862 トラブルじゃない縁
「……とは言っても俺らが教える必要あるか?」
その年でCランク……と絶句された後、一応教えてくれると約束は取り付けられたのだけど。
「そうそう、この実力があるなら、俺たちに教わらなくていいでしょ?」
二人はそう言って、じっとりした視線を向けてくる。
「そんなことないよ! Cランクからは、実力があるだけじゃダメなんでしょう?」
「もちろん、一般常識だとかトラブルを起こさないかだとか、そういった面も配慮されるが……」
「それだって、ユータ君は態度が悪いわけでもないし問題ないでしょ。学校も通ってるって言ってたじゃない」
そうか……。確かに学校で教えてもらっている時点で、割と諸々クリアしているのかもしれない。
オレたちは順調にランクアップできていると思っていたけど、それって学校で学んでいるおかげもあるのかな。
楽観的に考え始めたオレの肩で、チュー助とモモが頭を抱えている。
『あ、主ぃ! 常識が考慮されるんだぞ?!』
『トラブルを起こさないか、だなんて、一体どうしたらいいの……?!』
……失礼な。トラブルは、オレが起こしてるんじゃないし。
それに、オレはとても常識人だと、最近すごく思うんだ。
だって、カロルス様とかヒドいでしょう? この間のシャラとラピスだって! オレの方が常識枠として止めようとしていることなんて多々あると思う。
『人……か?』
『人の枠で考えた方がいい』
辛辣組が、ぼそりと余計なことを言う。
とにかく、オレたちにはラキというリーダーがいる。常識を司るのは彼だ。
ほら、神様にだって得手不得手があって役割分担するのだから、オレたちにもあっていいだろう。
『主、タクトを勝手に自分側に引き込んだな……』
『どういう理屈よ……神様に怒られるわよ』
……ごめんなさい。いや、タクトにではなく。
「だけどひとまず! 試験のこととか気になるし! 実体験を聞ける機会ってないでしょう? 何度も不合格になるのかな、とか……心の準備もあるし!」
そう、ギルドでも試験の情報なんかは入手できるけれど、それは公式見解ってやつだ。もっとこう……体験談とか、役に立ちそうじゃない!
『たった一例やそこらを信用するなんて、失敗する人の典型じゃない』
『分かるぜ主! やっぱさ、自分で集めた情報が一番信じるに値するよな!』
やめて! チュー助に分かられたくない! チュー助が自分で集めてきた情報とか、全然信用できないじゃない?!
『つまり?』
『お前が集めた情報もそんなモノ』
そんな……そんな、こと……。
「だ、大丈夫だよ! ユータ君は桁外れにスゴイんだから。そんな、試験を受ける前から暗くなる必要ないからね?!」
「そ、そうとも! お前は十分な実力がある。試験は大丈夫、あとは必要な依頼をまともにこなせば問題ないはずだ!」
光を失ったオレの瞳をどう思ったか、急に二人が優しくなった。
「そう、かな? 確かに、ひとまず必須依頼をこなさないことには何ともならないよね! それに、オレだけ試験の秘訣とか聞いても仕方ないし、オレのパーティメンバーを連れてくるよ!」
気を取り直してにっこり笑うと、二人もホッと表情を寛げる。
「構わないが……わざわざここまで来るのか? 試験の経験談は語れるが、秘訣なんて知らんぞ」
「地元のCランクに聞いた方が良くない? ハイカリクの学校でしょ? 俺たち、主な活動こっち方面だよ?」
「大丈夫! シロのお急ぎ便ならすぐだから」
言った途端、羨ましそうな視線がシロ車に注がれた。
振り返ったシロが、嬉しげににこっと笑う。
確かにシロ車は、ズルに近いよね。つられて頬を緩めながら、二人を見上げた。
「だから、今度シロ車に乗って、一緒に依頼をこなしたりしようよ!」
「おお……いいな! 俺らは足で稼ぐ依頼が多いからな!」
「最高だね、それ!」
一気に気分の高揚したらしい二人は、瞳を輝かせて腰を浮かせたのだった。
