855 人攫いミッション
「こっちこっち! ほら、あそこ!」
ぐいぐい手を引いて、護衛さんを林の中へ引き込んでいく。クラスメイトが不審そうな顔をしているけれど、どうやらタクトが事情を説明しているらしい。
ちょっと焦ったけれど、見破られなくて良かった……!
「これは……? 一体なんでこんなものが??」
わざわざ横倒しにしたシロ車と、おやつの並んだテーブル。
しまった、シロ車を起こしたお礼にと用意したのに……。
「え、えっと……ほら! 馬車がこの状況だから、腐っちゃうでしょう? これ、1人では食べきれないから食べて!」
「馬車って、馬がいねえけど」
「馬は……大人が乗って行ったの! 助けを呼ばなきゃいけないでしょう?」
「こんな小さい子を置いて??」
ああもう! ああ言えばこう言う!!
「とにかく! これを処分したいの! いらない?」
「い、いや、それなら馬車の方にたくさん人が……」
「見てよ、あれだけの人数分はないでしょう。毒見が必要? ほら、美味しいよ!」
手近なパウンドケーキを口へ放り込み、もむもむ咀嚼する。うん、たっぷりのバターで香り高くしっとり焼きあがっている。
リボン状に焼き込んだジャムが甘酸っぱくて、いくらでも食べられそう。
ごくり、と護衛さんの喉が鳴った。
「全部食べていいからね! 召し上がれ!」
最後の一押しと共に、オレと同じパウンドケーキを小さく口にした彼が、カっと目を見開いた。
あとはもう、推して知るべし。護衛道中なんて、大したものを食べてないもんね。美味しいに決まってるよ。
喉を詰めないよう、冷えたレモン水も追加しておいた。
「よし、あとは……」
オレは、ちらりと馬車の方へ視線をやった。
*****
「行っちまったけど……どうすんだ?」
「さあ~? 何がしたいのか、サッパリだね~」
のんびり構える二人を見て、トラブルの場数を踏んでいるクラスメイトも落ち着いている。
「ね、ねえ! 先生なんだかすごく、今すぐあっちに行かないといけない気がするっ! 先生の全身が、魂が、己を信じよと声高に――」
メリーメリー先生だけが落ち着いていないけれど、まあ、いつものことだ。
「シロ車で帰りてえ……あいつ、あの様子じゃまだ依頼途中なのかな」
「ひとまず、日数的にシーリアさんの依頼は達成できた頃で――あれ?」
コン、とラキに当たって転がった小さな石が、馬車の床に転がった。
「なんだ、その石。どっから……おい?」
拾い上げたラキがキョロキョロしたかと思うと、馬車を飛び降りてしゃがみ込んだ。
「どうしてこんな所に、蛙石が~? ビッグトードの胃からしか採れないのに~」
「どうしてもこうしてもあるかよ。胃の中の石が転がってるわけねえ、決まってんだろ」
呆れた声は、きっと聞こえていないのだろう。あっと声を上げ、ラキはどんぐりを拾う幼子のように、点々と落ちている素材を拾い始めた。
「……なんであいつ、あんな馬鹿なんだろうな」
タクトは、段々と遠ざかっていく背中に肩を竦めたのだった。
*****
夢中になって貪る護衛さんは、もう少しこのままで大丈夫そうだ。
――こちら、実行部隊隊長ラピス。ミッチャンは順調に進行しているの!
それは誰だろうか。オレのミッションにそんな謎人物を入れた覚えはないけれど。
「よし、かかった! こちらユータ、すぐ向かいます!」
そろり、と護衛さんを置いてその場を離れ、馬車近くの大木へ身を潜めた。
「え、すごい~! これってロックシェルの爪~?!」
興奮した声を上げながら、ラキが近づいてくる。もう少し、もう少し馬車から見えない位置へ……。
――今なの!
「「「きゅっ!!」」」
樹上から降ってきた大きなズダ袋が、すっぽりとラキを包み込む。
「素材投入!」
「「「きゅきゅっ!」」」
キャンディ状になった袋の上部をわずかに解いて、部隊が適当な素材を放り込む。
「こ、これはシーローズの結晶……!!」
自由の効かない袋の中で、しゃがみ込んだろうラキが体勢を崩した。
よし! 確保!!
