860 調査について
「ところで、あの二人の調査って何の調査だったんだろう」
オレはだらけきって布団に大の字になり、空を見上げている。ごとごと響く振動さえ心地良い。
だって約束した手前、せめて野営地に立ち寄っておかなければ、またもや探される羽目になるかもしれない。幼児冒険者失踪なんて事件にされちゃ堪らない。
そんなわけで、またシロ車に揺られている始末だ。フシャさんとドースさんだっけ。会えなかったとしても、野営地で一泊しておけば、二人にも何かしら情報が伝わるだろう。
そう思って一応野営の覚悟もしてきたのだけど、必要なかったみたいだ。
「本当に犬が牽いてるんだな……」
「目立ってるねえ」
そんな声と共に、おーいと呼ばれた気がする。
「あ! こんにちはー!」
跳ね起きて手を振ると、二人も大きく破顔して手を振ってくれた。
「無事に帰って来られたみたいだな」
「さすが、早いね~!」
駆け寄ってきた二人に頭を撫でられながら、曖昧に笑う。
約束を忘れて、遅くなったとは言えない。
「オレの方はちゃんと依頼完了したよ! 二人はどう? 何の調査を……って聞いていいやつ?」
「別に機密事項じゃな――って、何コレ!」
「お前……なんだよこの舐めきった馬車」
シロ車内をのぞき込んだ二人が、一気に呆れた顔をした。
「快適な方がいいでしょう?」
非難じみた視線を感じて、むっと唇を尖らせる。失礼な、何ひとつ舐めてはいない。オレの尻が痛くなったところで何のメリットもないし、適宜栄養補給するのは体調維持に必要不可欠だ。旅路が快適であることに、デメリットがあろうはずもない。
『いやあ、さすがに俺様もどうかと思うぜ?』
『お部屋だって、ここまでぐうたら仕様じゃないわよね』
人聞きの悪い。効率的だと言ってほしい。
幾重にも敷かれた布団はふかふかとオレの身体を受け止め、手の届く範囲にきちんと飲み物とおやつと、そのお代わりが完備してある。座った時用の背もたれ、そして枕と掛け物もばっちりだ。
「限度ってもんがあるだろ……」
「魔物や盗賊が来たらどうすんの……雨風だって」
オレは自信満々に胸を張った。
「大丈夫、シールド――の魔道具があるし、シロはもの凄く鼻がいいから魔物も盗賊もすぐに分かるよ! 魔物がここへやってくるまでに退屈しちゃえるくらい、早く見つけられるんだから」
「そんなのズルだぁ……」
「反則級だな」
素直にスゴイって言ってくれてもいいんだけど?!
「じゃあ……、二人はここで休憩したくないの?」
そう言って腰に手を当てると、二人は揃って勢いよく首を振ったのだった。
「――はぁ、屋外なのに部屋で寛げるとか……。お前俺らとパーティ組まねえか?」
「ホント、こんな生活最高じゃない」
結局二人してしっかり寛ぎながらおやつを食べ、完全に警戒心を手放して空など仰いでいる。
それで、魔物や盗賊が来たらどうするって……?
「オレはオレのパーティがあるの! 二人はまだ依頼終わってないんでしょう? せっかくだし、何か手伝う?」
いかにも渋々といった風に視線を戻し、二人が顔を顰めた。
「ギルドの調査だからなあ、そうそう早くは終わらねえって。けど、それにしたって情報が少ねえんだよな」
「時期がズレるから、ユータ君は知らないだろうけど……何か噂を聞いたりしてない? 商隊関連のこととか、強力な魔物や盗賊が出たとか」
ほぼ人と絡んでいないオレが知るはずもない。黙って首を振ると、だろうねとフシャさんが苦笑した。
「商隊が襲われたの?」
何に襲われたかっていう調査なら、あまり時間がかからないのが常なのに。
だって魔物が証拠隠滅するはずがなく、盗賊も大抵は襲ったままに残骸を放置していくもの。
何に襲われたか判明してから、対処するかどうか検討されるものだ。そして、残念なことに1件や2件の事件ではあまりギルドからの依頼とはならない。被害を受けた関係者が討伐してくれと依頼するくらいだ。
「それが……まず、そこからなんだよねえ」
どういうこと? 首を傾げると、フシャさんは今回の調査依頼について説明してくれた。
「――ってワケで、失踪したのは間違いないんだけど、それが襲われたのか、はたまた商材を持ち逃げしたのか、その辺りから不明なまんまってこと」
きっかけは、到着予定の商隊が、待てど暮らせどやってこなかった店からの調査依頼。
