856 採り放題祭り
「なあ! なんで俺は雑に連れてこられたんだ?! ラキみたいに作戦たてろよ!」
だって、緊急事態だったから。おかげで、なんとか開始までに間に合った。
「でも、こっちに来られて良かったでしょう? お肉取り放題、お肉いっぱいのお祭りになるよ!」
「まあ……ここへ来る分に文句はねえけどさ」
すぐさま機嫌を直したタクトが、周囲に視線を走らせ闘志をみなぎらせている。
「いいお肉担当はシロだね!」
『うん! ぼく、いいお肉いっぱい探すよ!』
ぴんと立った三角耳と、ぶんぶん振られたしっぽが頼もしい。問題は、回収する側の手が足りるかどうかだ。
一方のいい素材担当はさっきからブツブツ呟いているので、少し遠巻きにしている。
「……いや、片っ端から全ての魔物をユータの収納に入れるというのは……。ダメだね~回収している間に他の人も回収を始める……ここはやはり、初手で会場に土壁を巡らせて……。う~んむしろ、他を戦闘不能に……」
それは、オレの想像する祭りじゃない。
「ラキ……? これは戦場じゃなくて……楽しくみんなで取り放題祭りだよ?」
ハッと我に返ったラキが、いつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「うん、大丈夫だよ~。どっちにしろ、全員を殲滅は難しそうだし~」
全然大丈夫じゃなさそう。
そうこうしているうちに、周囲がざわめき始めた。そろそろ開始らしい。
「ユータ、頑張って来いよ? いっぱい肉を仕入れて来てくれ」
ぽん、と頭に乗せられた大きな手。
「カロルス様は参加しないの?」
「さすがに俺が参加したらダメだってよ」
それもそう。じゃあ、もっと貴族らしいエリーシャ様やセデス兄さんはもってのほかだね。
「分かった! オレ、いっぱい確保してくる!」
……とは言ったものの、考えてみれば収納の中にまだ貯肉は余っているくらい。
うん、ほどほどでいいか。
まず会場に兵士さんたちが散っていき、即席の監視台の上にアルプロイさんが立った。
「――それでは、ロクサレン素材採取祭り、開始です!」
その声と同時に、わっと一斉に冒険者たちが解き放たれる。オレたちは、瞬時にシロに乗った。
「いいね~? 作戦通り、奥から攻めるよ~!」
ラキ曰く、森が暴走した時などもまず先頭を突っ走っていくのは、低ランクの魔物が多いらしい。ならば、手前の方は捨てて、少し進んだところから回収する作戦だ。
「ストップ~! あれは……グリーンホーン~!」
「あ、ちょっとラキ!」
素材隊長が、シロから飛び降りるように駆け出して行ってしまった。
……そこからは、お察しの通りというやつだ。
鬼の形相で快進撃を続けるラキと、シロ。ついでにタクト。オレはただ、ただひたすらに獲物を収納袋に入れるのみ。
徐々に周囲に人も集まり始めたけれど、そうなると面倒な手合いも現れるもので。
「おいっ、それはガキには勿体な――」
ラキが手にした魔物を奪おうと、横合いから手を伸ばした男が――吹っ飛んだ。
そちらを見もせずに撃ったラキは、既に別の獲物を手に取っている。だ、大丈夫……? 加減、間違ってない? しかし素材を扱うラキにちょっかい出すなんて、命知らずもいいとこだ。
「その肉! 俺が先に見つけ――」
ぱぁんと軽快な音と共に、また一人、吹っ飛んでいく。
こっちはタクトか……加減は、大丈夫だろう。それにしたって、セリフくらい聞いてあげればいいものを。二人ともマリーさん思考で困ったものだ。
「なあ君、今どこに獲物を入れた? おじさんにちょっと見せてくれないかい?」
あっ……オレの方にも来た。だけど、オレは二人とは違う。
「これだよ。だけど、これは大事な貰い物だからね」
きっと欲しいと言うのだろうと、先手を打ってにっこり笑う。そもそも収納袋じゃなくオレの魔法だからあげられないけど。
そして、またラキに指示された魔物を収納すると、おじさんの喉がごくりと鳴った。
「見ていたぞ……さっきからどれだけ入れた? へ、魔物素材なんかよりその収納袋の方がずっと価値がある」