「シロ! モモ!」
素早く袋の下部も縛って、モモシールドごとシロの背中へ。
「ふふふっ! ミッション成功!! オレってば才能あるのかも」
『攫われる方なら、とっても才能あるんだけどねえ』
首尾良く成功した誘拐に気を良くし、オレはラピスたちとハイタッチを交わした。
そして、獲物片手にオレたちは意気揚々とロクサレンへと帰ったのだった。
「よし、到着~!」
全く騒ぎもしない獲物に少しばかり拍子抜けながら、袋を開いた。
「ちょ、眩しい~! 閉めて閉めて~!」
見間違いだろうか。袋詰めになって不安に震えているはずの獲物は、不気味な笑みを浮かべて石ころを眺めていた。
そして、出てこないのだけど。
「ちょっとラキ! 着いたよ! 出てきて!」
「お構いなく~。僕、しばらくここにいる~」
……素材を与えすぎてしまった。だけど、大丈夫。
「いいのかな~? これから素材採り放題の祭りが始まるけど」
「は?! 採り放題?!」
途端、別人のような機敏さで飛び出してきたラキが、鋭い視線を左右に走らせた。
「どこ?! それは、一体どこでやるの?!」
たくさんの素材を器用に抱えて、それ以上どうやって持って行くつもりだろうか。
「ここだよ。ロクサレンでも、あの黒いモヤが発生してね」
説明を重ねるうち、徐々に正気に戻ったらしいラキが眼を瞬かせた。
「――それで、ロクサレンは自分たちで全滅させちゃったんだ~。そりゃあ、国の調べがつく前に片付けたいよね~。うん、僕全部引き取る覚悟はできてるよ~?!」
そんな無駄な覚悟はしないでほしい。
「ラキはそう言うだろうなって思って。だからこっそり攫って来たんだ」
「本当~? ありがとう~!」
にっこり笑うラキに、オレの両肩でチュー助とモモが項垂れた。
『ダメだ……今のラキは、ツッコミ能力が皆無に等しいぜ』
『ユータ並のポンコツになっちゃってるわね~』
ポンコツの代名詞みたいに、オレを使わないでいただきたいのだけど!
会場となるロクサレン付近の荒野、もとい訓練地には、既にすごい数の人が詰めかけていた。
抜け駆けしないよう、まるで戦闘前のようにロクサレン兵がずらりと並んで物々しい雰囲気だ。
生真面目な顔で見知らぬ誰かを担いで歩く兵は、オレのよく知っている人。
「タジルさん! 参加ってここにいればいいの?」
「ユータ様! でしたら、カロルス様たちのところへ案内しますよ。少々お待ちくださいね」
担いだ人を荷物のように引き渡し、タジルさんはにっこり笑う。
多分、こっそり先に会場入りしようとした人だろうな。ロクサレン兵の網を抜けられるはずがないのに……それも、タジルさんは鉄壁の守備を誇る。
「大変だね……」
つい呟くと、タジルさんはスンと陰を落として視線を逸らした。
「そうですね……我ら、魔物を一匹も倒すことなく収束した次第ですから。このくらいは役に立つべきかと」
「で、でも! 村を守ってくれていたんでしょう?」
「ええ、魔物一匹来ない安全な地で……」
空気が淀んでいる……! こんなに明るいのに、ここだけ黒いモヤが発生してるんだけど。
ちょっとカロルス様たち! 少しは魔物を分けてあげなきゃダメじゃない!
よく見れば、兵士さんたちの顔はどれも浮かない。
それは、タジルさんのような嘆きからだろうか。それとも、この魔物の数を見てだろうか。
タジルさんの案内でカロルス様たちの待機している前まで進むと、羨ましそうな視線がついてくる。
これだけの人数がいれば、あっという間に魔物も片付けられそうだ。
「そういえば、タクトは~?」
今気付いたように、ラキがオレを振り返った。
「クラスのみんなと一緒にいるよ?」
「えっ?! ダメだよ、連れてきて~! 絶対必要~!! 人手は一人でも多い方がいいし、力がいるじゃない~!」
そ、そうか。重機がいないとどうにもならないこともある。
「シロ! 急いで連れてきて! モモもついでに!」
タクトなら、超特急でも何とかなりそうな気がするけど、四散しても困る。
『急にいなくなったら、他の人が不安がるわよ! お手紙でも書いてちょうだい』
ラキは急にいなくなったのに?
「だけど、そうなると戦闘にちょっと不安が残るよね……ラピス、手は出さなくていいけど、見守りだけお願い」
――ライライジャー!
ラピスがいる方といない方、どっちが不安かは微妙なところだけど……まあいいか。
クラスメイトたちの乗った馬車では、一陣の風と共に少年が一人消え……『二人は預かった』という怪文書だけが残されていたという。
震え上がった護衛を尻目に、クラスメイトはやれやれと肩を竦めるに留め、さらに護衛を怯えさせたという……。
今年のロクサレンの日(6月30日)は何をしましょうか?!と、言いつつ私に時間がとれないかもしれず……何かいいアイディアありませんか?!
イベントやるならTwitterの方だと思うのでお見逃し無く!
ちなみに6月13日はひつじのはねの誕生日だったり。無意味の日って覚えてね?!