863 細々した依頼
「あっちぃ……」
どさり、と言うには少々重すぎる音を響かせて、タクトが予定の荷物を下ろした。
顔を俯かせた途端、ぼたたっと滴った汗を、まくり上げた裾で拭う。
チラ見えとは言えないほど豪快に覗いた腹が、いかにも鍛えられていて羨ましい。
「さあ次行こ、次! 早く乗って!」
「おう……なんか、納得いかねえ……」
『しゅっぱーつ!』
暑くてもいたって元気なシロが、うきうき歩き始める。シロ車だと壊れるって怒られたので、オレたちと荷物が乗っているのは、頑丈なソリタイプだ。
踏ん張った強い四肢がぐいぐいソリを引き、太い皮のハーネスがぎしぎし鳴った。
「うおお……犬、すげえ……!!」
「つうか、さっきあの少年一人で持ち上げてなかったか?!」
どよめく声を背に、次の地点までゆっくりシロソリを走らせる。
今日は配達屋さんをやっているけれど、ちょっと特殊だ。
ラキは力仕事以外、割と万能に町中依頼をこなすので、依頼をサボっているオレと外依頼ばっかり受けるタクトとは受けた件数に差ができてしまっていた。
何事もたゆまずコツコツやるのが一番なんだとつくづく感じる。
そんなわけで、オレとタクトが両方こなせる町中依頼として、本日は重量級配達屋さんだ!
石材や工事資材を現場まで運ぶだけなんだけど、トラックなんてないから中々重宝されている。
オレも収納を使って運ぼうかと思ったのだけど、取り出す時に危うく潰されそうになって諦めた。
「ユータ、暑い」
だらりと足を投げ出したタクトが、服を仰ぎつつ何か言いたげにオレの方を見る。
今日は流れる汗も見る間に蒸発するような、ガンと照りつける晴天……いや、炎天。
「……だけどタクト、いつも外依頼受けてるじゃない」
町中より外の方が暑いと思うけど。半分凍ったタオルを放り投げると、『あ゛~生き返る』なんて、温泉に入るおじさんみたいな声がした。
「外はさ、色々集中してんだろ? だからあんまし暑いって考えねえんだよな。暑いけど」
じゃあ、町中だって依頼のことばっかり考えていたらいいのに。
「お前、あんまり暑そうじゃねえよな」
「ま、まあオレは動いてないから」
オレは召喚士として働いているからね! これはズルじゃない。
スッと視線を逸らした時、何かが素早くオレを捉えた。
「ちょっ……?! うわ、暑い暑い! 汚い!!」
「ほら見ろ、お前ズルしてんじゃねえか! 汚くねえわ!!」
あろうことかカメレオンの舌のように伸びてきたタクトの腕が、オレを絡め取って胸元に引き込んだ。
せっかく自分の周りに風をまとわせていたのに、瞬時に襲い来る熱で一気に汗が噴き出してくる。
「もうっ! タクトだって暑いでしょ?! 放して!!」
「いや、俺はこっちの方が涼しい」
絵面的にも暑苦しい!! あと汗が!
しかし、いくらもがいても暑いだけ。
扇風機にでも当たっているようなタクトの顔が腹立たしい。
「そんなに暑いなら……っ!」
「うおおおっ?!」
腕が緩んだ隙に、さっさと抜け出してフフンと笑う。
それなら文句なしに涼しいだろう。氷アーマーのごとく、タクトの服をガッチガチに凍らせてやった。
「冷てぇえっ……けど、暑いより……。ぬああ、やっぱ冷てえ~~!!」
タクトが脱ぐべきか脱がざるべきか、暑さと冷たさの中で葛藤している。
さて、オレは冷えたミントティーでも飲んで、クールに仕事をするのだ。
飲み干したグラスを置いた瞬間、身体が吹っ飛ぶように引っ張られた。
「ひゃあぁ?!」
「お前も食らいやがれ! 腹が冷えるわ!」
またもやタクトに捕まったオレは、今度は冷たさに悶絶する羽目になったのだった。
「……楽な仕事だと思ったのに」
秘密基地でソファに寝転がって、オレはぐったりうつ伏せている。
秘密基地内はばっちり管狐冷房完備なので、快適だ。たまに、ブリザードになってしまうだけで。
「あの依頼内容を、楽な仕事って言う人は普通いないね~」
それは、まあ……。思いっきり重労働だったけど。でも、オレは座っているだけのはずだったし!