「――へえ~『探求の灯火』か~。パーティ名からして、堅実そうで好感~! Cランクの人たちと一緒に依頼をこなすなんて、いい経験になりそうだね~」
「討伐! 絶対討伐にしような?!」
いつも通りの発言をしているタクトは置いといて、振り返ったラキに頷いた。
冒険者のパーティ名って『烈火の剣』だとか、『疾風の翼』だとか……。何となく子どもが好きそうなものが多い中、確かに大人っぽいなと思った。
「うん、二人とも落ち着いた雰囲気だったし、そもそも狩りよりも探索系の依頼が得意らしいよ」
「ええ……討伐は?」
討伐なら、タクトはCランクの魔物だって倒しているんだから、何も目新しいことはないだろうに。
「それ、すごくいいね~! だって僕ら、討伐とか護衛だとか、そういうのばっかりだもの~! 探索系なんて、経験と知識が絶対必要~! ユータ、たまにはトラブルじゃない縁もあるんだね~!」
ラキが加工の手を休め、オレの隣へ腰掛けた。聞き捨てならない台詞に反論するより早く、ラキがウキウキ口を開いた。
「どんな依頼を一緒にできるんだろうね~? もしかして、ダンジョンとか~?」
「えっ! ダンジョン?!」
不満げだったタクトが途端に跳ね起きて、瞳を輝かせる。
「そっか、ダンジョンも探索系に入る?」
「入るね~。だけど探索系が得意って言うからには、遺跡探索系の派生程度だと思う~。遺跡ってダンジョン化してたりするじゃない~?」
なるほど……。以前行った王都付近のダンジョンも、遺跡タイプだった。あそこは探索し尽くされているけれど、そうでない場所もあるそう。
「そういう依頼があったら、絶対逃したくないよね!」
「僕たちはそうだけど~、堅実そうな人たちなら、そういう依頼には連れて行ってくれないかも~? ダンジョンって通常よりずっとリスクがあるから~」
僕はダンジョンじゃなくて普通の遺跡でもいい、なんてラキがのほほんとしている。
普通の遺跡も面白そう。だけど、ダンジョンはもっと面白そう!
「うう……あの二人なら、オレたちと行くのは違う依頼を選びそうな気が……すごくする」
だって、オレの実力を知ってなお道中の心配をする人たちだし。
「そんなの嫌だ! なあ、俺らもしばらく向こうに遠征しようぜ! そしたらさ、依頼があった時点で乗っかれるだろ?」
「そうだけど~。ダンジョン探索依頼なんて、そうそうないよ~。あったなら、それこそ貴重な素材とか……うん、やっぱりそういう依頼は逃しちゃダメだよね~!」
急に乗り気になったラキが、目を輝かせた。
「でも、ずっと遠征はできないよ……。オレたちまだ3年生だもの、タクトとラキは毎日授業あるでしょう」
ラキは何とかなっても、タクトは絶対無理。
『探求の灯火』二人とは、いい依頼があればギルドを通じて連絡をもらう手はずだ。
だけど、それだとオレたち用の依頼を吟味して、無難なものを選ばれかねない。
こういうときこそ、部隊の出番じゃなかろうか。
「ラピス!」
オレの伝えた作戦に、ラピスは重々しく頷いた。
――らいらいじゃー! 志願者を募るの!
普段訓練しかしていないもんだから、部隊の士気は抜群だ。1匹いればいいんだけど、きっと志願者が殺到するだろうな。
作戦はこうだ。彼らがよさげな依頼を受けた時点で、オレたちが超特急シロ車で駆けつける。
もちろん、偶然を装って。
難点は、ラピスたちにはよさげな依頼を判別できないってところだ。もちろん、文字も読めない。
だけど、作戦に抜かりはない。
「ダンジョンに向かった時点で、駆けつければいいんだよ!」
ラピスたちに依頼は分からないけれど、ダンジョンは分かる。
ダンジョン到着直前で『偶然』合流すれば、もう引き返せないだろう。
完璧、今回は完璧な作戦だ。
「――けど、めったにないんだって~。Cランク試験を受ける方が先にならなかったらいいけどね~」
にんまりと笑みを浮かべていたオレは、残酷な呟きにぴしりと表情を固めたのだった。
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