858 シンプルなデザート
「イケる……大丈夫、オレはまだ大丈夫」
こんな時に、シロは一体どこでお肉消費に励んでいるんだろうか。
自身に言い聞かせるように、嚥下を拒否しそうな身体を励ましていた時、救いの手が差し伸べられた。
「ユータ、デザートってどこにあるんだ?」
どかっとオレの隣に腰掛けたタクトが、皿に残るお肉に目をやった。
「……食ってやろうか?」
散々他でお腹を満たしてきただろうに、なんと頼もしいセリフ。満面の笑みで差し出すと、ひょいひょいと難なく口の中へ放り込んだ。
「さっきから探してんだけど、デザートがねえんだよ」
「今回は冷たいのしかないよ? 執事さんが管理してるはず」
そろそろ、焼き網周囲の人がまばらになってきたのでデザートのアナウンスがある頃だ。
「――お腹に余裕のある皆様は、デザートをどうぞ。冷菓の用意がありますよ!」
デザート会場だろう方面へ移動中、ちょうどそんな声が響いた。
途端に、絶望的なうなり声が聞こえる。よく分かるよ、ペース配分を間違えたんだよね。さぞかしお肉がみっちりお腹に詰まっていることだろう。
そう思って、満腹でも何とかなりそうなアイスにしておいたから!
デザートは限りがあるからね。食い尽くされないようお腹は満たしておかなくては。全て計画通りだ。
『あなたは、その計画を知っていたはずじゃないかしら』
……計画を知っている者として、公平を期すために身を張るのは紳士的な行いに他ならない。
モモと視線を合わせないように、タクトを見上げた。
「アイスだったら、あんまり好き嫌いないでしょう? お腹いっぱいでも入りそうだし」
「確かに、今はケーキよりアイスの方がいいな! ケーキでもいいけどな! けどさ、祭りの時にお前がシンプルなメニュー選ぶって珍し……なんだアレ?!」
デザート会場から出てくる人を見て、タクトが目を丸くする。
ふふ、甘いね。オレがただのシンプルを選ぶとでも?
「あ! 二人ともどこ行ってたの~? ほら見て~!」
既に会場入りしていたらしいラキが、手に持ったアイスを掲げてみせた。
「すげー! さっきのと色が違うぞ?」
「いーっぱいあったよ~? 選ぶのに苦労しちゃった~」
にこにこ口元を緩めながら、ラキがぺろりと桃色のアイスを舐めた。
「だけど、食べるの大変だね~。おっと、下の方が垂れちゃう~」
嬉しげに言いながら一番下のアイスをすくい取った。黄色のカラーリングからして、柑橘系だろうか。それともマンゴーみたいなやつ?真ん中の白はノーマルだろうか。
「俺も食う!!」
駆けて行ったタクトに釣られるように、オレも走り出した。
「うわーーすげえ!!」
歓声を上げたタクトの前には、氷のケース内へずらりと並ぶ大量のアイス。
そう、今回は段々重ねアイス作戦だ!
夢の段々アイスだよ?! みんな絶対やってみたいはずだと思ったんだ!
それに、このたくさんの種類。ここから選ぶだけでもすっごく楽しいでしょう?
「すげえだろう? さあ、どれにする?!」
ここでも活躍している料理人さんが、太い腕をまくってアイスクリームディッシャーを構えた。
残念ながらコーンは手間がかかりすぎるので断念して、コーンを模した器を用意しておいた。馬鹿力の冒険者も多いから、多分本来のコーンだと方々で粉砕案件が発生しそう。案外こっちの方がこの世界には向いているかもしれない。
『どれにしようかしら……』
『俺様、俺様……全部ひとくちずつほしい!』
『おれは1個でいい』
チャトは、冷たいアイスがさほど好きじゃないよね。
ちなみに、みんな用はオレの収納に入っているから、もう好きにすくって食べるといいよ。
『あえは、こえと……こえと.……』
『危ない。落ちたら、溶ける』
身を乗り出すアゲハを、珍しく蘇芳が押し返している。心配の対象が違う気もするけれど。
――みなの者、それぞれすくって一同に集めるの! スペシャルアイスを作るの!
