857 食べ放題パーティー
厨房は、どうせ戦場になっているに違いない。
そう思いつつやってきたのだけど。
「あれ? 案外……」
いつもの血走った瞳と浮いた血管、飛び交う怒号と緊迫感がない。これじゃあ、普通の忙しい厨房だ。
「パーティなのに、そんなにのんびりで大丈夫なの?」
『のんびりっていう定義は、違うような気もするわ』
『俺様が間違って刻まれそうなくらいには、忙しそうだぜ!』
小首を傾げるオレに、ジフがにやりと余裕の笑みを浮かべた。
「今回の祭りは、凝ったモンは出さねえ。討伐祝賀会だからなぁ、フツー、狩った獲物を出すだろ。まんまでいいんだよ、俺らは肉を切るだけだ」
なるほど、焼き肉パーティだね! たくさん消費するには、ただただ焼いただけの肉だけ貪ってもらうのが一番効率がいい。
「とはいえ、メインになりそうな見栄えは必要だからな。ロースト系は先に作ってある。素材狩りに行く時間も必要だったからな、事前準備ってヤツよ。カレーがあんのもデケえな、ありゃあ作り置きに最適だ」
ぶっとい腕を組んで満足そうに頷くジフの周囲では、『当日か前日かの違いでしかねえ……』『地獄が先に来ただけだった……』なんて囁きが聞こえてくるのは、気のせいだろうか。
ま、まあ準備万端なのはいいことだ。
「じゃあ、オレがすることって特にないよね!」
良かった良かったと厨房を出ようとしたけれど、そうは問屋が卸さなかった。
「……デザート、作っていけ」
にたり、と浮かんだ笑みは、どう見ても追い剥ぎか何かに見えたのだった。
「――おい、なんかみんな同じ格好してるぞ? 俺らはいいのか?」
タクトとシロが敏感に漂い始めた香りを察知したもので、オレたちは一人と一匹に引っ張られながらお祭り会場へと移動している。
戸惑うタクトの視線の先には、お風呂から上がったらしい冒険者さんや、村人たちの姿。
敏腕経営陣がこの機会を逃すはずもなく、用意されていた着替えは、やっぱり浴衣だった。
防御力はないから、これを着て村の外へ行く人はいないだろう。だけど、ここロクサレンでだけは着ていられる特別な服。
「あれは浴衣だよ! サラマンディアにもあったけど、ちょっと違うでしょう? オレの国では、こんな感じだったんだよ」
そう、ロクサレンの浴衣は和風仕様の本格派だもの。……とはいえ、オレが詳しく知るはずもないので、なんとなく見た目を近づけたものでしかないけれど。
「本当だ~。すごく華やかなんだね~! こんなに色とりどりなんて、貴族様のパーティみたいだね~」
そう、ロクサレンの浴衣は、思い切った大胆な色や柄が特徴だ。
全て手作業で作られた浴衣は、販売すれば結構なお値段になるんじゃないだろうか。それが、この日この時だけは一般人も着ていられる。
そして全てロクサレンが管理しているからこそ、盗難にも対応できる。
浴衣はドレスのように豪華ではないけれど、華やかな色や柄は普段着とは全く違う。ドレスではないからこそ、装飾品を必要とせず貴族も一般も関係なく着られる服。
「じゃあ、オレたちも着替えようか!」
「えっ? あるのか!」
「お祭りらしくて楽しいね~」
オレたちの分がないはずもなく。多分、選ぶのに悩むくらいには用意されているはず。
案の定、大量に用意された子ども浴衣の中からそれぞれ好きな浴衣を選び、いそいそ会場へ向かった。
この浴衣で焼き肉はなかなか……チャレンジャーだと思うけれど、こんな使い方をするのはこれっきりだしね! 今回はオレが綺麗にできるから大丈夫。
そうだ、カロルス様たちも浴衣を着ているはずだから、見に行かなくちゃ。
会場へ近づいたところで、わあっと歓声が上がった。どうやら、お食事開始らしい。
慌てたタクトが、目にも止まらぬ速さで人混みの奥へ消えてしまった。
「そんなに急がなくたって、絶対なくならないのに……」
「でも、僕もお腹空いた~! カレーの匂いがする~!」
ああ、カレーはなくなるかもしれない。お肉ほど無限にあるわけじゃないし。
