伐なんてオレは嫌だよ。
オレたちは、Cランクに向けて足りない依頼を改めて確認に来ている。さすがにCランクはこなすべき依頼数が桁違いだ。4年生のイイ目標になりそう。
「同じペースで町中依頼とか……絶対無理だろ?!」
「そんなことないでしょ、討伐ではタクトくんぐらいだけど、町中依頼ではこういう稼ぎ方はよくあるわよ」
なるほどね……朝から清掃、配達、昼に力仕事や店舗手伝い、終わったらまた配達して……。うん、なんか昔の苦学生みたいだ。
「で、ラキくんは分かってると思うけど、タクト君と逆に討伐系ね。だけど、一般からすると十分な数をこなしているから、タクトくんがクリアする頃にはクリアできていそうね」
「だって、素材がほしいからね~」
そ、そうか! 明らかに突出している加工系は置いといて、なんでラキはこんなにバランス良く攻略しているんだと思ったら……! 加工、侮りがたし……!!
ジョージさんはラキににっこり微笑んでから、オレを見上げた。その口元には、ちょっぴり同情を含んだ苦笑が浮かんでいる。
「あのね、ユータちゃんはすごいのよ? その年で本当に信じられない! ……だけど、二人と一緒にランクアップを、となると……ちょっと今のペースじゃ依頼数が足りないかしら」
オレは、分かっていた事実にがっくり肩を落として項垂れる。
二人が、ソロで依頼を受けすぎるんだよ……!! だって、だってオレ忙しくて!
ロクサレンには定期的に帰らなきゃだし、王都にも行かなきゃだし、ルーのとこにも行かなきゃだし!!そうすると都度おやつもいるでしょう? あと学会準備とか大魔法とか……!!
『毎回行った先で寝入ったりするからじゃない?』
モモの指摘に、ぎくりと肩を震わせる。
でも、ほら、顔だけ出して帰るのも……ね?!
『寝るだけで帰るのはいいのか』
小馬鹿にした声が聞こえる。チャトなんて好き放題寝ているくせに!
「とにかく! オレは今からでも大丈夫、追いつけるから! これからはバリバリ依頼を受けるから!!」
フンス、と気合い十分に拳を握って胸を張る。
「……お前、朝起きねえだろ。どうやって受けんだよ」
……えっ。
せっかく入った気合いが、みるみる抜けていく。タクトが、呆れた顔で肩を竦めた。
どうしよう。オレが起きる頃には、Dランク向けの依頼なんてもうほとんど残ってない。
そうだ、オレが依頼をこなしていないのは、それも大きいんだった……。
「お、オレだけCランクになれない……?!」
「そこは早起きくらいしろよ?!」
タクトに頬をつままれた途端、ぬっと影がオレたちを覆った。
「――おう、言ったな? ギルド依頼をバリバリ受けるってぇ?」
重低音の声が楽しげに振ってきて、見上げた強面がにやりと笑みを浮かべる。
「あ! ちょっと、終わったの? 『お前がうるさくて仕事にならん』って言うから、朝から受付に来たんでしょうが!」
「うるせぇ、俺には大事な用があんだよ!」
さあっと引いていく人の波。判断の早いスタッフと慣れた冒険者たちが、当たり前のように壁際へ避難してテーブルを立てた。完全なる防御の構え。
「待って待って! 何か用があったんじゃないの?!」
ツートップが開戦する前に慌てて割って入ると、ジョージさんがすぐさまオレを抱き上げて頬ずりした。
「ユータちゃん~! この人ったら、また仕事をサボるのよ! ああ、すべもちほっぺ~!」
身体を張って止めたオレに、テーブルの後ろにいたスタッフたちが、白い歯を見せてサムズアップした。
「チッ……! まあいい、お前の用が先だ。依頼が必要なんだろォ? あるぜ、いいのが」
まるっきり悪人の笑みで、重低音の声がさらに低くなる。
オレはたっぷりの不安とちょっぴりの期待を込めて、ごくりとつばを飲んだのだった。
*****
「……なあ、私たちって場違いなのでは?」
肩身の狭そうな顔で耳打ちするダリアを押し返し、エリオットがぼそぼそと囁き返す。
「言うなよ、しゃあねえじゃん……ウチのギルドってば新興なんだからサ!」
「堂々としておればいいじゃろ。見よ、ワシが最年長……つまり、一番偉いのじゃあ!」
「「頼むから、大人しくしていてくれな?!」」
二人の懇願に、バルタザールがフンと鼻を鳴らす。