だけど、すぐに判明するはずだった原因がサッパリ掴めず、商隊の持っていた商材が特殊だったことからギルドが動く羽目になったそうだ。
「ま、魔寄せなんて持って移動したら、大変なことになるんじゃないの?!」
そう、なんと商材の中に『魔寄せ』があったというから大変だ。散々そういうものに巻き込まれた身としては、そんなの自殺行為としか思えない。
「魔道具だぞ? 使わなきゃ危険はない。そうでなきゃ、町で売れねえだろうが」
なるほど……それはそうだ。
「だけど、それなら何か事故で起動したって説が一番有力じゃないの?」
「そう思うでしょ? だけど商隊って数人じゃないわけ。それを根こそぎ全滅させるってなると、結構な魔物の規模になるし、形跡が残るはずなんだよね」
そうなんだけど……オレ、結構な規模の魔物、見た気がするんだけど。
首を捻って二人を見上げると、くすりと笑われた。
「気付いた? トラッカーズだろ? けど、アレ夜しか出ないんだよね。商隊がいなくなったのは、明るいうちってところまでは突き止めてるんだよ」
「けどよ、こんだけ何も出てこねえなら、もしかしたらその可能性だって消すべきじゃねえのかもな」
……そうなると、オレが証拠隠滅してしまったことになるんだけど。
「え、えっと! もしかしてシロが何かニオイで見つけられるかもしれないし、商隊が通った場所を辿ってみようか?」
決してトラッカーズが犯人ではないと、そう言ってほしい。
「そうは言っても……街道だぞ? 毎日たくさんの人が通るが」
「しょ、商隊だから、ちょっと特別なニオイがするかも!」
「そうだとしても、もう結構前の出来事なんだけどね……」
シロがちょっぴり困った顔でこちらを見ている。大丈夫、知らないニオイは探せないと分かってる。それでも、たとえばたくさんの人が襲われたなら、ニオイで分かる可能性は高い。
そんな事態ではないことを祈るけれど……。
ニオイでは何か分かればラッキー、くらいのものだけど。
だけど……オレなら何か分かるかも。
だって、魔寄せでしょう?
起動していなくても、多少嫌な感じがするんじゃないだろうか。
「まあ、俺たち以外の目で見て……いや、鼻で嗅いで? 分かることもあるかもしれないしね! そもそもユータ君が帰る方面だし」
「見送りついでにはちょうどいいな」
それって、シロ車から降りたくないだけじゃ……なんて。
「じゃあ、ダメで元々だもんね! 今から向かえば二人も暗くなるまでに次の野営地に行けるよね!」
そう言って動き出したシロ車に、二人は目を輝かせてはしゃいだのだった。
「――今までの情報から、失踪地点はこの辺りから次の村までの間だと考えてるんだ」
やがて森を抜ける小道にさしかかった時、フシャさんがそう言って周囲を見回した。
取り立てて何ということもない森。小道を抜けるのには半日もかからないだろうし、森と言えどそれなりに人通りがあるから、街道部分は整備されている。
つまり、別に怪しくもなければ、いかにも魔物に襲われそうな雰囲気でもない。
「どう? 商隊が失踪した~ってニオイがする?」
揶揄するようなフシャさんにも、シロは律儀に鼻をひくつかせている。
『失踪のニオイは、ぼく分からないなあ。だけど、おかしなニオイはしないし、いっぱい腐ったニオイも、いっぱい血が流れたニオイもしないよ』
……よ、よかった。できればそういうリアルなイメージを彷彿とさせる言葉は伏せてほしかったけれど。
ひとまず胸をなで下ろしたものの、襲われていないなら持ち逃げってことに……?
それだと探しても見つからないよね。
ただ、数人ならともかく商隊がみんなで持ち逃げするなんて考えにくい。
「じゃあ、ユータくんとはここでお別れだね。俺たちはもう少し調査してから野営地に行くから」
「もう散々このルートを往復してんだけどな……ありがとな、楽に移動させてもらったぜ」
森の中程で、そもそも単にオレの見送りだった二人は、何か尋ねることもなくシロ車を降りようとする。
「も、もう少し先まで行くよ? 野営地までちょっと遠いよ」
「なら、そうしよう。今更ここを探してもなあ」
アッサリそう言って腰を落ち着けた二人に安堵して、こそっと『嫌な気配』を探すことにする。だって、二人がいるときに証拠を見つけなきゃ意味がないもの。
「ティアも一緒に、お願い」
オレは目を閉じ、研ぎ澄ませた感覚を広げた。