カレーの香りの方へ、吸い寄せられるように歩いて行ったラキに苦笑する。カレーはいつでもオレが作れるんだけれど。
「ユータちゃん! とっても可愛いわ! ここへコレを添えれば……まあ素敵!!」
「さらにはこうすることで……完璧です!!」
二人は、一体何を持ちあるいているの? 出会ったエリーシャ様とマリーさんに、素早く何かを飾り付けられた気がする。頭に何かついているけれど……まあいいか、せいぜい花だろうし。
オレを見てきゃっきゃ言っている二人も、完璧浴衣スタイルだ。エリーシャ様は領主夫人ということで、一際華やかな浴衣と、結い上げた髪が美しい。アクセサリーは髪飾りとイヤリングに絞って、とても上品だ。
マリーさんは控えめだけど、清楚さが際立って朝露に消えそうな儚さだ。見た目だけは。そりゃあ、そこで倒れ伏しているアッゼさんの気持ちも分かるってものだ。
「ユータ、僕と一緒にいてくれない? 何食べているんだか分からないんだよね」
一方でこちらは……せっかく美しく着付けてもらって、髪に花まで付けてアップスタイルにしてもらっているのに、ぱんぱんに膨らんだ頬が全てを台無しにしている。
「セデス兄さん、そんなに食べたらお腹が出るんじゃない?」
だって、セデス兄さんカロルス様ほど鍛錬していないだろうに。
「恐ろしいこと言わないでくれる?!」
言いながら、抱えた皿の中から適当な肉を口に突っ込まれた。うん、美味しい。
「これは分かるじゃない。ブルのローストでしょう」
「ふうん? じゃあそれは安全だね! ユータの料理じゃないから、変なのはないと思うけどさ」
どういう意味?! カニだってエビゲジゲジだってタコだってモロモスだって、全部美味しかったでしょう!
『そのラインナップが挙がるってことは、自覚はあるのね』
ぼそりと呟かれたモモのセリフは聞こえなかったことにして、オレも焼き台の方へ歩み寄った。
「うわあ、なんかすごいね」
セルフBBQにすると、生で食う人が出そうだからか、でっかい網で料理人さんたちが千手観音みたいになってお肉を焼いている。
焼き上がったら、なんと網ごと移動させてセルフで取ってもらう方式らしい。
「ぬうああああ! やっぱり騙された! 当日だって忙しいじゃねえかぁあ!!」
「熱い! しかも焼いて切るだけでつまらねえぇ!」
「もう何切ってるかわからん! いっそグレイさんに頼んで、いっぺんに焼いてもらやいいんじゃねえか?! 全て焼き払ってくれ!!」
……やっぱり、戦場になるらしい。
こそこそお肉を取って移動すると、焼き台から離れて腰を下ろした。
焼き目も美しく、料理人さんの手で切って仕上げられたお肉は、どこか丸みを帯びて見ただけで柔らかいと分かる。口へ入れた瞬間、とろりと甘みが広がるに違いない。これは、まず塩でいこう。ああ、それにこっちの締まったお肉は、きっと奥歯でかみしめるのに最適で……うん、こっちはタレにしよう。
ごくり、と期待に喉が鳴る。いそいそ白いご飯を傍らに。
「ふふ、こんなに色んな種類のお肉を、一度に食べることってないよね」
せっかくだから、全部種類が違うだろうお肉を選んで取ってきたからね。
お肉しかない皿なのに、案外カラフルだ。木象眼だって着色せずに木だけで色を表現するというから、似たようなものかもしれない。
『こんな時だけ雅なことを言わないでちょうだい』
不満そうなモモに雅は使いどころが難しいらしい、と思いながらお肉を一枚つまみあげる。
ぱらりと粗塩を少々、滴る脂に気をつけ――あむっ! と食らいついた。
ガツンと、塩。肉が、甘い。
ほら、思った通りだ。いや、いつだって想像より実物の方が美味しい。
あっという間に胃まで落とし込んでしまったお肉を残念に思いつつ、皿の上にたっぷり盛られた残りを見てにんまりする。
ふふ、次はタレだ。ごはんが今か今かと出番を待っている。
オレはにまにましながらお肉食べ放題パーティを堪能したのだった。
お腹すきました……
浴衣、書籍ではななつ夜で結構出てきてるからどう書こうかと思いつつ……