まだ夜も明けないうちからここへ集まっているのは、見るからにただ者ではない冒険者ばかり。
これだけの人数が集まって、こんなに静かなことこそ、それを物語っている。
おそらく、皆Bランク以上なのだろう。先日、田舎ギルドでCランクからBへ上がったばかりの自分たちとは格が違う。
「くっそ、ギルマスが欲をかくから……」
「人間、欲望ありきじゃ! 欲望こそが飽くなき鍛錬の道へ――」
朗々と始まりそうになった演説を2種類の大きな手で塞ぎ、ダリアとエリオットは顔を見合わせてため息を吐いた。
ふいに、ざわりと空気が動き、今まで静かだったその場に音が響き始めた。どうも最前列では、何かこちらへ向けて話しているらしい声がする。
途切れ途切れに聞こえる声は、今回のギルド共同探索についての説明を行っているよう。いつの間にか最後尾にいた彼らはサッと顔色を変えた。
「おいおい! 下っ端の私らが一番聞かなきゃいけないよな?! ま、前へ……!」
「行けるかっての! 下っ端がこの屈強な壁を越えるのは無理無理っ!」
必死に耳をそばだて、伸び上がって状況を確認しようとするものの、揃いも揃って大柄な人物ばかり。欠片も見えはしない。
「……なるほどの。ほれエリオット、行って来い」
「「え?!」」
「なんじゃ、聞いておらんかったか? 情けないのう。支給品と番号札の受け取りと、あと何じゃったか。とにかく、一人代表が来いってことじゃからの」
「「バ、バル~~!!」」
地獄耳は、こんなところで役に立つ。
支給品も番号札も、あらかじめ割り振られている。何も急ぐ必要はない。
安心した二人は、前が空くまで大人しく控えていることにした。
「――結構減ったな~。もう番号の早いパーティは入ってんだろうな」
「正直さ、私らが後の方で本っ当ラッキーだったな! エリオット運だけはいいよな」
出し抜こうなどと欠片も考えない二人が、安堵の笑みを浮かべて周囲を見回した。
視界が開けたその場から、ちょうど他パーティがダンジョンへ入って行くのが見える。
順番待ちをしているらしいパーティは脇へ避け、それぞれ真剣な顔で作戦を練ったり簡素な食事を摂っていた。
「『暁の盟友』ですね? 支給品はこちら、それと補助要員希望ですよね」
少々気の毒そうな顔で、ギルドメンバーらしき男性がテキパキ品物を手渡してくる。
「「補助要員?」」
そういえば、必要か不要かってギルマスに聞かれたような。補助してくれるなら何でもありがたいの精神で、必要と即答したのだっけ。
「つまり、誰か一緒に行ってくれるってことすか?」
おずおず訪ねたエリオットの目が輝いている。欲しい。ギルド選出の優秀な人材……!!
「ええ、まあ……。戦闘は余計な者が入るとパーティのバランスを崩しますから、先の通達の通り、回復・マッピング・偵察要員。――ですが」
「何でもイイ! 誰でもいい! 全部ほしいっす!」
「マジで?! 私らのパーティに欲しかった人員だ!」
エリオットたちがはしゃいだ声を上げてハイタッチを交わした時、男性はばつの悪そうな顔で咳払いした。
「ですが、あなた方が最後です。そして、選抜の場にもいらっしゃらなかったので……」
「オッケーっす! 全然余裕っす! 誰でも大歓迎!」
「つまり選抜で残った人ってことか。誰か来てくれるだけで、私らには十分!」
選抜のことなどまるきり聞こえていなかったけれど、並み居る強豪相手に主張するつもりなど、そもそもない。
ややホッとした面持ちの男性が、では、と後ろを振り返った。
「良かった! 誰も一緒に行ってくれなかったらどうしようかと思った~!」
眉尻を下げて情けない顔で笑った幼児は、存外しっかりした口調でそう言って手を差し出した。
「オレ、ハイカリクのギルドから来たユータだよ! 一応、回復要員ってとこ!」
思わず握った手は、小さく、とても小さくて。
3人は無言でユータを見て、視線を逸らす男性を見て。
その往復は二度ではすまなかったのだった。
今日でもふしら発売5周年なんですよ!!
毎回発売日忘れて通り過ぎてから気がつくので、今回は優秀!ちゃんと3日前くらいには気付いた!!
Twitterの方でいくつかイベントをしようと思います!プレゼントやコンテストなど、参加いただけるものを用意する予定ですので、楽しんでいただけますように!