「タクトが! タクトがふざけなかったら、オレは疲れなかったの!」
「ふざけてねえわ! お前のせいだろ!」
「……まあ、推して知るべしってヤツだよね~」
ひとり涼しい顔をしているラキが、肩をすくめてオレたちを見やった。
その手元には、きっと新たな依頼の品だろう加工品がある。
「ちょっとラキ、依頼受けるスピード落として! 追いつけないよ!」
「そうだそうだ! 俺らだって頑張ってんだぞ!」
「うわ~、今度は僕に矛先が向いちゃった~。追いつく必要ないから~! 必要な分クリアすればいいんだから~」
まあ、それはそう。ちなみにラキは、Cランク試験を受けるための町中依頼は概ねクリアしている。
それは決してオレたちが遅いのではなく、ものすごく驚異的なスピードである。そして、評価が高い。
「はあ、オレも加工やってみようかな……」
だけど、ラキがこれほど絶え間なく依頼を受けているのは、その評価故。シンプルに腕がいいから人気なだけだ。
「お前、ダラダラしてねえで手伝えよ!」
何か良い方法はないかと寝返りを打ったところで、にんじんのへたが飛んできた。
「オレは早いからいいの!」
何を隠そう、オレたちもちゃんと依頼を受けている最中だ。
それぞれの材料を指定の通り切る、というレストランからの大量下準備依頼。
タクトは、さっきからまな板まで切りそうな勢いで野菜を刻んでいる。不慣れだから早くはないけれど、オレの手伝いをしている分、他の冒険者よりはずっとマシだろう。
おもむろに立ち上がったオレは、コキコキと首を鳴らすふりをして、ゆっくり包丁を手に取った。
ちらり、とタクトを横目に余裕の笑みを浮かべ、人参を手に取る。
「――はっ!!」
ストトトッ! 軽快な音と共に、ばらりとにんじんがさいの目に崩れた。
「くっ……早いッ」
ぐっと歯を食いしばったタクトが、負けじとゴガガガガッ! なんて音を轟かせて刻む手を早める。
曲がりなりにも剣士、刃物の扱いは悪くない。
「え~、タクト指とか入れないでよ~」
「言い方違うんじゃね?!」
ラキの茶々にも怯まず、刻んだにんじんはみるみるオレたちの間で山になっていく。
「きゅっ!」
「きゅきゅっ!」
中央に置いた巨大ボウルが満杯になる前に、管狐部隊が素早く新しいボウルに交換して袋詰めしてくれる。素晴らしい連携作業だ。
オレが料理するなら管狐部隊の『刻み』でいいのだけど、いかんせん荒っぽいので商品として出すには向かない。
2回目のボウル交換のタイミングで、ちらり、互いに相手を窺った視線が交差した。
涼しい部屋の中で、タクトの額からは汗が伝う。オレは、フッと口元を緩めた。
「……中々やるね。だけど……忘れたの? オレは『双剣』だってことを」
「なっ……?! しまっ――!!」
オレは左手にも包丁を構え、投げ上げたにんじんを瞬時に刻んだ。
タクトが驚愕に目を見開いて、勝負がついたかと思ったその時。
「――ッ! だったら、俺だって長剣の方がでけえし早いわ!」
そんなこともないだろう。包丁がこの大きさなのは、それが機能的だからだ。
勝負あったな……そう思ったのもつかの間、まとめてにんじんを投げ上げたタクトが、思いのほか素早くそれを閃かせた。
「……おお。割とできんじゃね?」
自分でもできると思っていなかったのか、見事に刻まれたにんじんを見て、驚いた顔をしている。
カロルス様みたいな神速には到底及ばないけれど、圧倒的な力の前に、重い長剣がまるで羽のよう。
タクトは、柄を握り直してにやりと笑った。
「……いい鍛錬になるんじゃねえ?」
「くっ……そんなこと言ってられるのも、今のうち!」
オレたちは、再び目の前の野菜に意識を集中させた。
「ちなみにそれってさ~、何がどうなったら勝ちなわけ~?」
ラキがのんびり声を掛けた時、オレたちは最後の食材を手に、ハッと顔を見合わせたのだった。
今夜は七夕ですね!
カクヨムさんサポーター限定公開で各々の願い事とかやろうかと