「「「きゅっ!」」」
管狐部隊の気合い十分な応答が聞こえる。まあ、部隊と言えども食べる量は知れている。
『ぼくもーー! 食べる!! 残り全部食べてもいい?!』
猛然と戻ってきたシロは、方々に血痕と肉汁が付着してひどい有様だ。多分、生も食べたね……。
みんなが食べた後なら、食べていいけど……お腹壊さない? いや、シロには愚問だったろうか。
会場の一角に召喚獣&幻獣アイスコーナーが登場したのを横目に、タクトはまだ決めかねているらしい。
「これ、何個イケるんだ?!」
「ひっくり返っちゃうかもしれないし、3段くらいまでが安全だよ? お代わりすればいいし」
「けどよ、なくなっちゃうかもしれないだろ?!」
タクトはひたすらうんうん唸りながらケースに張り付いている。お代わりができる身体で羨ましい。いくらアイスでも、オレはせいぜい3……いや、多分2個だな。
「オレはミルクアイスと……レモンハーブにする!」
あんまり迷わないのは、当然全部の味を知っているから。濃厚ミルクはどうしても食べたい……だけど、多分オレの身体的にキツイので、箸休め的な二個目が必要ってわけだ。
「よし、じゃあ俺はそれ以外で――!」
……タクト、オレの食べる気満々でしょう? アイスくらいならオレだって多分大丈夫なはず!
結局、タクトはノーマルとシャーベット系柑橘、それとベリー系にしたらしい。
既に半分ほど攻略しているラキの元へ戻ると、ささやかに揺れるランプの明かりの中で腰を掛ける。
「ユータそれ、何~? 僕のと同じ~?」
「食べてみる?」
「俺も!!」
3方向から伸びたスプーンが、容赦なくミルクアイスを掬って変形させた。
「あれ? 僕のと違う~! 僕もこれが良かった~!」
「これはね、ノーマルと似てるけど、濃厚ミルク味なんだよ!」
どうしてミルクは優しい味、って感じるんだろうね。とろり滑らかに口の中へ広がる感触すら、柔らかな気がする。
「甘っ! すげえミルク! こっちは……うっ、すっぱ! なんかすーすーする!」
あ、そうか。ミルクの後でレモンハーブを食べたら、酸味が強調されちゃうよね。気をつけよう。
お代わり入れてくる! と駆けて行ったラキを見送って、用心しながらレモンハーブも舌に乗せた。
きゅっと引き締まる感覚と共に、すうっと涼やかな風が吹き抜けるような、抜群の爽やかさ。こってりも甘々も、速やかにリセットしてくれる。
だけど、やっぱりミルクのこっくり濃厚さが欲しくなる。この組み合わせは今のオレに最適だ。
口内のミルクが溶けるにまかせ、じんわり広がるそれを楽しんだ。
「俺のも食っていいぞ!」
「別に――んむっ?!」
味は知ってるから! 勝手に突っ込まないで?! オレはお腹と相談が必要なの!!
ミルクに馴染んだ口の中に、ベリーの爽やかな酸味と香りが広がっていく。うん、この食べ合わせは良い感じだ。
「美味っ! な、美味いだろ?」
「美味しいけど……」
満面の笑みでスプーンをくわえる様を見ているだけで、オレまで笑みが浮かぶ。
「お待たせ~! ほら、別の種類だよ~交換しよう~!」
上手にバランスを取りながら駆け戻ってきたラキが、きらきらした瞳でアイスを突き出した。
うん、もう少し、ひとくちずつなら食べられるかも。
無理なら、オレのをタクトにあげればいい。
周囲は祭り特有のエネルギッシュな喧噪も大分薄れ、花火で言えば、今はきっと線香花火だ。
ささやかなランプの明かりに、3人とアイスの影が揺れている。
ふと、お祭りの経緯を思い返してくすりと笑った。
……まさか、お祭りになっちゃうなんて。
魔物が大挙して押し寄せるなんて、大災害でしかないけれど。
だけど、きっとロクサレンだけじゃない。きっと他でも、こうしてお祝いをするに違いない。
たとえ、被害があったとしても。
退けたことへの、勝利の遠吠えのように。
強いなあ、と思う。人って、そうやって前に進むんだろうか。
災害だって糧にする。そういうところが、人なんだろうな。
――なんて、アイス片手に哲学的なことを考える自分がおかしくなって、オレはまた笑ったのだった。
レモンっぽいのはリモンとか名称変えていたんですけど、わかりにくいか……と普通に書いている最近。
*お誘いいただきまして 6/26(水)~6/30(日)『前途妖妖もののけ祭』に参加させていただきます!
(東京都渋谷区神南1-21-3 渋谷MODI 4F)
管狐たちを送り出しますよ~!