「だけど、あげないよ」
もう一度釘を刺すと、彼は嫌な笑みを浮かべた。
「問題ないさ、勝手にもらうから――ッ?!」
伸びて来た手をするりと躱し、勢いのままに回転。後頚部へ見事に蹴りが決まった。
どしゃり、崩れ落ちた男は兵士さんが運び出してくれるだろう。
『……話を聞いた意味』
『スオー、最初からぶっ飛ばす方が早いと思う』
チャトと蘇芳が相変わらず淡々とツッコんで来る。
確かに。やはり、出合頭にぶっ飛ばす方が効率的だったかもしれない。
この戦場の地では、マリーさん思考こそが正義なのかも。
『結局、戦場になったのね』
オレは、ぐるりと見回して頷いた。うん、間違いなく戦場だなあ……。だから、兵士さんたちが必要だったのか。
方々で始まった喧嘩は、すぐさま駆け寄って来る兵士さんが鎮圧してくれている。こっちを向いて親指を立てているのは、オレたちのことは放置するから自分で頑張れ、と言っているのだろうか。
「者ども、気合入れて行け!!」
ふいに雄叫びが聞こえて振り返ると、場違いな一団がいた。
うおお、と気合十分な声で素材を集め始めたのは、とても見覚えのある料理人たち。
「ジフも参加してたの?」
「そりゃあ参加するだろが。けど、ハンデとして今から参加、そして早く撤収だ」
そうだよね。ただハンデというか、お祭り準備があるからじゃない?
日々の食材を確保せんと血眼になった白服の一団は、あっと言う間に素材をかき集め、それを見た周囲が色めき立ってさらに熱が入る。
「くっ……僕たちもスピード上げるよ?! 手を動かして!!」
――その後、日が傾いて終了の合図が響くまで。それは、随分と長い半日になったのだった。
徐々に沈んでいく夕日が、美しく周囲を染め上げていく。
方々に付着した血痕も、汚物も、全てなかったかのように美しく。
回収の合図とともに引き上げてきたオレたちと冒険者たちは、さっきまでの魔物のように死屍累々と横たわっていた。
疲れた……舞った時くらい疲れた。
そして、臭い。
さすがの夕日も、ニオイまでは染めてくれなかったらしい。慣れてしまった鼻はほとんど臭いを感じないはずなのに、ふとした拍子に臭い。
「せっかくご馳走でも、これじゃあ……」
オレはまだいい、洗浄魔法をかけていくから。だけど、周囲の人たちがみんなこの状態では、お祭り会場は阿鼻叫喚だろう。そして不衛生極まりない。
勝手に全員に洗浄魔法をかけるべきか……悶々としながら横たわっていると、またアルプロイさんがやってきた。
「皆様! 祭り会場にご参加予定の方は、湯と着替えの準備があります! 順次汚れを落としてからご参加下さい! 不潔な方は――ご退場願います」
にこ、と一瞬だけ受かんだ笑みが怖い。
一般人にとって湯を使えるのは、贅沢なこと。アルプロイさんが去った後には、嬉々としてついていく人の列ができていた。
「だけど、いくら順番って言ってもこんなにたくさん入れる場所……あ、もしかして外の大浴場も完成したのかな!」
クラスメイトたちが泊まった、ロクサレン初の大型宿泊施設。みんなが泊まった時は室内浴場だけだったけれど、多分外の大浴場が完成したんだ!
じゃあもしかして、着替えって浴衣のこと?
オレ監修、メイドさんたちが作り上げたロクサレンの宿専用着。なんだか、この機会に色々宣伝してやれという魂胆がアリアリと……。
「大浴場は気になるけど、今日は入りたくないね~」
「だな。あの人数だろ? ユータ、綺麗にしてくれよ」
うん、オレも今日はいいかな。どんなに大きな浴場でも、さすがにあの人数だとイモ洗い状態だろう。
「オレは、やっぱり厨房へ行った方がいいかなあ」
「そりゃそうじゃねえ? 俺、カレー欲しい!」
「僕、ちょっとアッサリ目の料理も欲しいな~」
それは、オレに用意してくれと言ってる?
オレは3人とも洗浄魔法をかけると、渋々厨房へ向かったのだった。
お祝いのお言葉ありがとうございました!
とても嬉しい誕生日になりました~!!これからも頑張っていきます!!